第138話 糸

 カルゴロス指揮下の正面部隊は、北門からナソンの街壁沿いに東西に後退する魔物たちを深追いすることなく、前衛の騎士たちは大楯を構えて一列の壁を形成している。


 その騎士たちの作る壁の一角が割れて、ライカと数名の騎士がオークをズルズルと引き摺って来た。


 オークは手足を切り落とされ、ダルマのような状態になっても尚、身の毛もよだつくぐもった声を響かせている。


「主様! 御命令通りにオークを生捕りました!」


 僕はそれに頷き、噛まれないようにオークの背後に回って豚頭の後頭部に手を当てる。


 魔物に言語があるとは思えなかった。


 それでも、魔物は連携を取っている。


 この不可解な現象に、僕は一つの推測を立てていた。


 そして、その推測を確かめるためにオークに魔力を通す。


 僕の魔力がオークに浸透する。


 魔物の体内魔力はドロドロとおぞましい濁流の中で、ランダムで独特なリズムで脈動しながら、僕の魔力を中へ中へと引き込んでいく。


 魔物は魔力を持っている。


 そして、そのほとんどを魔力抵抗に使っているのだ。


 それが、人間の魔導師の使う魔法が効きにくい理由。


 僕やライカ、あるいはムウちゃんやギレンのように、ジョブの特性として魔物特攻を持っていない人間が魔物を倒すのは、かなり骨の折れる行為なのだ。


 そして、僕の魔力がオークを満たした時、オークの体内で不思議な魔力の放出を感知した。


 まるで、それは蜘蛛の糸のような細さだが、確実に体外の何かと繋がっている。


 僕は一本の細い魔力の糸を辿っていく。


 僕の意識は深く深くオークの中に沈んでいく。


 その糸は、南の方向に向かってまっすぐに伸びている。


 そして、最後に辿り着く。


 一際大きな魔力の塊。


 さらに、その大きな魔力の塊から違う糸が無数に伸びている。


 僕は確信した。


 南門前に集まっている魔物の中の一体。


 一際大きな魔力を持つ魔物から、全ての魔物に魔力の導線が伸びている。


「……コイツがアタマだ」


 僕は通しを切って、キンドレーを呼ぶ。


 すぐに部隊の後方からキンドレーが走って来た。


「宰相閣下! ……じゃなくて、シャルル君!」


「キンドレー、魔物は連携を取ってるが、それは一体の魔物が他の魔物を操ってるんだ」


「え? ……そんなこと、……あり得るの?」


「まず間違いない。南側に展開している魔物の中に、魔力が極端に大きな魔物がいるはずだ。……ソイツを探し出す!」


「わ、わかった! 全部隊に通信するよ!」


 そんな会話を聞いたカルゴロスが僕に言う。


「宰相殿、貴殿は北門から南門に抜けて司令官役の魔物を探し出すのが良いのでは? ここから我が部隊は西側に迂回してハティナ隊と合流せねばなりますまい?」


 僕が迷っていると、マーラインが言った。


「……カルゴロス様はチョウザたちに任せましょう。……私とルインバーグがお供します。……我が神よ。……ルインバーグ、すぐに支度を」


 八黙のメンバーが一斉に跪く中、ゆったりと喋るマーラインを見て、僕は思う。


 この人たちは頭が狂っているからなあ。


 きっと会話は無駄なのだろう。


「わ、わかった。……チョウザと言ったか? カルゴロス大将のことは任せるぞ」


 跪く五人の男のどれがチョウザでどれがルインバーグかわからないが、僕はそう言う。


 跪く男たちの中で一番小柄な男が深々と頭を下げて言う。


魔王の尖兵ベリアルが特攻隊長、暗黙のチョウザ。カルゴロス様を必ずや御守りし、この命、派手に散らしてみせます!」


 ……。


 ……護衛が派手に散ってどうする。


 ……もういいや。


 めんどくさい。


「……あ、はい。……。よし、行くぞライカ。キンドレー、伝令を送って北門を開かせろ」


「わかりました!」


 頷くキンドレーの横でセスカが言う。


「シャルル君、馬を使ったほうが早いかも。南門へ抜けるにも、足が必要だと思うの」


 そうして、僕とライカとマーライン、そして、家具屋のルインバーグの四人でセスカの用意した馬に乗って北門からナソンに入った。


 家具屋のルインバーグは痩身にして長身。


 顔色は良く、色黒な肌が健康的な印象を与える。


 それに対して、マーラインは顔の火傷の跡もさることながら、目の下に大きなくまがあり、ゆったりと喋る感じは、なにやら彼の抱える内心の大きな闇を思わせる。


 ナソンの民衆たちは僕たち四人を大いに歓迎した。


 彼らからしてみれば、魔物の大群から自らを守る、さながら救世主のように見えるのだろう。


 僕らを囲む群衆の中から、鎧に身を包む大男が出て来て言う。


「ナソン防衛隊、隊長のミントガム・ロッテです」


 ……なんだそのテキトーな名前は。


 これが映画やアニメだったら、監督呼び出して仕事中にミントガムを噛んでるんじゃないと、小一時間説教を垂れるところだ。


 そんな他人の名前に対して失礼すぎる考えを押し除けて、僕はミントガムに言う。


「王国宰相、魔王シャルル・グリムリープだ。物見櫓はあるか。敵陣を俯瞰できる位置から見たい」


「なんと! 魔王様が御自ら軍を率いて救援に駆けつけてくれるとは! ナソンの村の民衆を代表してお礼を申し上げます!」


 深々と頭を下げるミントガムに、ライカがすかさずカットインする。


「おい、ロッテと言ったか? 主様は物見櫓を御所望だ。とっとと案内するが良い。御身の言葉など何の意味も持たぬことがわからぬか? 愚物が主様の貴重なお時間を無駄にするな。……たわけが!」


 ……そこまで言う?


 めっちゃドSだなこの娘。


 まるで虫の死骸でも見るかのような目でミントガムを見るライカ。


 僕は彼女のその冷酷非道な眼差しに、少しだけ、ほんの少しだけだが、ときめいてしまう。


 ……おかしいな。


 僕、マゾではなかったはずなんだが……。


 ライカの言葉を受けて、ミントガムはすぐに「こ、こちらです!」なんて言って僕たちを南門付近の物見櫓に案内した。


 北門から南門まで、馬の並足でざっと三十分近くかかった。


 なかなかに広い街だ。


 馬で街を横断する間、ミントガムから街の内部の情報を色々聞いた。


 どうやら魔王の尖兵ベリアルの魔の手も当然の如くこの街に及んでおり、外壁に取り付いた魔物に対して、魔王の尖兵ベリアルの戦力は大いに助けとなったそうだ。


 確かにそうだ。


 この街の長い街壁を、三百の兵士で守り切れるわけがない。


 魔王の尖兵ベリアルと街の防衛隊が協力してやっと街壁を維持できるといったところだそうだ。


 そして、僕たちは南門付近に備え付けられた物見櫓に登って辺りを見下ろす。


 魔物の群勢は南門に集結していた。


 東側に王国軍の大群が布陣し、魔物を南門側に追い立てている。


 時々、氷の魔法が飛んでいるが、ミリアの魔法だろう。


 西側はそれより遥かに少数の軍勢だったが、まるで小さな三角を描くような陣形だ。


 その先頭、つまり、三角形の頂点の部分が魔物の群れにぶつかる度に、魔物がまるでトラックにでも轢かれたかのように吹き飛んでいく。


「おお! あれはイズリー様のお姿! 主様! イズリー様ですよ! なんと麗しい!」


 ライカが興奮したように言う。


 獣人は人間よりも五感が優れている。


 彼女には認識できても、ここからでは遠すぎて僕には見えない。


 どうやら、イズリーが先陣に立って魔物を木っ端微塵に粉砕しながら進撃しているらしい。


 僕はイズリーが吹き飛ばしたと思しき魔物を横目に見ながら、魔物の群れの中心で一際大きな魔力を放っている魔物を見つける。


「……見つけた。……アイツだ」


 その魔物は、一種異様な風貌だった。


 真っ黒なガイコツのような馬に跨り、騎士の鎧を身に纏い、片手には大きな槍を持っている。


 しかし、異様な風貌はそれだけではない。


 騎士の頭が無いのだ。


 鎧の首元から、黒い煙が吹き出している。


 僕は思い出していた。


 演武祭に向かう途中、ミリアと傭兵ギルドに登録して魔物狩りを行った時のことだ。


 その時のターゲット。


 その魔物の名は、デュラハンだった。


 首なし騎士の魔物、デュラハン。


 あの時は出会えなかったターゲットが、魔物の群れの中に、威風堂々と立っていた。

 

 

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