第137話 ナソン防衛戦

 ミリア大隊はすぐに隊を編成した。


 ミリアは大隊の中枢を指揮し、カルゴロスはランザウェイ領の騎士に、ミリア大隊から魔導師を借りた編成だ。


 ハティナ隊はハティナが選んだ人員にイズリーの独自部隊だ。


 イズリー本人には、事実上の独自部隊を指揮しているという自覚はない。


 全くない。


 僕は、イズリーにこんな質問を投げかけていた。


「イズリーさ、ちゃんと自分の隊をまとめたりできてるの? なんだか、キワモノ揃いって聞いたけど」


「ん? あたし、隊長じゃないよ?」


「いや、ミリアに教えてもらったけど、イズリーの周りには、人が集まってるじゃん?」


「えー? そーなの? 誰?」


 彼女はそんなことを言って首を傾げた。


 彼女の後ろで、大男たちが涙を浮かべている。


「ええ……。いや、ほら、この前踏み台にしてた人とかいたじゃん」


「えー? そんな酷いこと、あたししないよー?」


 ……。


 いや、確かに僕は見たはずだ……。


「あ、自分すね! タグライト・メカデリアです!」


 イズリーの取り巻きの男達の中から猿顔の男が出てきて言った。


 一瞬だけアレが幻覚だったらどうしようなどと考えたが、どうやら僕は間違ってなかったらしい。


 イズリーはタグライトを数秒の間見つめて言った。


「……知らないよ?」


「……」


「……」


 沈黙する僕とタグライトに、イズリーは続けて言う。


「……知らないよ?」


「……うん。イズリーがそんな酷いことするわけないな。……うん」


「……あ、はい」


 僕とタグライトは同時に諦めた。


 ハティナの冷たい視線に気付いた僕は、とにかくイズリーを激励するように言った。


「イズリー、頑張れよ。北側の魔物を倒したら、すぐにそっちに向かうからな」


「うん! 早く戦いたいなあ! 楽しみだねえ! にしし」


 ハティナがとことこと歩いて来て言う。


「……カルゴロスの方は任せる。……あの人に死なれるのは……まだ困る」


 ハティナらしい台詞だ。


「そうだな。ハティナ、無事でいてくれよ?」


「……このくらいヨユー。……シャルルも、無茶しないで」


 そんな会話だけ交わして、ハティナとイズリーは部隊を率いて西側に進軍していった。


 ミリアはまとめ上げた兵士を待たせて僕のところに駆けてくる。


 「ご主人様! 御武運をお祈りしておりますわ!」


「ああ、ミリアも、無事でいてくれよ?」


「もちろんですわ! ご主人様を旦那様とお呼びするまで、私はたとえ首を撥ねられても生きながらえますわ!」


 怖い怖い怖い!


 ホラーなことを言うんじゃないよ。


 僕はそんなことを思ったが、ミリアは小声になって言葉を続ける。


「……ご主人様が魔物に遅れを取るとも思えませんが、いざという時は、カルゴロスを囮に使ってお逃げくださいまし」


 僕の隣でカルゴロスの肩がぴくりと揺れた。


 とんでもないことを言うやつだと思ったが、ミリアは元よりこんな感じである。


 そうして、ミリアは部隊を率いて東側に進軍する。


 それを見届けてから、僕はカルゴロスに言う。


「我々も出ましょう」


 カルゴロスは緊張に顔をこわばらせながらも、黙って頷いた。


 

 ナソンの村の北側を受け持った僕たち正面部隊は、北門に集まる魔物と戦闘に入る。


 ランザウェイ領の騎士たちが大楯を構えて前線を維持し、後衛からはミリア大隊所属の魔導師の魔法が飛ぶ。


 オークはボディービルダーの身体に豚の頭を乗せたような見た目だ。


 筋骨逞しく、体毛も頭部以外はほとんどない。


 ボロ雑巾のような布切れを身に纏っていて、持ってる武器は木をそのまま削り出したような棍棒やら槍やらだ。


 文明や知性は全く感じない。


 それでも、彼らは連携を取っている。


 これはもう、戦い方を観ていれば一目瞭然だ。


 違う種類の魔物であるアングレイを騎士にぶつけて、穴の空いた前衛から魔導師を狙おうとしているのだ。


 騎士たちの作る前線の一角が崩され乱戦になりつつあった。


 味方の騎士が何人か犠牲になっている。


 僕はたまらずカルゴロスに言う。


「私がアングレイを片付けます。出るぞ、ライカ!」


「御意! 腕が鳴ります!」


「……神よ、お供いたします」


 黙祷のマーラインがそう言って、僕とライカについてきた。


 僕は魔導師を押し除けて前線に出た。


「主様のお通りだ! 道を開けろ! 愚物共が!」


 叫ぶライカが走り抜けた跡に、オークの死体が転がり、黒い灰になって消えていく。


『魔王様と戦姫様だ!』

『救いの神が降臨なされたぞ!』

『オーク共を押し返せ!』

『うおお! 俺たちには神がついてるぜ!』

『やるぞ! 野郎ども! 気張れええ!』


 騎士たちの士気が一気に上がるが、僕のテンションはガクンと落ちる。


 僕は「じゃ、そーゆーことで……」なんて言って後方に退がりたくなるがぐっと堪える。


 オークを薙ぎ倒して満足気なライカが僕の隣に戻ってきた。


 ライカの動きは本当に速い。


 まるで風の如しだ。


 数頭のオークが僕の前に立ちはだかる。


 僕は飛び出そうとするライカを制して、界雷レヴィンでオークを撃ち抜く。


 一頭のオークを犠牲に、周りのオークが一斉に僕に突撃してくる。


 魔導師の弱点が魔法を放った直後だということを知っているかのような動きだ。


 魔導師は魔法の発動に詠唱を必要とする。


 魔法を撃った直後こそ、魔導師を討つ最大のチャンスなのだ。


「……あめーよ」

 

 僕は呟く。


 沈黙は銀サイレンスシルバーが唸り、界雷レヴィンの多重起動でオークたちを一掃した。


 撃ち漏らしたオークが畏れるように後退りする。


 そんなオークに僕は言う。


「恐怖の感情があるのか? ……だったら呪うんだな。……魔王を敵にした、その傲りを!」


 僕はオークたちの群勢の背後に震霆の慈悲パラケストマーシーを放つ。


 無数のオークたちが空に舞い上げられ、黒い塵になって消える。


 周りのオークを葬られて孤立したアングレイはライカによって一閃のもとに真っ二つにされた。


 北門に集結していたオークたちが壊滅し、彼らはこちらの予定通りに後退を開始した。


 この動き。


 やはり軍隊の動きだ。


 大きな魔法を食らい、そのために後退を開始したんだ。



『うおおおおー!』

『魔王様ー!』

『我が神よ! 我が神よー!』

『俺たちには神がついてる!』

『おうよ! 俺らは神の軍勢!』

『魔物なんかに殺られるか!』


 僕はまた帰りたくなった。


 彼らの士気が上がれば上がるほど、僕のテンションは下がる。


 しかし、確かめたいことがある。


 オークたちのこの連携。


 僕の推測が正しければ──


 そう思うより早く、ライカに叫ぶ。


「ライカ! 一匹生捕りにしろ! 確かめたいことがある!」


「御意! 手足は──」


「五体満足とは言わん! 生きてればそれで良い!」


「──お任せあれ!」


 ライカが再びオークを追って前線に飛び出した。

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