第136話 侍魂

 ナソンの村は王国の最南端に位置する、人口三千人程の村だ。


 高い外壁に囲まれており、村と言ってもほとんど街に近い。


 西側に岩場の多い平野が広がっているが、東側は岩山が連なる。


 昔、ここには小さな漁村があった。


 それが、突如として生まれた魔物達によって南方が死地と化し、大陸の南側から逃れた難民たちが住みついて今の状態を形成した。


 ナソンの村と言う名前は、ここがまだ小さな漁村だった頃の名残りだ。



 ナソンの村は魔物からの激しい猛攻に晒されていた。


 街壁を囲まれ、北と南に位置する大門には多くの魔物が群がっている。


 街壁から矢や槍、もしくは魔法が飛ぶが、魔物の侵攻を食い止めるので手一杯といった様相だ。


 僕たちミリア大隊が到着して布陣した頃、僕たちの存在に気付いた魔物が攻撃を仕掛けてきたが、我先にと迎撃したイズリー率いる独立部隊に全滅させられていた。


 その先陣に、何故かライカが立っていたのは見なかったことにしようと思う。


 しかし、軍服に着替えたイズリーはマジで可愛かった。


 厳ついデザインの軍服を着る美少女。


 ゴツい襟の立った上着に、馬に乗りやすいようにズボンは腿の辺りがダボっとしている。


 可愛い。


 ギャップが良い。


 僕の侍魂は震えた。



 ミリア大隊は戦闘力が極めて高い。


 ミリアの嗜虐嗜好からきているのか、訓練の厳しさが他の隊とは段違いな上に、ここでは生まれの良さや家柄なんかは全くもって考慮されない。


 強さ。


 ただひたすらに、強さ。


 それのみが要求され、それのみが出世への糸口になる。


 でなければ、イズリーが独自の部隊を形成することなど、他の隊では絶対に不可能だ。


 ハティナのスピード出世も、ハティナの強さと優秀さが評価されたからこそだろう。


 僕たちはナソンの村を見渡せる小高い丘に布陣した。


 直線距離で1キロほどだろうか。


 そこに張られた天幕の中で、軍議が開かれる。


「それでは、カルゴロス様」


 ミリアに促されて、カルゴロスが口を開く。


 ミリアは他に人の目がなければこそ、この王太子に向かって尊大な態度を取るが、他の士官の前では大将たるカルゴロスを立てる。


 僕はミリアのこの手の気遣いと気立ての良さに関しては、とても気に入っている。


 こいつは、本当に良い女だとさえ思っているんだ。


 ……魔王への謎の崇拝さえなければな。


「では、これよりナソン防衛戦の軍議を開く。百戦錬磨の諸兄に関わられては、私のような素人の采配には至らぬ点が多々見受けられるだろう。忌憚のない意見を求める。立場や位に関わらず、自由な意見を申して欲しい」


 そんなカルゴロスらしい挨拶で始まった軍議は、ハティナによる作戦の立案から始まった。


「……魔物の目的はナソン。……彼らに共通の意思があるのかはさておき、ナソンを包囲する魔物が互いに連携していることは確か。……先ほどわたし達を攻撃してきた魔物は少数。……おそらく斥候。……次の攻撃があるとすれば、もっと大きなものになる。……キンドレーからの報告によれば、敵戦力は豚頭の魔物オーク。……数体の巨大サソリ、アングレイ。……そして南側には魚人の魔物シェイバー。……セスカ、馬は背後の茂みに隠すように。……岩場の多いこの辺りの地形では、馬はかえって邪魔になる。……こちらの戦力はミリア大隊千名にランザウェイ領の騎士五百。……目算だと戦力は拮抗している。……ナソン駐在の防衛隊は三百ほどだと聞いている。……街とこちらでの挟撃はできない。……門を開いた瞬間に、ナソンは落ちる。……以上の戦況から、部隊を三つに分けて三方向からの攻撃を進言する。……隊はカルゴロス本隊に五百。……このまま正面を受け持ってもらう。……ミリア隊は七百五十を率いて東側に迂回して攻撃。……わたしはイズリーと西側から二百五十を率いる」


「あらあら、私の方が兵数が多いようですわよ?」


「……東側は背後に山がある。……魔物が東側に進撃すれば、ミリア隊には逃げ道が無くなる。……それに対して、西側に広がるのは平野。……後退しようと思えば、いくらでも退がれる。……魔物をナソンの南側、つまり、……カナン大河に押し返す。……そうすれば、……彼らを背水のままに殲滅できる」


 ミリアが納得したように頷き、僕を見た。


 ミリアとハティナのハイレベルな軍事的討論に、僕は全くついて行けずにこんなことを言った。


「……なるほど」


 いや、無理だろ。


 こちとら平和ボケ極まる元日本人だぞ。


 古来より戦闘民族だった侍魂が騒がないのかって?


 彼女なら僕の隣で寝ているよ。


 僕の侍魂は可愛い女の子でしか騒がないんだよ!


 悪いか!


「正面を受け持つのは良いが、魔物を押し返した後はどうすれば良い? 魔物をカナン大河まで押し返した後の殲滅戦に参加するには、ナソンの街をぐるりと迂回しないといけないのでは? もしくは、ナソンの北門から南門に抜けるか?」


 カルゴロスがそんなことを言った。


 カルゴロスはやはり頭が良いな。


 ナソンをぐるりと包囲している魔物たちの北側、つまり、こちらに一番近い方を倒した後、大きなナソンの街壁を回らないと南側へは行けないわけか。


「……鋭い。……ナソンの北側の包囲を抜けても……南側の魔物が退いているとは限らない。……正面隊は西側に迂回するように進軍して欲しい。……うまくいけば、わたしの隊と合流できる」


「なるほど。それでこの人数配分か。私の隊が無事にハティナ殿の隊に合流できれば、人数は東西で二等分になるわけだな」


「……その通り」


 カルゴロスとハティナは、そんな風に知的な軍略会話を交わしてから、僕を見た。


 そんな彼らに、僕は言う。


「……なるほど」


 いや、やっぱ無理だろ。


 僕はこの手の『戦争』は未体験なんだ!

 

 いや、ハティナだってこれだけ大規模な戦争は初体験だと思うよ?


 でもね、元々違うから。


 頭の出来ってやつがな。


 ちっとも悔しくなんかないぜ。


 良いんだよ。


 適材適所だ。


 それぞれが得意なことをやる。


 それで良いじゃない。


 ハティナが作戦を考えて、僕が魔法をぶっ放す。


 それで良いじゃない。


 ぜんぜん悔しくなんかないぜ。


 しかし、今度からはニコを連れて来よう。


 そして、こっそり教えてもらうんだ。


 彼女なら、僕が恥をかかないように色々教えてくれるはずだからな。


 僕は何故か自分に自分で言い訳してから、皆が注目する中こう叫んだ。


「僕が事前に考えていた作戦と全く同じだ! さすがは我が未来の正妻ハティナ! よし、それでいこう!」


 小高い丘の本陣で、王国軍の士官たちが一斉に頷いた。

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