第135話 進軍

 ランザウェイ領は大陸を横断するカナン大河に面している。


 王国の最南端の全域に広がる大きな領地だ。


 大河を渡る魔物の侵攻を一手に引き受けることで、国から多額の助成金を得て力と権益を増した歴史がある。


 王国南部はカナン大河を北上してくる魔物の侵攻に常に晒されている。


 それもあって、ほとんど全ての村が高い石壁で囲まれていた。


 内乱の鎮圧という名目の元、各地の街を巡ったが、当然のごとく内乱なんてものはほぼ起こっていない。


 どの街に行っても僕たちは手厚い歓迎を受けた。


 ランザウェイの圧政から解放されると、領民たちは期待を持っているみたいだ。


 ランザウェイ領の中央部に位置する南部最大の都市ザラニカ。


 ランザウェイの本拠地であり、ランザウェイ邸もここにある。


 僕たちが王都を発ってから一月ほどで辿り着いた。


「おー。大きな門だねえ」


 イズリーが馬車の窓から顔を出して見上げる。


 どの街よりも大きな門に、高い街壁。


 まるでランザウェイの武威を示すかのような威容だ。


 僕たちはすんなりと門を通過し、ランザウェイ邸に向かった。


 ランザウェイの屋敷はかなりの大きさだ。


 騎士家系のほとんどを掌握していた、名門中の名門にふさわしいほどの豪邸だ。


 ランザウェイ邸は制圧されたと聞いていたが、建物自体はどこも損壊していなかった。


 屋敷の扉が重々しく開き、中から六人の男が出てくる。


 八黙のメンバーだろう。


 その中で、リーダー格のような男が前に出て跪く。


 黒い祭服の前面に、白い十字の模様が入っている。


 四十代半ばといったところだが、顔の半分に火傷ような跡がある。


「お初にお目にかかります。魔王様。魔王の尖兵ベリアルが八黙の一人、黙祷のマーラインと申します」


 マーラインは元司祭の男だ。


 確か、教会が全焼して家族を失ったんだったか。


「あらあら、まあまあ、久しぶりですわね? マーライン」


「ミリア様……。あの時の御恩は今でも忘れてはおりません。……こうして、新たな神に出逢えたのも、私があの時ミリア様に敗北したからこそ。この黙祷のマーライン、魔王様の忠実なる下僕として、この身が朽ち果てるまで働き続ける所存でございます」


「あらあら、まあまあ、やはりあなたを黒の十字架サタニズムに誘ったのは正解でしたわね。これからも黒の十字架サタニズムの司祭の一人として、ご主人様の御威光を広く世界に轟かせるのですよ」


 僕は思った。


 もう何でもいいや。


 ……疲れた。


 僕たちは屋敷の中に案内された。


 ミリア大隊の兵士たちは屋敷の前で待機だ。


 さすがに千を超える軍隊は入りきらない。


 イズリーが留守番役にされて駄々をこねていたが、ハティナに上手く丸め込まれてしまっていた。


 ランザウェイの嫡男はすでに亡き者にされていた。


 権力争いに負けた貴族の運命とは言え、僕は複雑な気持ちになる。


 ランザウェイの持つ私兵の軍権は、無事カルゴロスの指揮下に収まった。


 そして、ミキュロスに作らせた信任状を読み上げる。


 カルゴロスをランザウェイ家の当主に据えたわけだ。


 カルゴロス・リーズヘヴンは、カルゴロス・ランザウェイとして、この南部の広大な領地を無事引き継ぐことになった。


 彼の護衛にはピエールがいるが、領地が安定するまでは八黙のメンバーに手伝わせることになった。


 これから、このランザウェイ領はカルゴロス統治のもと、秘密裏には魔王の尖兵ベリアルの主導によって治められることになるのだ。


 そして、カルゴロスは騎士家をまとめ上げた上で僕の傀儡となる。


 ここに、リーズヘヴン王国は三百年ぶりに纏まる。


 魔導師と騎士が、魔王の旗の元に一つになるのだ。


 そうして、大陸の南方を解放するための下準備が整う。


 カルゴロスをランザウェイに据えて、僕とミリア大隊は王都に戻ろうとした。


 

 真夜中、ランザウェイ邸に用意された一番上等な客室で、僕はイズリーのポチを磨いていた。


 隣ではイズリーが鼻の頭を汚しながら、タマを磨いている。


 ミリアは『ご主人様が臣の武具を磨くなど!』なんて言っていたが、イズリーのポチを磨くのは僕の担当だ。


 こればかりは譲れない。


 イズリーは僕の屋敷に来る時はいつも愛用のグローブであるポチとタマを持ってくる。


 今ではほとんど日課になっていた。


 ハティナは客間に備えられた高級なテーブルで読書だ。


 ライカが煎れてくれたお茶を飲みながら、この三年でボロボロになったポチの汚れを落としてあげていたその時、一つの報告が届く。


 王国南部に流れる、大陸を両断するカナン大河。


 そこにほど近い、ナソンの村。


 王国でもっとも南に位置する集落だ。


 そこに、魔物の大群が押し寄せているらしい。


 昔、ミリアを連れたヨハンナ・ワンスブルーがオークの大群を撃退した場所。


 そこに十数年ぶりに、魔物の群れが押し寄せたのだ。


 ナソンから一番近い軍隊が、僕たちミリア大隊だった。


 進軍を急げば三日で到着する距離。


 僕はすぐに自室にミリア大隊の士官とカルゴロスを呼んだ。


「シャルル君! 魔物の群れが出たみたいだね!」


 この三年で身長がぐんと伸びたキンドレーが言う。


「ああ。このタイミングだったのは、考えようによっちゃあラッキーだったかもな。……セスカ、補給と王都への連絡は任せていいか?」

 

「う、うん! アスラさんにも、報告を入れるね。私、元々は近衛隊だし、監軍の役割も担ってるから、報告は任せておいて」


 今では立派なレディになって、その美しさを増したセスカが答える。


 彼女の所属は元々は近衛隊だ。


 王都から出る軍隊には、監軍と呼ばれる監督官がつく。


 近衛隊の下士官から選ばれることが多いその監軍に、ミリアのゴリ押しでセスカを指名したのだ。


 その要求は、アスラの計らいで認められた。



「よし。準備が整い次第、ここを出るぞ。カルゴロス殿下、指揮は貴殿にお任せします。ランザウェイを継ぐに相応しき智謀を持つことを、天下に示しましょう」


 僕の言葉に、カルゴロスが深々と頭を下げる。


「了解しました。……よろしく頼みます。宰相閣下」


「八黙も連れて行こう。ミリア、マーラインを呼び出してくれ」


「御意。あの男は使えますわ。この凍怒のミリアを手こずらせた程の男ですから」


 それから一刻のうちにミリア大隊は準備を整え、王国最南端であるナソンに向かって進軍を開始した。

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