第134話 不憫な彼
僕らを乗せた馬車が停止する。
御者が僕らに声をかけた。
「着きました。……魔物はすでに討伐されたようです。ホーンベアーだったようですね」
ホーンベアーは角の生えた熊の魔物だ。
多くの魔物は、何か動物を元にした姿をしている。
歩く食人植物のギガントマンイーターのように、元の動物が何かわからない魔物もいるが。
僕らが馬車を降りると、ライカに跪く商人たちの姿があった。
イズリーはそんなキャラバンなどへの興味はとっくの昔に失ったらしく、共に先行した十数名の魔導師と騎士たちに混ざってしきりに道端に落ちている魔物の素材を集めていた。
僕はイズリーが自分が発見した魔物の素材を取られまいと、それを拾おうとした騎士を『あたしが先に見つけたんだよ!』なんて言いながらどついていたのは、見なかったことにする。
僕やミリアやハティナだったら、そんな面倒なことは部下に任せて自分はのほほんとお茶でも飲んでるだろう。
イズリーは、やはり人を使うよりも使われる側の方が性に合ってるのかもしれない。
しかしだからこそ、はみ出し者の部下からの信頼も篤いのだろう。
「主様! 御命令通りに魔物の討伐を完了しました!」
ライカは僕の前で跪く。
これは『頭を撫でて』のポーズだ。
僕が彼女の要求通りにライカの頭を撫でてやると、彼女は「……ひゃうぅ」なんて声を漏らした。
商隊はランザウェイ領から他領へ向かう商人の一向によるものだった。
「お貴族さまあ! 助かりました!」
そう言って感謝してくる商隊の長から話を聞いたところ、内乱などと言ってもランザウェイ邸以外で血は流れていないらしい。
そんなモノ、もはや内乱と呼べるのだろうか……。
ほとんど乱れていないような気がするのだが。
僕はもう少し、血みどろの戦いが起こっているものかと想像していたが。
いや、ニコの考えることだ、僕なんかの知能で追いつけるわけがないか……。
彼女はおそらく、軍部の中枢までその魔の手を伸ばしたのに違いない。
しかし、だからこそ、この商人も普段と変わらず商売ができているのだろう。
僕はそんなことを考えながら商隊長に視線を戻す。
僕の視界に、彼の首からぶら下がる黒い十字架が目に入る。
……あっ。
気付いた時には遅かった。
ミリアが目敏く彼の十字架を発見してこう言った。
「あらあら、まあまあ、あなたも
「え、ええ。最近の南方じゃ特に珍しくもないかと思いますが……」
商隊長は何か気に障ったのかと感じたのだろうか、おずおずとそう答えた。
「そうですか。信心深くてとてもよろしいですわね。何を隠そう、此方の御方こそ我らが神にして魔王にして王国宰相、シャルル・グリムリープ様ですわよ」
商人は最初「ふふ、またまたー」なんて、ミリアの言葉を冗談だと捉えていた。
しかし、後続の魔導師隊の武威を見て、すぐさま地面にめり込まんばかりに土下座して沈黙した。
そう言えば、コッポラさんも終始沈黙を保っていた。
僕は
任務中の私語禁止のあの噂。
任務中にお喋りをした
商人からの聞き取りはミリアに任せて、僕はカルゴロスの乗る馬車に再び乗り込む。
「……はあ」
ため息を吐いた僕に、カルゴロスが和かに語りかけてきた。
「……しかし、ここまで狙い通りに事が運ぶとは。身分制度の廃止も、貴方様ならばきっとやり遂げられるのでしょう。……やはり、貴方様こそが神でしたか」
カルゴロスはまるで僕のことを死神のノートで犯罪者を皆殺しにする殺人鬼のように呼ぶが、僕はそんな大そうなモノでは全くない。
むしろ、僕は『神』に一度出会っているわけで、本当にやめて欲しい限りだ。
きっと僕が死んだ時、再び『神』に会うだろう。
その時、彼女に『あははー。神なんて呼ばれて楽しませてもらえましたよー。あ、そーだ、私の代わりに神様やりませんかー?』
そんなことを言われるのは、本当にご勘弁願いたいところである。
しかしあのテキトーな『神』ならやりかねないぞと、僕の脳内で激しく警鐘が鳴り響くのだ。
カルゴロスについては、考えるのをやめた。
もう、こうなってしまっては『なるようになれ』だ。
僕の転生後の人生で得た最も大きな教訓は、この手の諦めだったりもするからだ。
自分の力ではどうにもならないこと、そんなことは、もう、諦める他ないのだ。
自分の力でどうにかなること、そんなことにこそ、自分の限界を超える力を注ぐべきなのだ。
僕はそんなことを考えながら、馬車の窓から外を見る。
窓にイズリーの顔があった。
美しいその顔で、何故か外から馬車を覗いていた。
この窓、けっこう高い場所にあるのだが、彼女は何かを踏み台にでもしてるのだろうか。
「にししー。シャルルー、見ててね? 今から真似っこしまーす! いくよー?──」
そう言って彼女は魔物の残した素材らしき、大きな角を自分の頭に乗せた。
「──モノロイくん!」
……。
……どこが?
君はモノロイがそんな巨大な角の生えた悪魔的な風貌に見えていたのかい?
僕はそう思ったが、確かにコレは可愛い。
どこがモノロイなのかは全くわからないが、とにかく可愛い。
モノロイの要素なんて砂糖一粒分もないが、可愛いことには変わらない。
「モノロイ……だね。……うん。……モノロイだ」
僕はそう言った。
言わざるを得なかったからだ。
「あ、姉御! モノロイ……? じゃなくてホーンベアーの真似だったんじゃ……」
窓の外のイズリーの下から声が聞こえた。
「……あ、そーだった! にししー、間違えちゃったよ! ほーんべあー!」
……どんな間違い方?
僕はそう思ったし、モノロイを不憫に思ったが、とりあえず可愛いから全て許した。
そして、窓から顔を出してイズリーの足元を見る。
魔導師の男が、四つん這いでイズリーの踏み台になっていた。
「……え、誰?」
「モノロイく……じゃなくて、ほーんべあーです!」
彼女はまた頭に大きな角を生やしてそんなことを言った。
「……いや、それはわかったんだけど。……その人は誰?」
「あー、コレ? えとえと、誰だっけ?」
自分が踏み台にしている男をコレ呼ばわりとは、彼女は悪意なく非情だし、自分が踏み台にしている男の名前すら覚えていないのも、彼女は悪意なく薄情だ。
……可愛いから許すが。
「お初にお目にかかります! 魔王様! あっしはイズリーの姉御、一番の手下! タグライト•メカデリアです! 姉御にはいつもお世話になってます!」
彼は四つん這いのまま言った。
お初にお目にかかったのがこんな姿なのも、一番の手下なのに名前を覚えて貰っていないのもそうだが、僕はこの日、モノロイ以上に不憫な人間を発見してしまった。
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