第133話 道中
ガタガタと揺れる六人乗りの馬車の中で、僕は顔を二つの柔らかな物体に挟まれていた。
……三年前からから更に一際大きくなったミリアの胸だ。
久しぶりに会ったミリアは、最初こそ大人しくしていたが、南方平定軍の進軍に用いられる指揮官用の馬車に乗ってから早々に僕を抱きしめて何やら愛の言葉を囁いてきた。
当然のごとく、僕はソレを持ち前の諦念と双子への愛で聞き流した。
「ああ、愛しのご主人様! 私、早くご主人様を旦那様と呼べる日が待ち遠しくて仕方がありませんわ! ご主人様は、お夕食とお風呂と私でしたら、どれを先に選びます?」
僕にそんな質問を投げかけるミリア。
僕は彼女の大きく柔らかな胸に顔がめり込んでるような有様なので、答えようがない。
いや、そもそもコイツは答えさせるつもりがないような気さえする。
きっと、夕食を選んだらコイツは『私が夕食ですわ!』なんて言うに決まっているし、お風呂を選んでも『私がお背中をお流ししますわ!』なんて言うに決まっているんだ。
かと言って、ミリアを選んだらどうなるかは火を見るより明らか。
まさに対話の拒否。
コミュニケーションの断絶。
こんなのもう、全てを諦めざるを得ないじゃないか。
王城で行われた評定から数日後。
宰相の座と王権の簒奪を成し遂げた僕は、カルゴロスを大将とした王家直轄の魔導師隊によるランザウェイ領平定の手助けをするために一路、南方ランザウェイ領に向かっていた。
部隊は千人からなる王国軍の精鋭。
ミリアの率いる魔導師大隊の六百四十人、そして、前衛を維持するために聖騎士から中隊が二つでおよそ三百人、残りは兵站の調整や斥候役に数十名の人員が動員されている。
ちなみに、主に兵糧や物資の調達と補給の責任者には
実質的なこの軍の長であるミリアによる人選だ。
彼女は
そして、それはセスカやキンドレーだけではなく、僕の愛しの双子にまで及んでいた。
「……ミリア。……シャルルから離れて」
ハティナがムスッとした様子で言う。
「ねーねー、いつ着くの? まだー? あたし、早く戦いたいよ」
イズリーはハティナとは打って変わってウズウズした様子で言った。
双子は元々、近衛隊に配属される予定だった。
しかし、ソレをミリアが影から邪魔だてしたのだ。
ミリアは演武祭や学園での風紀委員会の活動で双子の戦闘力を嫌というほど知っていた。
だからこそ、彼女たちを自らの部隊で囲い込むために暗躍したのだ。
結果的に、双子はミリアの大隊に配属された。
ハティナは配属からたったの二ヶ月で結果を出した。
部隊の指揮系統の不備を指摘し、これを大いに改善した。
その働きが認められ、魔導学園卒業からたったの一ヶ月でミリア大隊で副長のような立場にまで上り詰めた。
実質、ミリア大隊のナンバーツーになったわけだ。
それに対して、命令系統の一切を持ち前の天然で悪意なく無視してしまうイズリーは未だに小隊長ですらない。
言うなれば、一介の雑兵に過ぎないのだ。
しかし、彼女はこの三年で大いに増した美貌と邪気のない性格で、隊の荒くれ者やはみ出し者、あるいは、実力はあるが協調性のない者を集めて一つの独立した部隊を形成していた。
イズリーが形成したというより、そういったアングラな人物に彼女が担ぎ上げられたのだ。
イズリーの非公式な独立部隊に入った人のほとんどは、イズリーに叩きのめされた人たちらしい。
彼女は基本的に問題はフィジカルと暴力で解決するので、イズリーが隊内で問題を起こす度に人員……というか、彼女の取り巻きは増えていったらしい。
そんなこんなで、指揮官用の馬車には僕、ミリア、双子、カルゴロスで同乗し、王国南方はランザウェイ領に向かっている。
ライカも護衛としてついて来ていた。
彼女は、ミリアの大隊の騎兵から馬を掻っ払ってそれに騎乗していた。
馬を奪われた人には気の毒だったが、仕事でエンジンのかかったライカを止めるのは僕でも難しい。
ライカは働くのが大好きなのだ。
今も僕たちの乗る馬車のすぐ横を馬に乗って並進している。
ハティナは揺れる馬車の中でも本を開いて読んでいる。
酔ったりしないんだろうか。
僕が相変わらず本の虫であるハティナを見ながら物思いに耽っていると、キンドレーの
『シャルル君! ……じゃなくて、宰相閣下! ミリア隊長! ハティナ副長! 先行している斥候部隊から報告です! 街道沿いに魔物の群れ! 商隊が襲われています! 指示を!』
ミリアが僕を見る。
『ライカを行かせる! それまで持ち堪えさせろ! あと宰相閣下ってのは止めてくれ! なんか気持ち悪い!』
キンドレーに一方的にそう念じて、通信を切る。
そして、馬車の窓を開けてライカに言う。
「ライカ! この先に魔物が出たらしい! キャラバンを襲ってるらしいから、助けてやれ!」
「御意! 必ずや主様のご期待に答えて見せます!」
そう答えたライカに、ミリアが言った。
「あらあら、戦姫さん? お一人で行くつもりでして? 何人か聖騎士と魔導師をお連れしなさいな」
「……良いだろう。了解した。おい! 御身から御身まで、私について来い! この先で魔物狩りだ!」
ライカは少しムスッとした様子でそう答え、近くにいた騎兵の十数名に勝手に指示を出した。
この部隊の人ではないのに、とても指揮官ぽい。
「え! 魔物狩り! あたしも行く! ライカちゃん! 後ろ乗せて!」
イズリーが走る馬車の扉を勢いよく開けてライカの後ろに飛び乗った。
「い、イズリー?」
僕は慌てて彼女を引き止めようとしたが、それを察したのかライカの後ろに騎乗したイズリーがうるうるとした瞳で見つめてくる。
……無理だ。
……これは。
……抗いようがない。
「き、気をつけてね。……ライカ、イズリーのことは──」
「お任せあれ! この神名を賭してイズリー様は御守り致します!
イズリー様! しっかりお掴まり下さい! さあ! 行くぞ!」
ライカたちは風のように走って行った。
「……シャルルはイズリーに甘い」
ハティナが呆れたように僕を見る。
「ま、まあ、なんだ……ライカがいれば安全だろう」
彼女は戦鬼のジョブを持ってる。
魔物特攻を持つ特別なジョブだ。
僕は全てを誤魔化すように馬車の扉を閉めて、カルゴロスに言う。
「どうやら街道の先で魔物の群れが商隊を襲っているそうです。ライカを向かわせたので我々が到着する頃には安全が確保されていることでしょう」
カルゴロスは、周りに僕たち以外の目がないことを確認してから言った。
「感謝します。……我が神よ。……神に護られるというこの全能感。筆舌に尽くし難い程の幸福です」
僕は吐き気を覚えながら黙った。
ハティナはもとより黙っている。
ミリアだけが、満足そうに頷きながら口を開いた。
「あらあら、まあまあ、信心深くて結構なことですわね。カルゴロス? 貴方は
僕は心の中で全力の絶叫を上げた。
──お前は何様なんだ!
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