第132話 国家簒奪
王は立ち上がって言った。
「もう……もう良い。……余の負けだ。……大陸の半分を死地に変えるほどのジョブを持つ強者に、政治の世界でも負けたとあれば、もう余にはどうすることもできぬ。……しかし、……しかしだ。王国民に罪はない。余を……余を煮るなり焼くなり好きにせよ。だが……魔王よ。……其方に慈悲の心があるなら、どうか無垢なる民を害するのは、控えては貰えぬか」
王は涙を流しながら言った。
僕は、自分の中でのこの王の評価を少しだけ上げた。
この王は自分なりに王たる者の責務に真正面から取り組んでいたのだ。
ただ、手段は間違っていた。
きっと、この王の体制のもとでは、近々王国は滅んでいただろう。
これは仮説と言うか、予測。
本当の答えは出ないが、それが出た時はゲームオーバーなのだ。
王国の滅亡が確定する前に、そんな未来は変えなければならない。
僕とニコのやり方は強引だったし、それを正義だなんて言う気は毛頭ない。
僕たちがやってるのは国家の主権の簒奪だ。
そんなもんは、どう転んだって悪行に他ならない。
どんな目的があれ、どんな大義があれ、それは彼ら王族からしてみれば悪。
だからこそ僕は魔王として、その罪も汚名も引き受けてやる。
僕は王に言った。
「王陛下。全てはこの魔王の謀略。恨むなら、私をお恨み下さい。しかしながら、無辜なる王国民に苦しみを望まないのは私も同じこと。……いらぬ争いを避ける為にも、ここは潔く身をお引きになられる事を望みます」
僕は、王に向かってそんなことを言う。
つまりは、退位を迫ったのだ。
トークディア老師は悲しそうな顔をしている。
彼が人生を懸けて守り抜いてきた王国が、自らの弟子とは言え魔王の手に落ちる。
複雑な心境だろう。
王は頷く。
「余は、王位を退くとしよう。後継は……ミキュロスか?」
僕は黙って頷く。
「……では、ミキュロス。後のことは頼む。だが、これだけは後生だ。カルゴロスのことは……」
僕はそれにも頷いて返した。
「この魔王シャルル・グリムリープにお任せあれ。……カルゴロス殿下の御身と地位は、必ずや御守りいたす。……よろしいですな? ミキュロス新国王陛下?」
ミキュロスは言う。
「無論。良きにはからえ」
ここに、王位の簒奪は成った。
僕とミキュロスの三年がかりの謀略が、遂に形になる。
しかし、まだ騎士家を纏める作業が残っている。
「して、ランザウェイ領はいかがいたす? 我が領はランザウェイ領に程近い。我らが軍を出そうと思うが……」
ゾーグ家当主が言う。
コイツも大したタマだ。
ここでランザウェイ領に押し入って、自らの権益を増やそうという腹なのだろう。
今、僕自身の口から『全ては魔王の謀略だった』と言ったのに、コイツらはまだ『内乱はあるもの』としてのスタンスを崩さない。
クリムウェル家の当主も、「それなら、我がクリムウェル家も力を貸そう。ランザウェイの兵は屈強なれば、兵の指揮権がすでに握られておるやもしれぬでな?」なんてことを言って一口乗ろうとしている。
しかし、ここでコイツらにしゃしゃり出られてはカルゴロスをランザウェイの頭に据えて騎士家を根こそぎ支配する目論みからは遠ざかることになる。
僕は、おもむろにコッポラから受け取った袋を開けた。
『このメモをご覧になられているということは、ランザウェイは評定の場で傲慢にも武力を行使し、姉さまあたりに制圧されて投獄。王位はミキュロスに無事、譲られているでしょう。次に打つ手はカルゴロスによるランザウェイ侵攻が上策かと愚考します。騎士家ではなく、カルゴロスに軍を指揮させて南方領を平定いたしましょう。──ニコ』
「お前はエスパーか!」
僕は心の中でツッコミを入れたつもりが、普通に声を大にして叫んでいた。
皆の視線が一斉に僕に向けられる。
「──……ごほん。カルゴロス殿下! 殿下にお願いしたき儀が」
カルゴロスは人好きのする微笑みで答える。
「何かな? 宰相殿」
「殿下に軍を率いていただき、ランザウェイ領の平定にご尽力いただきたい。ランザウェイ領を継ぐのはランザウェイの正統な血統でもあらせられるカルゴロス殿下をおいて、他にはおりません」
僕の言葉に、カルゴロスよりも先にゾーグ家の当主が反応した。
「内乱を引き起こした民たちの要求は宰相閣下による統治だったのでは?」
「ええ。ですが、内乱はもとより重罪です。多くの民を裁くことは将来の統治に禍根を残すのでできませんが、内乱を起こせば自分たちの思い通りに事が運ぶと示すことの方が危険でしょう」
「……」
ゾーグ家の当主は沈黙した。
彼からしてみれば、目の前で転がってきた好機が霞と消えたのだ、こんな反応になるのも当然だろう。
「しかしながら、カルゴロス殿下は軍をお持ちでないが……王都の常備兵を使うのですか?」
今度はクリムウェル家の当主が言う。
内乱とは言え、全て僕……ではなくてニコの主導による、いわば狂言内乱。
それは彼らにも解っている。
しかし、いや、だからこそ彼らは自発的に軍を出そうとしている。
反撃に遭わないと解っているのだ。
本来なら他領の内乱に自分たちの手勢を好んで使うことは、絶対にない。
軍を動かすのもタダじゃない。
多くの金が湯水の如く出て行くのだから当たり前だ。
なので、僕は言った。
「王都の魔導師隊から大隊を派遣しましょう。兵站を維持するのも馬鹿にはならない額の金がかかりますし、王国で起きた内乱の芽は王家が摘むと世に示さねばなりません」
すると、ヨハンナが口を開いた。
「それなら、ミリアの大隊を出しましょう? 彼女たちは
……え?
「それが良いじゃろうのう」
トークディア老師が賛成した。
……これは、どうなんだ?
ミリアはこれまでも僕の想像を、主にマイナス方面に裏切り続けてきた。
まさかまさかの
可能性はゼロとは言えないぞ……。
「……ふむ。しかし、大隊だけで抑えられるか? ランザウェイ領の精強な兵どもを呑み込んでいるかも知れぬぞ?」
いけしゃあしゃあと、そう言うクリムウェルに、僕は反射的に答えた。
「私も出ます。……この魔王シャルル・グリムリープが、カルゴロス殿下の御身を最も近き場所で御守りします!」
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