第131話 犯人

『お前……そんなあからさまにヤる?』


 と言わんばかりの視線が僕に注がれる。


 僕は、そんな視線に負けて『いかにも。うちの家事の一切を司る三人目の魔王の所業である!』なんて開き直るわけにもいかず、ただただこう言った。


「……なるほど。……宗教がらみですか。……これはまた厄介な──」


 今度は『いやいや、ちょ、お前、どの口が言ってんの?』みたいな視線に晒される。


 それでも僕はそれらを黙殺して、言葉を続けた。


 ランザウェイを陥す好機、棒に振るわけにはいかない。


「──と、なるとランザウェイ卿。……其方は王陛下より賜りし領地をむざむざ失ったわけだが、弁明やいかに?」


 これはもう、押し込み強盗のようなものだ。


 このタイミング、そしてその引き金となった宗教。


 明らかに犯人は僕なのに、宰相の座をものにしたのを良いことにそんなことを言う僕。


 盗人猛々しいとはまさにこのことだろう。


 僕の言葉に、ランザウェイは激昂した。


「ふざけるな! 知れたことを! 貴様の仕業であろう! むしろ貴様以外の誰にこんなことができる!」


 まったくもってその通りだった。


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。


 僕は『このクソ貴族の口からも正論は出るものなのか……』なんてことを考えながら、こう答えた。


「……ほう? 其方はこのリーズヘヴン二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープを疑うと申すか。……今なら聞かなかったことにするが、如何にする?」


 宰相になった以上、王と同じだけの権力を僕は持っている。


 こうなればゴリ押しだ。


 いまさら魔導四家の当主たちが僕に対して梯子を外すメリットはないし、騎士家の連中もランザウェイを面と向かって裏切って僕に付いた以上、ランザウェイに『ごめんなさい』なんて言って帰参するわけにもいかない。


 押し切れる。


 僕はそう踏んだ。


「ふ、ふ、ふ、ふざけるな! どう見てもおかしいだろうが! こんな! こんなタイミングで! しかも、黒の十字架サタニズムとは貴様を信仰する者たちではないか! 我が領地を自分の信仰者で扇動したに違いない! こんなことが許されるか!」


 ……鋭いな。


 ……その通りだ。


 ……いや、誰にでもわかるか。


 とは言え、僕もここで折れるわけにはいかないんだ。


 ランザウェイには悪いが、好きにやらせてもらうぜ。


「この国の法典には、宗教に関しての記述はない。要は、女神を信仰しようと、邪神を信仰しようと自由だ。ただ、今まで女神以外の神が大衆に認められていなかっただけのこと……。それに、私は黒の十字架サタニズムなどというモノには一切、関わっていない」


『いやいや、お前、それは流石に……』


 なんて言わんばかりの皆の視線には負けない。


 僕は絶対に諦めない!


 ランザウェイは叫んだ。


「クソが! 埒があかん! ええい! なれば、力で示すまでよ! コッポラ! 出合え! 出合え!」


 僕はランザウェイがまさかこの場で魔王を相手に武力での解決に出るとは思っていなかった。


 部屋の外からガチャガチャと鎧が擦れる音が一瞬だけ聞こえたあと、ドシンと何かが倒れる音が聞こえた。

 

 そして、扉が勢いよく開き「曲者か! 永久に黙らせてやる!」なんて叫びながら二人の女性が入ってくる。


 一人は170センチほどの身長に、すらっと伸びたモデルのように細く長い手足に片手で覆えそうなくらい小さな顔。


 後ろで短く一本に結んだ薄紅色の髪から生える犬の耳。


 ライカだった。


 何で君が真っ先に来るんだよ……。


 普通、ランザウェイの護衛が真っ先に入ってきて「魔王! 覚悟!」みたいな感じなんじゃないだろうか。


 だいたい、君は呼ばれていないだろうに。


 ほら、見てみろよ。


 ランザウェイのアゴが外れそうなくらい開いているぞ。


 ライカの後に続いて、もう一人の女性が入ってくる。


 左目に眼帯、黒い髪をパイナップルみたいに頭の天辺で束ねた女性だ。


 彼女は背中に大きなノコギリ状の大剣を背負っていた。


 半開きになった扉の向こうで、ラファが戦闘不能になって倒れている。


 僕はエルシュタット家当主の顔をしばらく見ることができなくなった。


「コッポラ! 来たか! この無礼者を討ちとれ!」


 ランザウェイが叫ぶ。


 後ろの彼女がコッポラさんらしい。


 ……。


 ……?


 ……コッポラ?


 ……コッポラ。


 コッポラって確か……。


 彼女は大きなノコギリを地面に置く。


「……」


 彼女は何も言わずに、その場に跪いた。


「コッポラ! 何をしておる! ……この者を──」


 ライカがランザウェイの胸ぐらを掴んで凄んだ。


「おい……貴様、我が主様に向かって、言うに事欠いて『無礼者』? さらには『この者』だと? お前の頭は胴体とのお別れは済んでいるのか? ……ああ?」


「ひいい! コッポラ! おい! 何してる! お……い……ま、まさか……」


 ランザウェイは気付いたらしい。


 そう。


 コッポラは魔王の尖兵ベリアルの最強部隊、八黙の一人。


 黙示のコッポラと呼ばれる元処刑人だ。


 ランザウェイに護衛として雇われてたのか。


 ……知らなかった。


 いや、ニコに言われた気もするが……うん……知らなかったな。


 うん。


 ……知らなかった。


 ……僕は何も知らない。


 今、知った。


 ほ、本当だぞ!


 今の今までコッポラがランザウェイの護衛に雇われていたとは知らなかったが、今こそ好機!


「ランザウェイよ! 評定の場において武力を持って事を成そうとは、無礼にも程がある! ライカ! その者を捕らえて牢に運べ!」


「御意!」


 ランザウェイはライカに襟首を掴まれてずるずると運ばれていった。


「おい貴様! 寝ていないで私をさっさと牢屋に案内するが良い! あはははは! 主様から仕事を貰えたぞ! 御身も羨ましかろう? さあ、いくぞ!』


 ライカは久しぶりに仕事を貰えて嬉しそうな様子で、未だ目覚めぬラファに言った。


 いや、しかし疑うわけではないが、扉の前で見張りについていたラファをそんな風にしたのも君なんじゃないの?


 僕はライカにそんなことを思ったが、それは言わずに、暴れるランザウェイの襟首と気絶したラファの右足を掴んで二人の男をずるずると引き摺っていく彼女を見送った。


 王は今にも泣きそうな顔で円卓の一点を見ている。


 他の出席者からの視線が痛い。


 しかし、もうほとんどヤケになっている僕には全く効かない。


 今の僕を止められるのはハティナとイズリーだけだ!


「ランザウェイの行いは目に余る!」


 なんて、僕は白々しくのたまう。


 黙示のコッポラは、僕と目が合うとサッと逸らしてこうべを垂れた。


 ここで、『やあ、君がコッポラか。初めまして、いつもニコがお世話になってます』なんて言うわけにもいかずに、僕はコッポラに退室を命じた。


 すると、コッポラは一つの袋を僕に渡した。


 これは……。


 ……!


 ニコなのか?


「……」


 僕は彼女に目で訴えるが、コッポラは沈黙を保っている。


 ニコなんだな?


 ニコなんだよな?


 僕はひとまず袋をさっと受け取って懐にしまった。


 すると、何事もなかったかのようにコッポラは僕に一礼して部屋を出て行った。


 そして、退室するコッポラを見送ってから騎士家のゾーグ家とクリムウェル家の当主が揃って言う。


「ランザウェイは取り潰さねばなりますまい!」


 彼らは怒りを取り繕った表情かおの奥に卑しい笑みをたたえる。


 エルシュタット家の当主は乾いた笑みを浮かべるだけだ。


「ま、待て!」


 王が言った。


 先ほどの怯えた王とは打って変わって、覚悟の表情。


 彼にもわかるのだろう。


 ランザウェイ亡き後、騎士家による争乱が起こること。


 そして、その戦火は少なからず、王国の民に犠牲を強いること。


 王は事ここに至りやっと、民を統べる者として相応しい顔つきとなった。


 

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