第130話 急報

 評定の場の空気は張り詰める。


 僕は手を下ろして、口を開く。


「いくら魔導師たちが私を宰相に推そうとも、騎士家の賛同が得られなければ、結局何も意味がありません」


 僕の言葉にランザウェイが同意する。


「然り! 騎士が前線を維持するからこそ魔導師は魔法を使える! どちらが上かではない、どちらも大切なのだ! で、あるからして──」


 僕はランザウェイを遮って言う。


「では、この場には四人の魔導師と四人の騎士がおります。いずれもこの国では重鎮の中の重鎮。ここは私を抜いて、多数決で決めては如何でしょう? このまま議論をしても平行線を辿るでしょうし」


 ランザウェイはニヤリと笑って言う。


「良かろう! ただし、ここには王族のお歴々がおられる。王族の方々にも参加して頂こうではないか? リーズヘヴンは偏に王の国。故に、王族の方々も参加する権利があると思うが?」


 僕は呆れ返った。


 この人は、勝てる気でいるんだ。


 王族はミキュロス以外が自分に付くと思っているのだろう。


 ウチのニコをナメすぎだ。


「もちろんです。そうしましょう」


 僕は言った。


「宰相に相応しきはグリムリープか、このランザウェイか、挙手で決めようぞ!」


 ランザウェイはちゃっかり議論の方向性を変更した。


 僕は笑うのを堪える。


 あわよくば、この人は自分が宰相になろうとしているわけだ。


 それこそ、ウチのニコを侮りすぎている。


 いや、彼は黒幕がニコだとは知らないわけだが。


 トークディア老師が僕に目線を送る。


 大丈夫なのか?


 という意味だろう。


 僕はニコを信じていた。


 彼女になら、裏切られても悔いは残らないとも考えている。


 老師の目線に、僕は頷く。


「……では、グリムリープ卿が宰相に相応しいと考える方は挙手を」


 そう言って、老師は手を挙げる。


 モルドレイ、ヨハンナ、ミキュロスが手を挙げ、さらにそれに、騎士家の三人とカルゴロスが続いた。


 僕と王とランザウェイ以外の全員が手を挙げたのだ。


 ランザウェイは余裕の表情のまま言った。


「ぐはははは! 見よ! 魔王殿。……あれ?」

 

 そして、その表情をコロッと驚愕に変えたランザウェイにエルシュタット家の当主が言う。


「宰相は魔王様に。……ランザウェイの横暴は目に余る。ここらで変えるとしましょうや。時代ってやつをね?」


 それに、ゾーグ家の当主とクリムウェル家の当主が続く。


「……左様。騎士家閥も若返りを望んでおる。これまでの旧態依然とした支配体制は根本から見直すべきだ」


「それには宰相の役職には魔導師が就くのが良い。……ランザウェイでは騎士家の中枢は変わることはないのでね」


 なるほど。


 エルシュタットはともかく、彼らの狙いはランザウェイの後釜なのだろう。


 一時的に魔導師閥に権力を握らせてでも、いや、むしろ、そうやって魔導師がイニシアチブを取ることで、ランザウェイから力を削ぎ落とし、自分たちが騎士家の大元を司ることができれば彼らは御の字なのだ。


 ……彼らは内乱も厭わない家なのだろう。


 トークディアが言っていた、ランザウェイの後継争いのための内乱。


 正しく、彼らこそがその内乱の主導者となるであろう人物なわけだ。


 そして、その強欲をニコにつけ込まれた。


 そしてニコは内応を確約させたのだろう。


 ニコの知略は底が知れない。


「こ……この……このような事が認められるか! そ……それに、カルゴロス殿下! 何故、貴殿が魔王の肩を持つ?」


 ランザウェイは動揺している。


 彼はカルゴロスと王の二人分の票を見込んでいた。


 そして、眼前でカルゴロスに裏切られた形。


「余か? 偏に、王国の未来のため。魔王の力が必要だと考えたまで」


 カルゴロスは涼しげな表情で言う。


 彼はいち早く僕の傘下に降っていた。


 王は驚愕の表情だ。


 王からしても、まさか自分の二人の息子の両方が僕の傘下に降っていたなどと、夢にも思わなかったろう。


 そんなタイミングを、トークディアが狙いすましたかのように言った。


「決議は成った。リーズヘヴン王国、二代目宰相は魔王シャルル・グリムリープに……」


 王とランザウェイと僕以外の全員が「異議なし」と声を揃える。


 エルシュタット家の当主が言う。


「では宰相閣下。よしなに、王国をお導きくだされ」


 僕は黙って頷く。


 その時、評定の間の扉が開き一人の騎士が入る。


 彼は一礼してから王に何かを耳打ちした。


 王は僕とランザウェイを交互に見る。


「……すまぬ。……危急の用じゃ。……評定はこれまで。……魔王シャルル・グリムリープよ、これからよしなに頼むぞ」


 そう言って席を立とうとする王。


 このタイミングで席を立たれるのは不味い。


 今、僕が議場を支配したこのタイミングでランザウェイを失脚させなければならない。


 カルゴロス、ランザウェイ、王、そして僕。


 この面子が揃っているこのタイミングでしか、ランザウェイを追い落としてカルゴロスを据えることはできないだろう。


 それこそ、領地に帰ったランザウェイを無理矢理に殺せば、騎士たちの間で騒乱が起こる。


 僕は閃いて、ニコから渡された二つ目の袋を開く。


 そこにはニコの可愛らしい文字でこうあった。


『ランザウェイ領にて内乱を引き起こしました。彼の俗物を失脚させる良き口実となるでしょう。──ニコ』


 ニコ様! 貴女って人は! サイコーだぜ!


 なるほど、王に入った報告はそのことか!


 僕は反射的に言う。


「しばし、お待ちを! 私から一つ、重大な情報が! 私の手の者からの報告ですが、ランザウェイ領にて内乱の気配ありと。……王陛下、今入った伝令、よもやランザウェイ領に異変があったわけではありませんな? この評定の本意は王国の未来を議論する場。全ての情報は開示していただきたい!」


「然り! 王よ! シャルルの情報が正しければ南部の内乱は国を揺るがすぞ!」


 モルドレイの援護射撃を受けて、王は諦念したように言う。


「……ぐ。……ランザウェイ領にて内乱が起きた。……民が武装蜂起したらしい。ランザウェイ邸は落とされたと情報が入った」


「な……な……なぜ?」


 ランザウェイは理解を遥かに超えた現実に打ちのめされている。


 ランザウェイは他の騎士家から非難を浴び、ヨハンナから痛烈な嫌味を向けられた。


 王は僕を見ながら口を開いた。


「内乱を引き起こしたのは、黒の十字架サタニズムなる宗教団体だそうだ。……魔王シャルルを崇める者たちらしく、彼らはシャルル・グリムリープによる王国南方領の支配を望んでおるそうだ……」


 ……え?


 ……それ、バレちゃってるの?


 議場全員の視線が僕に注がれる。


 僕は思った。


 ニコちゃん!


 これは不味いって!



 

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