第129話 宰相

 次の日。


 評定に出席するためにグリムリープ邸から護衛としてライカを連れて王城に向かう僕は二つの袋を見つめていた。


 ニコから渡された二つの袋。


 触った感触だと、何やらメモのような小さな紙が入っている。


 会議中に困ったら開くようにと彼女に言われていた。


 ニコはマジで仕事ができる。


 僕はニコを全面的に信頼していた。


 正直なところ、策をあれこれ巡らせたが、僕はそのほとんどをニコに任せている。


 小難しいことの書かれた書類を渡されても、僕は読む前に断念してしまうのだ。


 なんだか眠くなってしまうからな。


 これはきっと……きっと……なんというか……そう、魔王というジョブのせいだ。


 多分、絶対、おそらく、きっと、そうだ。


 なので、仕方がないよな。


 つまり、僕はグリムリープ当主としての仕事はほとんどニコと父ベロンに押しつけていた。


 例えばそれは、グリムリープ閥の魔導師たちの折衝や有事の際の取り決めなんかだが。


 ほら、僕って知恵はそこそこ回るからな。


 そーゆー面倒なことに労力を注がないことにしているのだ。


 これは、サボってるとかそういうことでは断じてない。


 分業。


 そう、いわゆる、分業制なのだ。


 僕は王城につくと、袋を懐にしまった。


 城門をくぐって中に入ると、一人の騎士が跪いた。


「魔王様。お久しゅうございます」


 騎士は顔面を覆う兜を脱ぐと、知った顔がいた。


 ラファ・エルシュタット。


 ミカの兄である彼は、聖騎士見習いとして王城守護の任に就いていたのだ。


「ラファさんじゃないですか! お久しゅうございます!」


「魔王様、私なんぞに敬語はお控え下され。今や貴殿は四家の御当主。それに──」


 彼は鎧の胸元から黒い十字架を出して言った。


「──今や貴方様は我が神」


「……」


 僕は黙った。


 彼は祈った。


 ライカは満足気な様子だ。


 ミリアへのヘイトが、少し上昇した。


 評定の間と呼ばれる、いわゆる会議室に、僕とライカとラファは向かった。僕だけが感じる気まずさを孕んだまま。


 ラファの妹であり、魔王の眷属エンカウンターズの一人でもあるミカは、エルシュタット家の私兵に配属された。


 貴族が自らの私兵に自分の子息を抱え込むことは珍しいことではない。


 ミリアはミカを自分の大隊に招いていたが、それはエルシュタット家によって固辞されたと言っていた。


ミリアは魔王の眷属エンカウンターズの気心の知れた仲間を集めようとしていたらしい。


 ちなみに、キンドレーはまんまとミリアの大隊に配属されており、僕はあの魔道具バカが黒い十字架を首から下げて祈りを捧げる姿を想像して辟易する。


 他の魔王の眷属エンカウンターズでは、セスカはアスラの下で働いている。


 彼女はアスラにかなり気に入られたらしく、アスラたっての推薦により、近衛隊の裏方に配属されていた。


 評定は、王城の謁見の間近くの一室で開かれる。


 部屋の中央に円卓が備え付けられた部屋だ。


 ライカとは部屋の前で別れた。


 護衛とは言え評定に出席させるわけにはいかない。

 

 評定に出席すると、王以外の出席者はすでに揃っていた。


 大きな円卓には王族、魔導師、騎士、その中でもかなりの重鎮たちが座っている。


 魔導師から四家の当主が。


 王族にはミキュロス、カルゴロスが。


 騎士はランザウェイの他に、騎士家の者だろう知らない顔が三人並ぶ。


 騎士家の三人はクリムウェル家、エルシュタット家、ゾーグ家の当主だった。


 人の良さそうなエルシュタットの当主は、ラファとミカの父親だろう。


 エルシュタット家は丸め込めるだろう。


 僕とラファ、そしてミカには面識がある。


 しかし、他の二家はどうなるか未知数だ。


 僕はニコに騎士家の連中をどうにか抱き込めないものかと言ったことがことがあった。


 ニコは「……御意」なんて言っていたが、僕はここに来るまでそんな頼み事すら忘れていた。


 最後に、遅れて王が着席した。


 彼は僕を一瞬だけ見て、表情を固くする。


 警戒しているのだろう。


 そして、評定が始まる。


 最初の議題は対帝国についての方策、そして内乱が激化した獣人国への対応だ。


 どうやら、北西方面で国境の隣接している地域にも、獣人の難民が流入しているらしい。


 そして、あらかた話し合いが終わった頃に、トークディアが口火を切った。


「では、魔導師閥から提案がござる。帝国内部における軍閥の動きが活発化しておる。しかしながら、王国内の軍備は乏しく指揮系統も乱れきっておる。故に、これに対処すべく然るべき人物に軍権を持たせ、大いにその力を発揮してもらう必要があろう。今こそ、軍事において絶大なる力を持つ魔導師を代表し、魔王シャルル・グリムリープを宰相の役職に就けて対帝国に備えるべしと考えるが如何に?」


 トークディア老師の言葉に王はその顔に絶望を浮かべ、ランザウェイは逆にその顔を怒りに変えた。


「宰相だと? 宰相とは王に準ずる地位! そんな大層な役職に、当主に成って間もないグリムリープを就けると? 正気とは思えんぞ! アンガドルフ!」


 ランザウェイは短い腕で机を叩いた。


 ミキュロスは不敵に、カルゴロスは朗らかに笑みを浮かべる。


 そこから、四家当主とランザウェイとの間で喧喧囂囂の議論となった。


 議論というより、これは口喧嘩と言った方が良い。


 僕は終始黙っていたが、大声でまくしたてるモルドレイ、嫌味たらしく相手の論理の穴をつくヨハンナ、それに対してランザウェイも対抗した。


 ランザウェイも海千山千の政治家ということなのだろう。


 僕の宰相就任を、なにが何でも止める構えだ。


 ランザウェイ以外の騎士家は沈黙を貫いている。


 議論は平行線を辿る。


 当初の予定では王が屈すると考えていた。


 彼は臆病な人間だ。


 すでにこの国で力を持った魔王に対抗するとは、とても思えなかったからだ。


 しかし、王は足掻いた。


 彼はランザウェイを最後の頼みの綱としたのだ。


 膠着したこの場をどうにかできないものかと、僕は懐からひとつ目の袋を取り出した。


 袋の中のメモには、丸みを帯びた可愛らしい文字でこうあった。


『クリムウェル家、エルシュタット家、ゾーグ家、内応済みにより多数決による決議を推奨します。──ニコ』


 いやニコちゃん仕事出来すぎィ!


 しかし、何故わざわざ袋の中に?


 これ、先に言ってくれれば済む話なんじゃ……。


 さてはアレか?


 僕が安心しきって顔や態度に出てしまうのを危惧したのか?


 仕事が出来すぎて怖い。


 僕は背中を冷や汗に濡らしながら、議論を止めるべく右手を挙げた。

 

 

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