第127話 真・四家会談

 四家会談という制度がある。


 これは、リーズヘヴン王国、魔導四家で取り決められた制度だ。


 いわば、四家での話し合い。


 例えば、国の重鎮で空いたポストに誰が座るか、次の筆頭魔導師に誰を推すか、はたまた既得権益の折衝なんかにおいても行われる。


 魔導四家がお互い武力による紛争を起こさないために、重要な物事は話し合いによる談合で決めるという習わしだ。


 

 僕たち魔導四家の当主と、僕の後見人として父ベロンがトークディアの自室に招かれた。


 トークディアを上座として、僕とベロンの向かいにモルドレイとヨハンナが座る。


 最初に口を開いたのは、筆頭魔導師のトークディアだ。


「では、第……はて、何回目じゃったかの。何より急なことじゃ、準備も全くしてないからのう」


「何回目かなど、どうでも良い。シャルル。我らは本来なら敵対しておる間柄、我が孫と言えど、この場に座したからにはワシは手を抜かんぞ?」


 ニヤリとモルドレイが笑った。


 何かを楽しみにしている子供のような表情だ。


「もちろんです。本日、ご提案したいのはこの場にいる全員にメリットのあること。否、我ら魔導師、ひいては一部を除いた王国全土の民たちにメリットのあることです」


「ふむ」


 トークディア老師は頷く。


「我ら魔導四家はこれまで互いに相争ってきました。ですが、時代は移り変わるもの。僕とミリアの婚姻は纏まり、これによって僕とミリアの子供はグリムリープ、レディレッド、ワンスブルーの血を継ぐことになります」


 四家当主全員が首肯する。


「僕の一存としては、我が正妻にはトークディア家の令嬢ハティナを希望します。ハティナと僕の子供はトークディア、グリムリープ、レディレッドの血を継ぎます。よって、四家の血統は混ざり合うことになるでしょう」


「ふむ……我が孫ながら、あの娘の相手はシャルルをおいて他におるまい。儂としては願ったり叶ったりじゃのう」


「ミリアと婿殿の娘を当家に貰えるなら、何でも良いわよ」


 トークディア老師とヨハンナが言う。


 僕は言葉を慎重に選びながら言う。


「これが成れば、魔導師は血統を超えて団結できるでしょう。しかし、我ら魔導師が結束するのに三百年かかりました。ですが、王国の騎士たちはランザウェイの旗印の下、この三百年で国内での発言力を高めてきました。そして、我ら四家を纏めた分の発言力を既に持っています。演武祭での活躍を見れば明白ですが、戦においては騎士たちよりも魔導師こそ大きな戦力。それが、我ら魔導師たちが騎士の風下に立つのは如何なものかと愚考します」


 モルドレイが机を叩いて「よくぞ申した! 全くもってその通りだ! 野蛮な俗人たちが我らを差し置くなど、はらわたが煮えくり返るわ!」なんてことを言った。


 そして、それを見てから僕は言葉を続ける。


 やはり、魔導師は騎士に対して対抗心を持っている。


 アスラも演武祭で全敗した騎士たちには遠回しに嫌味を言ってたことがあった。


 魔導師と騎士は、国内の政治においては敵対しあっている。


 僕の推測は正しかったらしい。


「つきましては、四家当主の力を集め、僕を『宰相』に推挙していただきたい。ランザウェイの力を削ぎ、魔導師による国造りの礎になることを約束します」


 僕の言葉に、全員が黙った。


 隣のベロンだけが僕を制止しようとしたが、すでに手遅れであることに気が付いたのか、席に座りなおす。


「……それだけはならん。宰相は王に次ぐ権限を持つ役職。これまでその役職に就いたのは我らがレディレッドの始祖、マーリン・レディレッドのみだ」


 モルドレイにトークディア老師が続く。


「ふむ。……それに、王国法ではレディレッドのみがその役職に就くことが許されておる。とは言え、三百年前に作られた法。形骸化してはおるがのう。故にマーリン亡き後、宰相の役職を賜った者は一人もおらなんだ……」


「形骸化しているとは言え、法は法。婿殿の頼みは聞いてはあげたいのよ? でも、こればっかりはどうにもならないわ」


 僕は怯まず畳み掛ける。


「いえ、王国法の原典にはこうあります。『宰相の座に就くは、忠義あるレディレッドの血族のみ』つまり、大切なのは家名ではなく血筋。僕の母親はアンナ・レディレッド。つまり、先ほど言った通り、僕はレディレッドの正統な血族です」


「あらあら。なら、問題ないわねえ」


 ヨハンナはあっさり折れた。


 彼女からしてみれば、僕とミリアの子供に『宰相の子』という箔がつくわけだ。


 反対する理由がないのだろう。


「むむむ」


 モルドレイか唸る。


「しかし、ランザウェイは黙っておるまいて」


 そんなことを言うトークディアに、僕は一枚目の切り札を切る。


「最近、魔王の尖兵ベリアルという地下組織か王国に現れました。彼らは三年ほどで王国の闇を呑み込み、今では彼らが王国の裏側を牛耳っています」


「うむ。……話には聞いておる。しかし、魔王の尖兵ベリアルとはな。……まさか、シャルルよ」


 モルドレイは瞑目しながら僕に水を向けた。


「はい。魔王の尖兵ベリアルの名から推測が立つように、彼らは僕の支配下にあります。彼らから選りすぐりの暗殺者をすでに、ランザウェイの家中に潜ませております。彼らは血の気の多い連中です。僕が一度、首を縦に振ればすぐさまランザウェイを亡き者にするでしょう」


 この場にいる僕以外の全員が驚愕している。


 余裕の立場を崩さなかったヨハンナさえ、目を向いて驚いているくらいだ。


「ならん。……ならんぞ。シャルル。ランザウェイが倒れれば、後釜を狙う他の騎士家たちが血で血を洗う戦をするじゃろう」


 トークディア老師は言った。


 それに、僕は答える。


「……はて。それが、グリムリープに何か関係があると? 野蛮な騎士たちが相争って、グリムリープが何か損害を被るとも思えませんが?」


 これは脅し。


 老師には悪いが、僕の目的のためには彼にも踊ってもらう。


 僕の命の恩人にして師匠。


 だが、恩義よりも大切なものがある。


 僕は今、内乱を起こさせる引き金に指をかけていることをこの場で明かした。


 まずメリットを提示した後に脅しをかける。


 逆じゃダメだ。


 相手にもメンツがあるから。


 僕はじっくりと他の当主たちを観察する。


「王国が下らぬ内乱で荒れるのは、我らの本意ではない」


 モルドレイが重々しく言った。


「もちろんです。ですが、このまま手をこまねいていれば、いずれ王国は帝国に滅ぼされるでしょう。そこで、提案です。僕が宰相に就いた暁には、ランザウェイの現当主を廃し、然るべき人物にその座に就いていただきます」


「然るべき人物って? 気になるわねえ」


「……王太子殿下。つまり、カルゴロス・リーズヘヴン殿下です」


 モルドレイは言う。


「カルゴロス殿下を? では、王位にはミキュロス殿下を即位させると?」


 僕は頷く。


「カルゴロス殿下もミキュロス殿下も、大変に優秀な人物。しかし王職は多忙を極めるもの。……身体の弱いカルゴロス殿下の御身に触ります。よって、我ら魔導師が総出でミキュロス殿下を推し、カルゴロス殿下にはランザウェイを継いで頂く。そうなれば──」


「カルゴロス殿下が粛正されずに済むと。……なるほど、考えたのう」


 感心したようにトークディア老師は言って、長い白髭を撫でる。


「宰相であれば可能な策です。内乱は起きず、騎士の力を削ぎ、魔導師は発言力を増す。さらに、ワンスブルーとトークディアは次代の当主に宰相の子息を据えることができます」


 皆が黙った中、モルドレイが怒鳴る。


「それは大層な策だが、レディレッドは何を貰える? お前とアスラの子供でも貰えるのか?」


 僕は高身長イケメンのアスラがウエディングドレス姿で僕を見下ろしながら「やれやれ、今日からはこう呼ばせて貰うよ? だ、ん、な、さ、ま?」なんて言われることを想像して吐き気を覚えた。


「……いえ。ですが、レディレッドには御家がもっとも欲している地位。……アスラ・レディレッドに筆頭魔導師の座を。これは、アスラとすでに密約を結んでおります」


 僕の発言にモルドレイはニヤリと笑みを溢す。


「ふん。猿知恵もそこまでいけば立派な謀略よの。……しかし、アスラめ。あの鼻垂れが魔王と密約とはな。……人の成長とは解らぬものよ」


「そろそろ決議といきましょう? 今日はこの後、大切な用事があるのよね」


 良いタイミングでヨハンナがそう言った。


 彼女は真っ先に僕の味方になることを決断していた。


 一番怒らせてはいけない人物は、このヨハンナ・ワンスブルーだろう。


 あわよくば、ミリアとの婚姻は破棄しようと考えていたが、それはどうやら無理らしい。


 そして、決議が採られることになる。


「ヨハンナ・ワンスブルーの名において、この提案を受諾するわ」


 ヨハンナが我先に言った。


「……ふん。モルドレイ・レディレッドの名において、この提案を受諾する」


 トークディア老師を待つ僕に、老師は言った。


「ハティナの子は、トークディアに?」


「……? は。……構いません」


 僕は発言の意図がわからなかったが、そう答える。


「なるほどのう。……では、誰がグリムリープを継ぐ?」


 僕はハッとした。


 てっきり忘れていたのだ。


 確かに、グリムリープを継ぐ子供も必要だ。


 兄弟で、とも思ったが、都合よく子宝に恵まれるかもわからないし、長男の取り合いで争いが起こるかもしれない。


「む。ならば、我が愛孫グエ──」


「イズリーも娶るが良い。……それならば、このアンガドルフ・トークディアの名において、その提案を受諾しよう」


 何か言いかけたモルドレイを制して、老師が言った。


「……は。……是非とも、宜しくお願い申し上げます。……老師」


 僕はそれだけ答えた。


 僕の提案は受け入れられた。


 しばらく僕は、ボーッとしていた。


 彼らの続く言葉に、夢現で返事を返しながら。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る