第126話 継承

 僕の魔力はすっからかんになっていた。


 魔王の鬼謀シャーロックを含めた全てのスキルが停止する。


 魔王の鬼謀シャーロックの起動は調律で生み出した後に何度か練習したが、ここまで酷使したのは初めてだ。


 まるで脳が熱暴走でも起こしたかのようにガンガンと頭痛が走る。



 闘技場は拍手喝采で溢れた。


 ミリア達が絶叫している。


 そちらの方向に僕は向き直り、唇に人差し指を当てる。


 自分の勝利を喜んで貰えるのは嬉しかった。


 歓声なんて浴びたのは初めてだからだ。


 演武祭の選抜戦も、本戦も、僕に向けられたのは恐怖の眼差しとブーイングだけだった。


 でも、僕が今、一身に浴びる歓声。


 それはまるで父の敗北を喜ばれているような気もするのだ。


 僕はそれが少し心疚しかった。


 僕と父の勝負は一進一退の攻防の末に決着した。


 もう一度やって、僕が勝てる根拠はない。


 むしろ、勝算の薄い勝負だろう。


 僕の勝利はまるで薄氷を踏むような、それこそ剃刀の刃を渡るような、そんな薄い勝ち筋を通せたからこその結果なのだ。


 だからこそ、僕はそれを制する意味で「しーっ」なんて意味を込めて指を立てた。


 ……これに関しては僕の誤算だった。


 彼らは完全に勘違いをしたのだ。


 まるで僕が、『沈黙こそうんたらかんたら』だとでも言っているかのように捉えたのだ。


 彼らは一斉に祈りのポーズを僕に捧げた。


 彼らは天に向けて両手を挙げる。


 ……僕は天空にはいないはずなのに。


 

「見事だ。……シャルル。……父は、お前が誇らしい」


 ベロンが言った。


 彼はまるで、見たことがないほどに疲れ切った顔を喜びで崩した。


 その笑顔を見て、僕の眼から涙が流れた。


 ここに、コウモリの血統は受け継がれた。



 数日後。

 

 僕は王前に跪く。


 王城の謁見の間。


 ここに来たのは二度目だ。


 前はミキュロスから仕返しされた時。


 あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。


 ここで審問官たちに囲まれて、避難の嵐に晒された。


 そういえば、あの審問官たちはまだ健在だろうか。


 確か、あの人たちには変わった形で礼をすると言ってそのままだった。


 ニコに頼んで礼をしてもらおう。


 魔王は根に持つタイプだってこと、教えてやらないといけないからな。


 そんなことを考えながら、僕は四家当主として王から信任状を貰った。


 つまり、リーズヘヴン王家が、僕がグリムリープの真の主人あるじであることを認めたのだ。


 僕の国盗りは、また一歩前進した。


 それでも、四家当主となるのはまだその序の口だ。


 僕には狙っている地位がある。


 それには、四家当主の椅子が最低でも必要だった。


 僕が狙っている地位。


 とある役職。


 それが手に入った瞬間、僕の国盗りは成る。


 とは言え、それには他の四家の協力も必要だ。


 トークディア老師はまだしも、モルドレイとヨハンナ・ワンスブルーが協力してくれるかは疑問だ。


 ともかく、その役職のために、僕は暗躍を続けなければならない。


 僕が王から信任状を得て、王城を後にしようとすると、モルドレイとトークディアが現れた。


「くはははは! 童よ! いや、四家当主となったからには、ワシも認めねばなるまいな。魔王シャルルよ! 良き戦いであったわ。流石は我が孫! あの時、斬り殺さなくて良かったわ! のう? 御老よ!」


 モルドレイはそんな風に豪快に笑いながら言った。


「うむ。シャルルよ。よくぞ父を超えたのう。齢は確か、今年で十六になるかの? その歳にして御前決闘で当主の座を射止めた者は王国300年の歴史を紐解いても一人も出てこなんだ。よう、立派になったのう」


 トークディア老師はそう言って、僕の肩をポンポンと叩いてくれた。


 老師の目尻には、涙が溜まっていた。


 遅れて、ヨハンナ・ワンスブルーが歩いて来た。


 相変わらずの美貌だ。


 これでモルドレイやトークディアと同年代のお婆さんなんだから、人間てのはわからないものだ。


 魔法か何かで化けてでもいるのだろうか?


「……へえ。やるもんだねえ。魔王のジョブは伊達じゃないってわけだ。……四家の生まれでも、口だけの連中はたくさん見てきたけど、婿殿は違うみたいだね。雷鼓は、私たちより下の世代じゃあ間違いなく最強だった。その雷鼓をやっつけたんだ、誇りに思いな。……少しくらいなら、奢りも許されるだろうさ」


 女傑のヨハンナらしく、彼女はそんなことを言った。


 そして、モルドレイはまた豪快に笑いながら言う。


「しかし、凄まじい攻防だったな! シャルルの魔法に全て同じ規模、同じ種類の魔法を当てた雷鼓も、やはり唯ならぬ使い手よのう!」

 

 僕は一瞬だけポカンとしたが、なるほど、はたから見るとそうなのだろう。


 実際には僕の先読みによる魔法の連打だったが、魔王の鬼謀シャーロックの権能を知らない人が見れば、僕の攻撃に父が合わせていたように見えたのだろう。


 そんな会話をしていると、父が現れた。


「灰塵殿、それは違います」


 そう言う父を見て、モルドレイは怪訝そうな顔した。


「……違う? ……とは、どういう意味だ?」


 心底、不思議そうなモルドレイに、ベロンが答える。


「実際には、私がシャルルの動きを読んで同じ魔法を打ち込んだわけではありません。シャルルが、私の起動する魔法を読み切って、私より早く魔法を撃ち込んできたんですよ。私と同系統で同じ規模の魔法をそっくりそのまま」


 トークディア、ヨハンナ、モルドレイが揃って驚愕の表情を浮かべた。


「可能……なのか?」


 笑うことを忘れたモルドレイが呟いた。


 それに続いて、トークディアも言う。


「……信じられぬ」


 僕は、今なら僕の考えを通せるような気がした。


 ベロンとの攻防で見えた勝機の気配。


 勝負所の感触。


 アレに似た感覚だ。


 今は魔法戦ではないが、政治という違った戦いという観点から見れば、今こそ正に勝負所なのではないだろうか。


 僕はそう考え、反射的に言葉にしていた。


「丁度、四家全ての当主が揃ったのです。……少しばかり僕にお時間をいただけませんか? グリムリープ当主、魔王シャルル・グリムリープの名において、四家会談の開催を打診します」


 僕の言葉に、ヨハンナが笑った。


「ふふふ。抜け目ないこと。その歳でもう腹芸を? まあいいわ。付き合ってあげましょう。可愛いミリアの婿殿だからね」


 ヨハンナの言葉のまま、僕たちは流れから四家会談を行うことになった。

 

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