勇者の仲間として転生したのに、僕のジョブが魔王なのだが。

第125話 死地にこそ咲く勝機の花

　僕とベロンの戦いは熾烈を極めた。

　僕の魔力は残り半分ほど、ベロンがどれくらい魔力の残量を残しているかはわからないが、ベロンも消耗は大きいはずだ。

　とは言え、こちらは駆け引きを放棄した先打ち。

　それも、魔王の鬼謀（シャーロック）の未来予知の上に成り立つ戦術だ。

　その上、僕はベロンが撃つ魔法に重ねて彼を少しずつ絶影拳（シャドウ）や界雷（レヴィン）で削っている。

　先に魔力が尽きるのは僕だろう。

　その前にベロンを削り切れれば良いのだが、ベロンが徐々に僕の攻撃に順応してきていた。

　時々、イメージが書き換えられるのだ。

　魔王の鬼謀（シャーロック）は僕の脳内に未来のイメージを伝えてくれる。

　一度流れたそのイメージが、まるで上書きされるように変わる。

　ベロンによって、未来が徐々に変えられているのだ。

　おそらく、僕の魔王の鬼謀（シャーロック）の熟練度が高くないからだろう。

　深謀の魔導（エルロック）を簒奪した時はギレンの熟練度をそのまま引っこ抜いたが、調律して新しいスキルになった魔王の鬼謀（シャーロック）には、その熟練度は適用されないらしい。

　そして、イメージが変わる理由はもう一つある。

　ベロンは僕の予知のスキルの本質を見抜いたのだろう。

　僕の視るイメージが書き換わるような動きをしている。

　魔王の鬼謀（シャーロック）は対象者、つまり相手の呼吸や鼓動、魔力の流れや些細な筋肉の機微なんかから次の行動を演算して未来を予知するスキルだ。

　ベロンは魔法を放つ寸前で起動を一瞬遅らせたり、多重起動の魔法のいくつかの起動を停止して僕の読みを外しているのだ。

　ギレンの予知との差はここにある。

　自分の未来を予知するギレンは、この手の小細工で翻弄されることはなかっただろう。

　なぜなら、相手の魔法の起動や停止の緩急とは関係なく、自分に関連する未来に演算能力を研ぎ澄ませていたからだ。

　対して、僕の魔王の鬼謀（シャーロック）は相手にイニシアチブを取られるタイプ。

　スキルのターゲットも単体だ。

　どちらが上というわけではなく、対極なのだ。

　ベロンは強い。

　僕がこれまで戦った中では、パラケストに次ぐ実力者だ。

「シャルルよ！　その歳でここまでやるようになっていたとは、流石は私の息子だ！　だが、全てが自分の掌の上にあると思うのは──」

　ベロンの言葉の途中、彼が界雷噬嗑（ターミガン）、熱 界 雷（ファラレヴィン）、そして震霆の慈悲（パラケストマーシー）の異種魔法多重起動で僕を攻撃してくるイメージが流れる。

　……これは対応しきれない！

「──奢りだ！」

　ベロンの言葉が終わるとほぼ同時に、三種の魔法が僕を襲う。

　僕は宵闇の天翼（スカイハイ）で作った翼で界雷噬嗑（ターミガン）と熱 界 雷（ファラレヴィン）を吸収する。

　少しだけ魔力が回復した。

　宵闇の天翼（スカイハイ）は魔力を吸収できる。

　が、一定の魔力を吸収した後は崩壊して失くなり、次の起動まで時間がかかる。

　つまり、クールタイムを必要とするのだ。

　次の震霆の慈悲（パラケストマーシー）は吸収しきれず崩壊するだろう。

　そうなれば僕の負けは確定する。

　僕はまた迷う。

　止まるか、避けるか。

　きっと、どちらを選んでもベロンに駆け引きで勝てることはないだろう。

　ベロンは未来予知などなくとも、僕の動きを看破しているはず。

　僕の心のどこかから弱い僕自身が語りかけてくる。

『この場に止（とど）まるべきだ』

『後退しろ』

　僕は迷い、地面に足が縫い付けられたみたいだ。

　僕の中で沈黙は銀（サイレンスシルバー）が冥府の魔導（コールオブサタン）の起動準備に入っているのがわかる。

　僕は沈黙は銀（サイレンスシルバー）のその挙動を感じて、なぜか心が軽くなった。

　一人で戦ってるわけじゃない。

　自分には味方がいる。

　それでも、これは、僕の勝負だ。

　もう、僕の心の弱い部分は沈黙していた。

　代わりに、違う言葉が頭に流れる。

　いつかハティナに言われた言葉。

『答えはとてもシンプル』

　止まっても、後退しても負ける。

　……なら。

　──進む！

　たとえ敗北するとしても、前進して負けてやる！

　一敗地に塗れるとしても、それが何だって言うんだ？

　たとえ恥辱に塗れた敗戦を喫するとしても、せめて前向きに倒れてやる！

　僕は魔王！

　決して敵に背を向けて敗北などしない！

　僕は懲罰の纏雷（エレクトロキューション）でスピードを上げてベロンに突撃する。

　僕の後方、元いた位置で、王都の空に雷が打ち上がった。

　ベロンが僕の突進を雷魔法を起動して防ごうとし、さらに彼は後方に跳び退いた。

　僕は決心した。

　勝負所はここだ。

　今、この瞬間、僕が流れを掴んだ。

　僕は宵闇の天翼（スカイハイ）で作った漆黒の翼を拡げる。

　──バサッ

　と、真っ黒な翅はまるで僕を鼓舞するように風を切る音を鳴らす。

　右手のソフィーに冥轟刃（アルルカン）の重力の剣を。

　左手のヒノキオに雷刃（グローザ）の雷剣を。

　さらに、堕落の十字架（サザンクロス）で背後に黒い十字架を作り出す。

　闘技場に、賛美歌が流れた。

　黒の十字架（サタニズム）の信者たちが歌っている。

　僕は初めて。

　生まれて初めて歓声を浴びた。

　僕の心は踊るように高揚するが、冷静さは保っている。

　今こそ、何度も何度もイメージした策を成功させる。

　死線を潜って策を実らせる。

　勝機の花は死地にこそ咲く。

　そして、一直線にベロンに迫る。

　左手の雷剣がガリガリと地面を削る。

　そのまま、震霆の慈悲（パラケストマーシー）を起動する。

　地をえぐる雷刃（グローザ）が地面に直接、震霆の慈悲（パラケストマーシー）を放った。

　ベロンは震霆の慈悲（パラケストマーシー）の起動を読み切れていないだろう。

　本来ならこの魔法はワンドから電気の雫を垂らす。

　今は雷刃（グローザ）の切っ先を地面に付けることで、直接地面を濡らしたからだ。

　僕の布石は完成した。

　この策──

　僕に迫られたベロンの眼に力が入る。

　──通す！

　僕はベロンとの距離をゼロにする。

　ベロンは超至近距離から僕に界雷噬嗑（ターミガン）を放った。

　僕はそれを｜宵闇の天翼（スカイハイ）に加えて魔塞（シタデル）と魔城（フォートレス）の多重起動で防ぐ。

　最初に、あっけなく宵闇の天翼（スカイハイ）で作った漆黒の翼が砕け散る。

　そしてさらに、魔塞（シタデル）も砕け、皮肉にもギレンから奪った魔城（フォートレス）がギリギリでベロンの魔法を防いだ。

　密着する僕とベロンの足元が光る。

　僕の震霆の慈悲（パラケストマーシー）が、四家当主のベロンを術者の僕ごと灰にせんとばかりに地面で輝く。

　僕は自分の左手を冥轟刃（アルルカン）の重力の刃で切る。

　僕の腕に枷がはめられる。

　──堕落の十字架（サザンクロス）！

　僕の左手の枷を引っ張るように、堕落の十字架（サザンクロス）が僕の身体ごと吸引する。

　僕はその力に抗うことなく後方に飛ぶ。

　僕の左腕が十字架に捕らえられた。

　ベロンだけが震霆の慈悲（パラケストマーシー）の爆心地に置き去りにされる。

　魔王の鬼謀（シャーロック）が伝えるイメージにベロンが映る。

　イメージの中で、ベロンは満足そうに笑った。

　王都の空に、今日三度目の雷花が咲く。

　天に昇る雷が消えると、ベロンが直立不動で立っていた。

　ベロンの首輪が彼に敗北を告げるべく、赤く煌めいた。