第124話 魔王vs雷鼓

 魔王の鬼謀シャーロックは僕にイメージを送り続ける。


 それはまるで、頭の中で映画やドラマが流れるような感覚。


 それでも、実際には一瞬にも満たない短い時間だ。


 一瞬先の未来をイメージ映像として僕に送り続ける。


 ベロンの荒くなる呼吸、早くなる鼓動、そこから彼は右足に力を入れて、左にスライドするように動き、熱 界 雷ファラレヴィンを放ち、後方に飛び退く。


 そんなイメージが僕に伝わると同時に、彼は重心を左にずらした。


 ベロンの動きを先読みした僕の熱 界 雷ファラレヴィンが飛び、ベロンの熱 界 雷ファラレヴィンに先んじた。


 ベロンは間一髪で防御スキルでそれを防いで後方に飛び退く。


 正直、魔王の鬼謀シャーロックがあれば一対一の勝負ではほとんど負けることはないだろう。


 しかしながら、魔力の消耗はかなり激しい。


 五分程度の起動時間で僕から四分の一ほど魔力を失わせてしまうのだ。


 並の大魔法なんかよりよっぽど大食いだ。


 つまり、そういう意味でも短期決戦しか望みはない。


 僕は一気に勝負を決めに行きたくなる衝動を抑える。


 ベロンは王国魔導四家の当主だ。


 この国の現時点での最高戦力の一角。


 そんな大魔導師が、数瞬先の未来を読まれたくらいで遅れを取ることがあるだろうか。


 ベロンが震霆の慈悲パラケストマーシーを撃つのが視える。


 僕は焦る。


 震霆の慈悲パラケストマーシーは起動から攻撃までにタイムラグがある。


 その間、およそ三秒程度。


 魔王の鬼謀シャーロックは『相手の未来を視るスキル』だ。


 僕が魔王の鬼謀シャーロックで視ている世界は一秒か二秒先の未来。


 つまり、震霆の慈悲パラケストマーシーに限って言えば、僕はその攻撃がどこに飛ぶかがわからない。


 ……なるほど。


 僕は一人で納得する。


 眼から鱗の思いだ。


 僕は震霆の慈悲パラケストマーシーの起動後のタイムラグは完全に魔法の弱点だと考えていた。


 雷系統の魔法の強みは起動から標的に着弾するまでのスピードにある。


 前世の知識が正しければ、確か雷のスピードは秒速200キロらしい。


 だからこそ、起動してから雷魔法を避けるのは至難の業なのだ。


 しかし、震霆の慈悲パラケストマーシーはその起動後最速の強みを捨てたような魔法だ。


 僕には謎だった。


 祖父パラケストはなぜ、震霆の慈悲パラケストマーシーから速度という雷系統魔法にとって最大のアドバンテージを捨てたのか。


 しかし今、納得した。


 震霆の慈悲パラケストマーシーの正しい使い方。


 ベロンは震霆の慈悲パラケストマーシーを放つのとほぼ同時に界雷噬嗑ターミガンで僕を攻撃してきた。


 震霆の慈悲パラケストマーシーは地面に落ちてから一度、姿を完全に消す。


 通常の魔法感知にも引っかからなくなるのだ。


 そして、そのタイムラグの間に他の魔法で僕の逃げ道を消す。


 僕は迷う。


 この逃げ道を塞ぐように放たれた魔法で僕をこの場に釘付けにして、震霆の慈悲パラケストマーシーで止めを刺すつもりなのか。


もしくは、この逃げ道を塞ごうとする魔法そのものが囮で、実は無理矢理この魔法を掻い潜って逃げた先に震霆の慈悲パラケストマーシーが着弾するのか。


 ベロンは戦いの最中に僕に選択肢を突きつけたわけだ。


 この場にとどまるか、逃げるか。


 これが、魔法戦の真髄。


 パラケストは不死隊サリエラを倒す時も相手の動きを先読みして、まるでその動きを操っているかのように彼らを翻弄した。


 そして、パラケストの意思、その通りに不死隊サリエラは動かされ、全滅した。


 つまり、魔法戦の本質は読み合いと駆け引きにあるわけだ。


 相手に選択肢を突きつけ、選ばせる。


 そして、相手の選ぶ選択肢をさらに先読みしてまた選択肢を突きつける。


 選ばされる方はたまったものじゃない。


 常に後手を踏むことになるから。


 僕は魔法戦の本質を今更ながらに知ることになる。


 そして、ベロンと僕との実戦経験の差が、そこには如実に現れる。


 僕はベロンの界雷噬嗑ターミガン魔塞シタデルで無理矢理に防御して、界雷噬嗑ターミガンが塞いでいた逃げ道を押し開けた。


 その場に止まるよりも逃げる方に賭けたわけだ。


 ベロンの口元が緩むイメージを、僕の魔王の鬼謀シャーロックが映し出す。


 ……不味い!


 僕は転がりながら元いた場所から逃げたが、まさにその場所、僕の足元の地面が光る。


 


 僕の視界が暗転した。





 真っ暗闇の中、魔王の鬼謀シャーロックが標的を見失って未来の映像が途絶える。



 ……まだ。


 まだ負けてない。


 僕は自分に言い聞かせる。


 賭けには負けたが、勝負には負けてない。


 僕を包む暗闇をノックするように闇の外側からバリバリと電流が迸る音が聞こえる。


 僕は咄嗟に宵闇の天翼スカイハイで自分を包み込んでベロンの震霆の慈悲パラケストマーシーを防御していた。


 外から見たら、まるで漆黒のサナギのようだろう。


 そして、暗闇を叩く電流の音が止む。


 それと同時に、闘技場に破れんばかりの歓声がこだましている音が聞こえてきた。


 僕はゆっくりと黒い翼を開く。


 魔王の鬼謀シャーロックが再びベロンを捉えて未来のイメージを僕に送ってくる。


 闇の翼に、闇の王冠。


 アスラではないが、「やれやれ」なんて言いたくなる。


 これじゃ本当に魔王みたいだ。


 ……いや、本当に魔王なのだけれど。


 ベロンは心底、驚いたような顔をする。


 ベロンが界雷噬嗑ターミガンを唱えるより早く、僕の界雷噬嗑ターミガンがベロンを襲う。


 魔法戦が駆け引きの連続。


 しかしその駆け引きではベロンに勝てない。


 それなら。


 僕はその駆け引きの盤面、それ自体をひっくり返してやる。


 僕の界雷噬嗑ターミガンにベロンの界雷噬嗑ターミガンがギリギリで追いついた。


 ベロンは僕の界雷噬嗑ターミガンを防ぐと同時に、熱 界 雷ファラレヴィンの多重起動を発動させるイメージが流れる。


 僕はそれに先んじて熱 界 雷ファラレヴィンの多重起動でベロンが撃ち抜く起動上に同じ数だけ熱 界 雷ファラレヴィンを撃ち込む。


 さらに、おまけに絶影拳シャドウによる見えない衝撃波をつけた。


 ベロンはまた魔法を間に合わせるが、僕の絶影拳シャドウがベロンを捉えた。


 ベロンが後方に吹き飛ばされる。


 ベロンに隙ができるが、僕は深追いしない。


 焦らず。


 慌てずだ。


 ベロンに先んじて同じ規模、同じ数の魔法を撃ち込んでやる。


 短期決戦が望ましかったがそれが難しい以上は、このままジワジワ削り切ってやる。


 ベロンは驚愕を顔に貼り付けている。


 その時、沈黙は銀サイレンスシルバーが僕に告げた。


 ──冥府の魔導コールオブサタンの起動を推奨──



 今度は僕が驚愕した。


 沈黙は銀サイレンスシルバーが自分からこんなことを言い始めたのは初めてだった。


 熟練度の問題だろうか。


 あり得ることなのか?


 スキルが自分から……。


 しかし、僕はその疑問を振り払って沈黙は銀サイレンスシルバーに告げる。


 ……黙ってろ。


 それでも、沈黙は銀サイレンスシルバーは再度告げてきた。


 ──冥府の魔導コールオブサタンの起動を推奨──


 僕は沈黙は銀サイレンスシルバーに言う。


 まるで、自分自身に言い聞かせるかのように。


 ……僕が自分の力で乗り越える。


 ……これはそういう勝負なんだよ。


 ……だからお前は黙ってろ。


 ……僕がやる。


 ……これは僕の勝負だ。


 ……お前は黙って僕に従ってろ。


 沈黙こそ尊ぶべき唯一の美徳なんだろ!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る