第123話 魔王の鬼謀

 僕は一人っ子だ。


 もとより僕が、いずれはグリムリープ家の当主の座を引き継ぐことになっていただろう。


 グリムリープは権力への執着で四家として生き残ってきた家系だそうだ。


 裏切り者と蔑まれながら、自らの立ち回りで必死に国の中枢にしがみついてきた。


 そうしなければ、元が帝国貴族のグリムリープは簡単に蹴落とされていただろう。


 祖父、パラケストは割と権力には無頓着だったようだが、彼は他を寄せ付けない魔導師としての才を持っていた。


 だからこそ父ベロンは、事あるごとに祖父パラケストと比べられたらしい。


 顔も知らない父親と比べられる。


 ベロンか権力に固執する理由かも知れない。


 そして、だからこそ父は心配だったのではないだろうか。


 僕の権力に対して無欲な姿勢が。


 そんな心配は、僕の言葉で杞憂となった。


 父は安堵したのだ。


 僕がグリムリープらしく権力を欲する姿勢に。


 僕は権力が欲しいと言うよりは、権力を手段として南方の解放がしたいのだが、この誤解は結果オーライと言えるだろう。


 やはり、父もどこか狂っている気もするが、それでも僕は父の気持ちを理解した。


父に代替わりを迫ってから数日後、父の提案でグリムリープ家の御前決闘がセッティングされた。


 僕の力を証明する形で代替わりをするべき。


 これには僕も同意した。


 魔王だからではなく、強いから、四家当主なのだと、世間に知らしめるのだ。


 父は言った。


「私は本気でお前と戦う。シャルル、お前は私の亡き後は嫌でもグリムリープを継がなければならない。今、グリムリープが欲しいと言うなら力で奪い取ってみよ。でなければ、当主の座は当分お預けだ」


 僕は無言で頷いた。


 そんな会話をどこかで聞いたのだろう。


 母親のアンナは僕にこんなことを言った。


「あの人が自分から権力を手放すなんて、よほどシャルルが好きなのね。あの人、あんな性格だから、不器用なのよ。それでも、私と二人きりの時はシャルルの話ばっかりなのよ。よっぽど愛されているのね」


 普段、寡黙な母親は嬉しそうにそう言った。


 僕はこの歳になってようやく、親の愛を理解し、それを明確に感じとった。



 御前決闘。


 高位貴族の代替わりや継承者で揉めた時などに王前で決闘を行う。


 大規模な紛争などを防ぐための措置でもあり、より強い者がより強い権限を手中に収めるための慣例だ。


 御前決闘は王都の南側、商業区にある闘技場で行われる。


 帝国のものより一回り小さな闘技場は、王国開催の演武祭の舞台でもある。


 普段は武闘大会なんかが開かれ、賭け事の胴元として少なくない額を王家にもたらしている。



 僕とベロンは闘技場の中心で向かい合って立つ。


 四家の御前決闘は珍しい。


 闘技場は満員状態だ。


 そのほとんどが、魔導師たちだ。


 ミリアなんかは自分の大隊を率いて応援に来ていた。


 ミリアの大隊は全員が首から黒い十字架を下げて祈りのポーズを取っている。


 僕はそちらの方向に魔法をぶち込みたくなる衝動をなんとか抑える。


 闘技場の一番高い場所には王が座している。


 リーズヘヴン国王。


 魔王に狙われた、哀れな王。


 王はこの御前決闘に反対したらしい。


 少なくとも、自分の在位中は僕がグリムリープ家の全権を持つことを嫌ったらしい。


 しかし、ベロンの手回しは抜かりなく、御前決闘は行われることになった。


 王の席から一段低いところに、他の四家の当主たちが座っている。


 灰塵モルドレイ・レディレッド。


 地鳴りアンガドルフ・トークディア。


 酔霧ヨハンナ・ワンスブルー。


 僕は彼らを一瞥して、視線を目の前のベロンに移す。


 そして、何度も何度も頭の中でシミュレートする。


 ベロンとの戦闘のイメージを。


 ベロンに打ち勝つためのイメージを。


 ベロンは四家当主。


 つまり、王国の持つ最高戦力の一人。


 そんな強者に打ち勝つには、長引けば長引くほど不利だろう。


 短期決戦が望ましい。


 それも、鬼手奇策の先にしか勝利はない。


 

 ベロンと僕は、帝国の演武祭で使ったような首輪と指輪の魔道具を身に付けている。


 演武祭の学内選抜大会でこの魔道具を使わなかったのは、数が足りないからだ。


 まかり間違って王国の戦力が失われることがないように、今回はこの魔道具が使われる。


 僕は安堵する。


 父を傷つけないように手心を加えて勝つなんてことは不可能だからだ。


「シャルル。私との約束、覚えているな?」


「……はい。父上、僕は必ず勝って全てを手に入れます」


「よろしい。コウモリとして生まれたからには空にはばたけ。天に昇って全てを見降ろせ」


「はい。……必ずや」

 


 そして、魔王と雷鼓の決闘は始まる。


 審判役の魔導師が手を上に上げた。


「──始め!」


 その瞬間、ベロンのワンドから界雷レヴィンが飛ぶ。


 無詠唱でもないのにあり得ないほどの高速詠唱だ。


 僕は魔塞シタデルを絞って僕に向かう界雷レヴィンの軌道上にのみ展開させる。


 僕の眼前で電気が弾ける。


 闘技場に歓声が巻き起こる。


 僕は集中する。


 新たなスキルを展開させて。


 周りの音が少しずつ小さくなり、徐々にミュートされていく。


 僕の五感の全てが、ベロンの一挙手一投足に注がれる。


 彼の呼吸、鼓動、血液の流れ、筋肉の機微、魔力の流れ、全て手に取るように解る。


 ベロンが次に何をするか、完全に掴める。


 僕の額の辺りに、赤黒く輝く冠が現れる。


 まるで、それは魔王の王冠。


 闇から生まれ、光を呑み込む、亡者の月桂冠。


 黒い十字架が五つ連なったようなその王冠は、ベロンの情報を僕に静かに送り込み続ける。


 魂の磨耗は心配だったが、スキルの調律だけならそこまでリスクがないことを知っていた。


 三年前のギレンとの死闘の末の戦利品。


 未来予知の能力。


 深謀の魔導エルロック


 僕を大いに苦しめ追い詰めたスキル。


 それを僕が独自に調律し、僕専用に改良した。


 深謀の魔導エルロックの本来の権能は、『自分に関わる未来の予知』僕はそれをアレンジした。


 深謀の魔導エルロックの持つ権能を、『相手に関わる未来の予知』と書き換えたのだ。


 本来、対多数相手に絶大なアドバンテージを発揮する深謀の魔導エルロックを、単体性能に特化させた。


 自分の未来は視えないが、相手の未来は視える。


 つまり、言い換えれば、相手が何をするかが予知できる。


 本質は逆だが、一対一の戦いならこちらの権能の方が有利だろう。


 新スキル。


 その名も、魔王の鬼謀シャーロック


 僕の額に浮かぶ王冠が、輝きを増した。


 

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