第122話 父親

 カルゴロスとの謁見から二ヶ月ほど経った頃。


 魔導学園の卒業式は滞りなく終わった。


 僕は宮廷魔導師として王国に召抱えられることになった。


 配属先はまだ決まっていない。


 あの王が僕を近衛隊に配属させることはないと思うので、あるとすればミリアと同じ魔導師隊だろうか。


 一方で、ランザウェイ崩しの計画は順調に進行中だ。


 なんでも、ニコの手回しで暗黙のチョウザが既にランザウェイの屋敷に料理人として雇われているらしい。


 さらに、ランザウェイの新しいお抱え鍛冶屋として静黙のハーバルゲインが屋敷と外を堂々と出入りし、変態医師である黙従のゲナハがランザウェイ付きの医者としてランザウェイ家の者から家人に至るまで、その健康を管理している。


 さらに、家具職人の黙想のルインバーグがランザウェイに家具の営業を行なってアーゴンの興味をひいているそうだ。


 ムウちゃん以外の他の八黙も既に王国南部ランザウェイ領に移り住み、屋敷の近辺に潜伏している。


 チョウザが屋敷内の情報を得て、それをハーバルゲインとゲナハが外に伝えることでランザウェイ家の内部の情報はほとんど明るみになっていた。


 ニコからは「いつでも潰せます」なんて報告が上がってきていたが、僕はそれに待ったをかけている。


 まだタイミングが良くない。


 今、ランザウェイを殺しても、僕が次のランザウェイ家当主を誰にするか、コントロールできる地位にいないからだ。


 カルゴロス側の準備が整っていない。


 僕はそこで、当初よりも計画を早めることにする。


 王に退位してもらうのだ。


 それに必要な物で尚且つ、現時点で足りないものがある。


 グリムリープ当主の座だ。


 魔導四家当主の座さえ手に入れば、いつでも計画は実行できる。


 グリムリープ家当主の座。


 それ以外に必要なピースは全て揃えた。


 そして、計画は進行することになる。


 グリムリープの当主が老師やモルドレイのような高齢なら、いつ代替わりしてもおかしくないが、父でありグリムリープ家現当主のベロンは健在だ。


 父から当主の座を奪うには二つしか方法がない。


 一つは暗殺。


 とは言え、親殺しなんて外道に手を染める気はない。


 僕をここまで育ててくれた最大の恩人だ。


 そんなことは死んでもできない。


 ならば、残された方法は一つ、御前決闘だ。


 王の目の前で現当主を打ち負かす。


 ただそれだけ。


 より強い魔導師が一族を率いるべし。


 そういった習わしの元、代替わりは当主が死亡した場合か、御前決闘によって行われる。


 今では僕の魔力は、ほとんど戻っていた。


 それでも七割型といったところだが、三年前と比べれば僕の最大魔力量は以前の倍以上になっている。


 この魔力の増量は、僕の肉体的な成長だけではない。


 どうやら、魂の磨耗からの回復は最大魔力量を引き上げるという副産物を持っているらしい。


 魔法を使えない期間が長ければ長いほど、その者の魔力は大きく飛躍する。


 まるで研磨された刃がより鋭く切れ味を増すかのようだ。


 しかし、刃も砥げば小さくなる。


 根拠はないが、僕の魂は磨耗してすり減って小さくなっていくような気がする。


 以前から比べて何か変化があったわけではない。


 それでも、僕はやはり魂の磨耗が及ぼす結果に、少しだけ畏れを抱いているのだ。



 おそらく、王国魔導の歴史の中でも僕ほど長期間魔法を使えなかった例は他にないのではないだろうか。


 この事実に気付いているのは僕だけかもしれない。


 魂の磨耗による魔力の増大は、どんな魔導書にも書いていなかった。


 一線級の魔導師ほど、魂の磨耗には細心の注意を払う。


 魔導師が魔力を失うことは、鳥が翼を失うに等しい。


 自ら進んでそんな研究をする馬鹿げた魔導師もいないのだろう。


 僕は御前決闘の準備を着々と進め、学園を卒業して宮廷魔導師として初めて隊に配属される前にベロンに勝負を挑むことにした。


 ベロンは家の書斎で何やら仕事に取り掛かっているらしい。


 家の執事がそう言っていた。


 扉をノックすると低い声でベロンが答えた。


「……誰だ」


「シャルルです。父上」


 すると、しばらくしてから「入れ」と声が聞こえた。


 僕が書斎に入ると、ベロンは疲れたような顔で何か書類を眺めていた。


「……どうした、シャルル。お前からここに来るとは珍しい」


「はい。父上、お願いがあるのですが──」


「なんだ。珍しいこともあるものだな。お前が私に頼み事とは、明日は雪でも降るんじゃないか?」


 手元の書類を見ながらそんな言葉を口にする父に、僕は言う。


 彼は怒るだろうか。


 それとも僕を恨むだろうか。


「実は、頼みと言うのは……僕をグリムリープ当主にしていただきたいのです」


 そこで、初めてベロンは顔を上げた。


 彼は訝しげな顔で僕を見た。


 心底、自分の理解を超えた現象を目の当たりにしたような顔だ。


 そして、何かが腑に落ちたような顔をして、それから笑った。


「ははははは! そうか。決心したか!」


 心底楽しそうに笑うベロンを見て、今度は僕がその状況を訝しむ。


「……父上?」


「いや、すまぬ。私は父親を知らぬ。生まれてすぐに父上は戦死したからな。……いや、実際は生きていたらしいが。つまるところ、父親がどんな存在なのかを知らないのだ」


 ベロンは目の前の書類を片付けてそのまま言葉を続ける。


「それもあってか、父親というものがどういうものなのかが分からぬ。分からぬと言えば、実の息子であるお前にも分からないことが多々あった。グリムリープはこの国で多くの差別を受ける存在。それは学園でも同じだろうに、お前の周りには不思議と良い仲間が集まる。まあ、その、なんだ。私は学園では逸れ者として過ごして来たからな。正直お前が羨ましいのだ」


 僕は父から元ボッチであることを告げられ、少しだけショックを受ける。


「シャルルよ。前にレディレッド卿から言われたことがあったよ。お前はきっと私に挑戦し、グリムリープ当主の座を私から奪うと。その時は、私はその言葉を一笑に付したんだ。有り得ないとな。お前は権威や名声に興味がないと思っていたからな。……覚えていないかも知れないが、お前がまだ幼い頃、託宣の儀を受けた時のことだ。私がお前に筆頭魔導師になるように言ったことがあった。その時、お前はとても嫌そうな顔で私の髭を睨み付けていたんだよ。私はお前が心配になったが、結果は魔導師の王としての器を持って生まれた。私はお前が誇らしい」


 父は目尻に涙を溜めながら言った。


「私と、いや、父と約束してくれ。高みを目指すならば、一番高いところを目指すと。魔導の王を目指すと」


 僕は答えた。


「……はい。父上」


 ベロンは僕の答えに何度も頷いた。


 そして、ベロンは言う。


「御前決闘の準備を始めよう。お前が魔王なら、その魔法でこの座を奪い取ってみせよ」


 そんな父を見て、今度は僕が黙って頷いた。

 

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