第121話 八黙
リーズヘヴン王国には身分制度がある。
貴族や王族の第一身分を頂点に、商人や教会関係者を中心にした第二身分、労働者階級の第三身分。
この身分を跨いでのし上がるなんてことは、この国ではほとんど望めない。
第二身分から第一身分に上がるのは稀だし、第三身分から第二身分に上がるなんてのはほとんど不可能なのだ。
しかし、
中には貴族崩れの者もいるらしいが、それこそ氷山の一角のさらに先の氷の結晶くらいのものだろう。
それでも、
僕はランザウェイ家を討つためにランザウェイ侯爵家の情報を調べさせていた。
ランザウェイ家現当主であり、王后の実父であるアーゴン・ランザウェイのことが知りたかったのだ。
彼がどんな人間なのか、それが気になった。
王族や貴族にも、カルゴロスのように良心の権化のような人間もいる。
僕はランザウェイ家の当主と跡取りを廃して、そのポジションにカルゴロスを据えるのが目的だ。
つまり、騎士系の軍閥を統治するランザウェイの当主を傀儡にして、手っ取り早く騎士系の軍閥を手中に収めるわけだ。
当然、ランザウェイの正統な血統は潰える。
だからこそ、僕は自分が潰す相手を知るべきだ。
アーゴン・ランザウェイが立派な人物だったとしたら、僕はそんな人格者を潰した罪悪感を抱えて生き続けるべきなのだ。
それが、唯一の贖罪。
それだけが、僕にできるたった一つの
ランザウェイの調査を頼んだ相手はもちろんニコだ。
彼女はすぐさま仕事に取り掛かり、一体全体どうやったのやら、たったの数日でランザウェイ家について調べ尽くしていた。
まるでアーゴンの髪の毛の数まで分かるかのような調べようだ。
彼はやはり貴族的な人物だった。
王国の南方に広大な領地を持つランザウェイは、血糊の侯爵という呼び名が付くほど腐り切った貴族だった。
領地は重税に喘ぎ、反乱の兆しがあれば武力による粛正でその反乱を未然に防いでいた。
さらに、彼らは多くの奴隷を抱えていた。
王国法では、本来奴隷は違法だ。
それでも、軍部に強大な影響力を持つランザウェイに文句を言える者はいなかったのだ。
それがたとえ、王家の人間だったとしてもだ。
ランザウェイは当然のごとく南部では大きな顔をしている。
まるで、自らが王だとでも言うかのように。
アーゴン・ランザウェイはモルドレイ、あるいはトークディア老師やパラケストなんかとも何度も戦線を共にし、ついた異名は
大盾を持った守備特化型の軍勢を指揮して前線を維持する戦い方は、魔導師との連携もバッチリだったらしい。
僕は詳細すぎる情報を見るにつけて、心の底から安堵した。
過去の戦争での働きはまだしも、普段の行いはゲスの極みだったからだ。
彼には妾、と言うか、いわゆる性奴隷が何十人といるらしい。
領地の若く美しい女性は根こそぎランザウェイに奪われて慰み者のようにされる。
そして、アーゴンに飽きられた女は放逐されるのだ。
人を人とも思わぬ所業に、僕の
魔力が回復しきっていれば、確実に起動していただろう。
南部では見た目の良い女の子が生まれると、その将来を悲観した親に殺されるなんてことがしょっちゅうあるらしい。
僕は思う。
これなら、罪悪感をそこまで感じなくて済む。
……痛みが、少なくて済む。
しかし、誰がこんな詳細な情報を揃えたのかと聞いた僕に、ニコは目を閉じたままの笑顔で「ミキュロス殿下に」とだけ答えた。
だったら自分でアイツに頼むわ!
と思ったけれど、そんなことを言い放つほど僕は豪胆じゃない。
来年度から風紀委員長に内定しているメリーシアも、いつだったかミキュロスを良いように使っていたが、ニコもやっぱりミキュロスを使いパシリにしたらしい。
……アイツはウチの女性陣に頭が上がらないのだろうか。
そして、ランザウェイを潰す計画は動き始める。
ニコは七人の人材を僕に紹介してきた。
僕からの考えを聞いたニコが
『八黙』と名付けられた、八人の強者からなるその精鋭集団は、当然のように全員が第三身分だ。
暗黙のチョウザ、寡黙のネフェラント、静黙のハーバルゲイン、黙示のコッポラ、黙想のルインバーグ、黙従のゲナハ、黙祷のマーライン。
そして、その筆頭は沈黙のムウ。
ムウちゃんまで入ってて僕は心底驚いた。
しかも一人一人、異名が付けられている。
人のことは言えないが、かなりの中二病だと思ったものだ。
その構成員というのが、かなりのゲテモノ揃いだった。
暗黙のチョウザ。
彼は料理人らしい。
僕はそれを聞いた時、「何だ、
チョウザの得意料理は肉料理だ。
しかし、ただの肉じゃない。
人肉だ。
彼は元々、王都で料理屋を営んでいた。
そして、自分好みの人間を秘密裏に殺して料理に使っていた。
ニコが、「どうやら悪人ほど美味なそうで、法では裁けない悪人を狩っていました。戦闘力は抜群ですし、
僕は黙って『神』に祈る。
どうか彼の料理が食卓に並ぶことがないように。
寡黙のネフェラントは肉屋だそうだ。
……肉屋。
嫌な予感がするが、これは僕のよくないところだ。
人を偏見で判断するなんてのはな。
それこそ、第三身分の人たちを偏見で見下す貴族の連中と変わらない。
そんな考えで話を聞いたが、僕の偏見は偏見なんかじゃなく、ただの事実だった。
内容はグロすぎるので伏せるが、まあ、何というか、要は彼も人肉関係者だ。
……いやいや、人肉関係者って何だよ。
静黙のハーバルゲイン、彼はドワーフ国から逃れて来た移民の鍛冶屋だ。
国で犯罪を犯して王国に逃れたらしい。
人間で試し斬りするので、良い武器を造るらしい。
せめて試し斬りは家畜とかにはして貰えないものだろうか。
黙示のコッポラは女性だ。
女性はムウちゃんとこの人だけなので、次こそ僕は期待した……のは、コッポラが女性と聞いた後の若干二秒の間だけだ。
コッポラについて説明するニコの一言めが、「彼女は元処刑人で──」だったのでその後は聞き流した。
黙想のルインバーグは家具屋だ。
僕が最初に思ったのは「まさかな……」だ。
ルインバーグの家具が店頭に並ぶことは絶対にない。なぜなら彼は人体の一部、要は人間の骨やら皮やらで家具を作るからだ。
ニコが「良い家具が御所望でしたら、無料で作らせます」なんて言ったが丁重にお断りした。
黙従のゲナハは僕が最も期待を持った人物だ。
彼は医師だ。
僕はマッドサイエンティスト的なアレだったらどうしようと思ったので、ニコにソイツも人を殺すのかと聞いた。
彼女は殺さないと答えたのだ。
むしろ、彼は博愛主義者であると。
僕は歓喜した。
人殺しじゃない人がいる。
それだけの、たったそれだけの事実に僕は胸が躍る思いだった。
いや、意味がわからない。
普通、どんな過酷な人生を歩んでいたとしても、人殺しがいないことで喜ぶことがあるだろうか。
しかし当然の流れだが、僕のその歓喜も空振りに終わる。
ゲナハは極度のマゾ体質だと言うのだ。
僕はミリアを連想したが、彼はそれ以上にぶっ飛んでいた。
彼は外科手術を自らに施すのだ。
何を言ってるのかわからないよな?
大丈夫だ。
言ってる僕が一番わかってないからな。
この世界にも外科手術はある。
例えば腫瘍なんかを取り除くスキルはまだ発見されていないし、病気を治すスキルもないからだ。
怪我ならスキルで治せるが、医学的に万能かと言えばそんなことはない。
そして、彼は珍しい血統系のスキルで、
病気の人間が視えるのだ。
彼は意味不明なことに自分自身を実験台として自らに手術を施し、その痛みに歓喜しては夜な夜な街を徘徊し、
もちろん、麻酔なんてない。
なんでも、病気を治すついでに手術の痛みによる喜びを分かち合いたかったらしい。
本当に意味がわからん。
はた迷惑な博愛主義者もいたものだ。
彼はある晩、
そして、結果的に
そんな経緯から、
自分で言っといてなんだが、どんな経緯でそうなるんだろう。
変態というのはわからないものだな。
極度のマゾだから、ムウちゃんに虐められてメロメロになっちゃったのかな?
そして、最後に黙祷のマーラインだが、彼の出自は珍しく元司祭だそうだ。
彼は元々信心深い人物だった。
元々、傭兵をやっていたそうだが、彼は女神信仰に目覚めると持ち前の治癒スキルをもって教会に入った。
そして、あらゆる面で優秀だったマーラインはトントン拍子で出世して司祭となって地方の教会を任された。
そこで悲劇が起こる。
教会が火事で全焼したのだ。
教会にいた者の中で、マーラインだけが助かった。
彼の妻と三人の子供は皆、焼け死んだ。
彼は神を呪った。
そして、いわゆる破戒僧となって各地の教会を襲ったのだ。
王国はマーラインからの被害を深刻に受け止めて、彼を捕らえるために魔導師部隊を送り込んだ。
そして、派遣された魔導師部隊の隊長だった魔導師が彼を討伐した。
彼を討伐したその魔導師とは、凍怒のミリアだ。
ミリアはその当時、まだ駆け出しの宮廷魔導師だった。
その時のマーラインとの戦いぶりで彼女は出世コースを歩み始めるのだが、その話は今はやめておこう。
とにかく、マーラインはミリアに負けて彼女に捕縛された。
そして、なぜか処刑されるはずだったマーラインはミリア自身に助けられたそうだ。
ミリアの眼には、彼女が言うところの邪神である女神に背信するマーラインの姿にシンパシーを感じたのだろう。
ミリアは彼を秘密裏に王国の牢獄から救い出し、掃き溜めの王と呼ばれるテツタンバリンに……いや、つまり、ニコの率いる
そうして、今ではマーラインは忠実な
戦闘では回復から前線まで受け持ち、ミリアのカルト教団では司祭の真似事をして、説法なんかを
まったくもって迷惑な話である。
僕は再びミリアに思った。
──あんのバカ!!!!
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