第120話 魔王の加護
「……身分制度を?」
僕の言葉に、カルゴロスが驚愕し、そして何かを考えるように顎に手を当てている。
「……魔王殿。それは些か、過激な発言であると愚行いたしますが……」
ピエールは言う。
僕は答える。
「うちのメイドにライカ、ニコ、そしてムウと言うメイドがいます。ライカとニコは元奴隷の獣人です。姉のライカは戦鬼という、戦士系では未発見のジョブを持っています。妹のニコはSランク傭兵団の事務方ですし、ムウというメイドもダークエルフの元奴隷で賢者というジョブを持っています。彼女たちは今でも第三身分です」
そこで、ハッとしたようにカルゴロスは言う。
「……特別なジョブを持つ者を二人も。流石は魔王さ……いや、失礼、魔王シャルル・グリムリープというわけだね。……つまり、たとえ第三身分の者でも才覚ある者は重用すべしと言うことかな?」
「はい。王国は国土も小さく、人材にも限りがあります。故に、下らぬ身分制度で才能の飛躍を妨げるのは敵を利することにはなれど、国の利にはなりません」
ピエールが納得したように頷く。
それを見てから、カルゴロスは言った。
「しかし、それはつまり貴族制を廃するというようなものではないか? 確かに、それが実現すれば有能な人材は集まるかも知れないが、貴族からの反発はかなりのモノになると思うが……」
「はい。貴族制を廃するまでには時間がかかるでしょう。しかし、能力のある者が上の身分にのし上がるチャンスを与えること、そしてそれを許す社会を作ることは、すぐにでもできるはずです」
「第二身分の者からすれば、自分たちの特権が消えるわけだね。彼らからは不満が出るだろうが……」
「ええ。ですから、僕がやるんですよ。むしろ、この制度を廃するのは僕にしかできないかと。なぜなら、魔王に向かって真正面から敵対するくらいなら、自ら迎合されようとする者の方が多いからです。カルゴロス殿下、貴殿がそうだったように……」
僕の言葉を聞いて、カルゴロスは何かに納得したようだった。
カルゴロスは言った。
「血が……流れるだろうね」
「僕達の子供の世代が血を流さなくて済むためにこそ今、血を流さなければなりません」
「私の母方の一族である、ランザウェイが大いに反対するだろうが……」
「王太子殿下、ミキュロスに王位を譲るのであれば、僕は協力します。殿下の御命は、この僕が御守りいたします。ただし、そのためにはランザウェイを廃すことにご協力いただきます」
ピエールが僕の言葉に反応した。
「ランザウェイは王国の武門においては名門中の名門。付け入る弱みがあるとも思えませぬが……」
「……ふむ。魔王殿には、何か心当たりがあるのかな?」
王太子が僕に言う。
「ええ……。あれだけ大きな家柄です。はたけば埃は立つかと。それに、そういった事に得意な連中にも伝手がありますので」
「……ほう。噂の
「……」
僕は答えない。
まだこの王太子を完全に信用したわけでもらないからだ。
「掃き溜めの王が率いる彼らはまるで、
その大人物の頭目ってのは、さっき言った美少女獣人メイドのニコです。
そうは思ったが言えなかった。
言えるわけがない。
しかし、そうなのだ。
それでも彼らは国の裏側を牛耳るほどの組織になった。
これはつまり、その者の生まれついての身分や出自、あるいは階級なんかは、その者の能力とはなんら関係がない不当な物であることの証明に他ならない。
第三身分の者たちはほとんどが労働者階級。
犯罪を犯して第三身分に落とされる者もいるが、ほとんどは親が第三身分だからという理由でその身分に甘んじているのだ。
それに、第三身分の者たちはある種の被差別的な立ち位置にいる。
例えば、土地を持てなかったり、商売をするにも第二身分の者の管理下でしか店を持つことが出来なかったりする。
第三身分の者たち皆が優秀なわけでは当然ない。
しかし、労働者階級の彼らが汗水垂らして働くからこそ、王国での上級民たちが楽して暮らせる事実がある。
その癖、第一身分はもとより第二身分の者は意識的に、あるいは、無意識に彼らを見下している。
僕はそんな彼らの姿勢が心底気に喰わないのだ。
まるで、『アイツらは知恵を持たないから、知恵ある我々が養ってやっている』と言った態度なのだ。
僕自身、第一身分だからこそ食うに困らず学園に通えたり今夜の夕食にありつけたりするわけだ。
だから、彼らに感謝こそすれど、見下すなんてのはもってのほかだ。
彼らから搾取し、僕たちはふんぞり返る。
これでは、いつかギレンが言ったように王国の第三身分の者たちからしてみれば、帝国に支配された方が幾分マシではないだろうか。
僕は、そんな王国の状況に苛立っていた。
そんな思いを王太子に伝える。
彼は僕の話を黙って聞き、そして僕の話が一区切りしたところで口を開いた。
「君の言葉はもっともだ。……この国で最も彼らの労役の恩恵を賜っている自身を呪うよ。私にもっと力があれば、母方のランザウェイを黙らせられたのだが……」
王太子が本気で自分を恥じているのが伝わってきた。
身分という見えない差別の壁で彼らを下層に押し込め、自らはのうのうと彼らの血と汗の上に立ち、彼からまるで骨までしゃぶるかの如く税を絞り取り贅の限りを尽くす自分たちの姿勢を。
そんな王太子に、僕は答えた。
「殿下、先程のお話ですが……、お受けいたします。殿下の御身はこの魔王の名に賭けて御守りします。次代の王にはミキュロスを。……はっきり申し上げますが、これは既定路線です。そして、ランザウェイの現当主には退いて頂き、カルゴロス殿下にランザウェイを継いでいただきます。ランザウェイは侯爵家でありますれば、誠に失礼ながら、国王への道を断たれた王太子殿下には相応しき家名かと存じます」
僕の言葉に、カルゴロスは心底驚いて席を立ち、僕の手を取った。
「私を助けてくれるのか! それに、後に跡目争いを引き起こし兼ねない私に、軍部の全てを預けてもらえると?」
「……は。殿下。不忠の臣をお許しください」
僕は深々と頭を下げた。
許されなくても仕方ない。
僕の存在そのものが、彼から王権を取り上げたのだから。
それでも、彼には生きて王国の知恵と良心になって欲しい。
本当に心底都合の良い話だが、僕はそう思っていた。
「……しかし、ランザウェイはどうする? 私がランザウェイを継ぐなど、彼らはそれこそ黙っていないだろう」
そんな心配をする王太子に、僕は目を伏せたまま言う。
「御安心めされよ。臣は魔王です──」
僕の手を握る王太子の手が震えている。
僕は続けてこんなことを口にした。
「──沈黙こそ尊ぶべき唯一の美徳。臣に万事お任せください。……騒がしき下郎を黙らせるのは、得意中の得意でございます」
王太子は涙して、僕の手を握りながら跪いた。
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