第119話 革命の幕開け

「……」


「……」


 僕とカルゴロスの間に、またも長い沈黙が流れる。


 すると、カルゴロスが何かに気づいたように口を開く。


「もうすぐピエールが帰って来ます。神の御前にありながら誠に失礼かとは思いますが……」


 カルゴロスがクソカルト教団に入信していることはピエールには内緒なのだろう。


 僕はその事情を汲んだわけではなく、ただただ目前で王太子に跪かれるのが嫌だったので、彼の言葉に黙って頷いた。


 カルゴロスが自分の席に座った瞬間、ピエールが扉を開けて入って来た。


「ピエール、魔王殿は大変な御仁だぞ。彼が王国に生を受けたのは、神の思し召しだな?」


 先ほどとは打って変わって、ピエールにそんなことを言うカルゴロス。


 その思し召した神ってのが、何を指すのか僕にはわからなかったが、とにかく僕の胃がキリキリと痛むのは確かだ。


「左様でございますか。して、本題の方は……?」


 ピエールがカルゴロスと僕を順番に見て言う。


 本題とは?


 僕の怪訝そうな顔にカルゴロスは言った。


「そうであった。すっかり忘れていたな。その前に、非礼を詫びよう。ピエールが剣の勝負を持ちかけたのは、私の一存なのでね……」


 やはりこの男が執事に命じたようだ。


「いえ……僕を試すためですか?」


 僕は単刀直入に言う。


「……! そう、正にその通りだ。」


 カルゴロスは驚いたような表情で言った。


「魔王殿は、某から一本とりましたぞ。あの剣技に魔法。正しく、万夫不当の豪傑にございますな」


 そんなことを言うピエールに僕は言う。


「いえ、手を抜いて頂けたので」


「いや、ピエールが他人の剣技を褒めることは稀だ。君は剣術においても、かなりの強者のようだね。そこで……本題と言うのは、私を助けて欲しいのだ」


 やはり王太子は僕を味方に付けようという算段なのだろう。


 僕は当然といった風に答える。


「当然であります。僕は忠実なる王家の臣ですから」


「いや、そうではない。これは……そう、所謂、助命の嘆願なのだ」


 カルゴロスの言葉に僕は驚愕する。


 そんな僕にはお構いなしに、カルゴロスは言葉を続けた。



「君はミキュロスと親しいだろう。で、あればミキュロスを王に据えた方が君には都合が良い。そして、私にはその流れを止めることは出来ないだろう。今、国の中枢は私とミキュロスのどちらを王位に就けるかで二分されている。魔王殿があちらに付いたら、私に勝ち目はない。それに、私は生来より病弱だからな、私としてもミキュロスを次代の王にした方が王国のためになると思っている。しかし、そうなると私はいずれ粛正されるだろう。病弱とはいえ、死にたいわけではない。そこで、こんな願いをしているわけだ。……未来の王国の支配者たる君に」


 カルゴロスの言葉はつまり、僕の謀略を読み切っているということ。


 この王太子は実質、すでに王位を継ぐことを諦めているのだ。


 そして、権力闘争の敗北者が行き着く先である粛正。


 それを回避する方向に奔走しているわけだ。


 ……恐れ入った。


 というのが、僕が最初に抱いた感想だ。


 きっと、例のカルト教団に入ったのも僕の情報集めだろう。


 そして、僕に対して自らその傘下に降ると申し出たのだ。


 つまり、王太子は僕の動きに先んじて自分から降伏することにより、僕がミキュロスを選ぶ利を消したわけだ。


 どちらにしろ王国を支配する権力が僕の手中に収まるのであれば、僕があえてミキュロスを王に据えるメリットがなくなる。


 いや、そればかりか、むしろ過去に一度双子のことで揉めているミキュロスより、この王太子に付いた方が扱いやすいだろうと、そう思わせることすら可能だろう。


 賢いとは聞いていた。


 だがコレは、とんでもない逸材だぞ。


 僕は王太子に向き直って言う。


「仰る意味を、測りかねます」


 ここで正直に「そうなんですよ。ミキュロス王様にしてあんたには死んでもらおうと思いまして」なんて言えるわけがない。


 「ふむ。……なるほど。君は聞きしに勝る鬼謀の持ち主だな。私がミキュロスによる王位の簒奪に先んじて自ら白旗を上げることで、君がミキュロスを推すメリットを消したと考えたわけだろう?」


 僕の考えを完璧に看破してからも、王太子の言葉は続く。


「……私はミキュロスに成り代わって王位を狙おうという訳じゃない。先ほど話した言葉は事実だ。私は生まれつき身体が弱い。ミキュロスが継ぐべきだというのは、本心からだ。だが、私の母方の家がそれを阻止するだろう。彼らは……そう、権力欲の権化とでも言おうか。自分たちがどれだけ王国内部で高いポジションに居座れるか、それだけしか考えていない。……不本意ながら、リーズヘヴンは北方諸国において最弱の小国だ。帝国のような金も無ければ、エルフのような森の恵み、ドワーフのような技術力、獣人のような力強さもね。だからこそ、内輪で揉めているような場合ではない。……そんな暇は無いんだ。このままでは、他国との差は開く一方。私はより強い者こそ、王国を継ぐべきだと考えている」


 この言葉が本心ならば、この男こそ王になるべき人物だっただろう。


 そして、僕はこんなことも考え始めていた。


 この男を下らない権力闘争で失うのは惜しい。


 ミキュロスの子供とカルゴロスの子供で権力闘争が起きるのを防ぐためにも、本来生かしておいては後顧の憂いとなる。


 が、しかしだ。


 王国のような弱小国家が、ここまでの知謀を持った人間を、むざむざ失うのは大きな痛手なのではないだろうか。


 そして、僕は勝負に出る。


 僕の本心を打ち明けるのだ。


 ずっと考えてきた、ある政策。


 王国の基盤を根底から揺るがし、また、王国の戦力を大幅に上げる政策。


 その根幹。


 僕は王太子に向かって告げる。


「僕は、王国から……」


 僕の心は二の足を踏む。


 この言葉をこの男に告げることで、これまでの全てが水泡に帰す可能性に恐怖している。


 王太子はジッと僕を見詰める。


 決意をした目だ。


 僕は確信した。


 この男、断固たる決意でこの場に臨んでいる。


 ならば、僕もそれに応えよう。


 そして、僕は言葉を続ける。


「僕は王国から、身分制を廃そうと考えています」


 直立不動で立つピエールの肩が揺れた。


 王太子は目を見開いている。


 僕はここに、王国最大の権力者に向けて革命を宣言した。

 

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