第117話 絞り

 僕はアスラとミキュロスに、第一王子との謁見を取り付けさせた。


 世間的なポーズとしては、演武祭優勝の立役者と後の国王の謁見だ。


 本質としては、そんな生温いもんじゃないが。


 ひとまず、この目で見ておきたかった。


 僕が追い落とす人物を。


 王太子が、王の正統な後継者という立場を失うとすれば、その結果は火を見るより明らか。


 どんな馬鹿にも予測が立つ。


 継承争いに負けた者は失脚し、新たな権力者により粛正される未来が待ち受けているだろうと。


 謁見の要請はすんなりと受諾された。


 カルゴロス自身、僕に興味を持っているらしいからだ。



 そして数日後、僕は懐かしき王城の練兵場にいた。


 昔、ここでよく的当てをした。


 双子と僕の三人で肩を並べ、たまに老師に見守られながら。


 僕は今まで何度となく魔法を当て続けた練習用の的目掛けて、界雷レヴィンを放つ。


 この三年、僕は少しだけ戻った魔力で徹底的に『廻し』の修行を行ってきた。


 今でも目に焼き付いて離れないのだ。


 パラケストの放った、まるで界雷噬嗑ターミガンのような界雷レヴィンが。


 僕の最大限の廻しに乗って、指先から電流が迸る。


 雷と呼ぶには細過ぎる、まるでレーザー光線のような電流だ。


 練習用の的は、キンッと言う甲高い音を上げた。


 僕の界雷レヴィンは的を貫通して城壁に小さな穴を開けた。


 僕は思い出す。


 イズリーと初めて会った時に、この的を先に壊せた方が勝ちだという遊び、僕はひっそりとここにはいないイズリーに勝ち誇る。


 この三年間、僕はただただニコの悪行に怯えていただけじゃない。


 四則法のさらなる高みを目指し考え抜いた結果、廻し、放し、通し、念し、そのどれにも当てはまらない魔法の法則を編み出した。


 パラケスト風に言うなら『絞り』。


 魔力の出力、つまり、放しの強さはそのままに魔力の通りを絞るのだ。


 ホースから出る水は緩やかだ、しかし、ホースの口を指で摘めば水は勢いよく飛び出す。


 僕がやったのはそういうことだ。


 魔法の規模は小さくなるが、凝縮された勢いは一点突破の威力に変わる。


 魔力の上限が減ったからこそ思いついた、四則法の五則目だ。


 この絞りの良さはその燃費の良さにある。


 少ない魔力で大きな威力。


 今の今まで、世界の魔導界はひたすら大きな波を起こすことに注力してきた。


 そんな彼らじゃ気付きようもないだろう。


 僕はその考えを真っ向から否定し、小さな弾を勢いよく飛ばすことをイメージしたのだ。


 最初は上手くいかなかった。


 やってることが真逆だからだ。


 と言うのも、大きな魔力を出そうとしてるのに、魔力を体外に放出する寸前でその出力を絞るのだ。


 まるで横車を押すようなもの。


 これが完成した時は嬉しかった。


 自慢しようとドヤ顔でハティナに見せたら一瞬で真似されたが、僕は悔しくない。


 ちっとも悔しくない。


 全然悔しくないぞ。


 これっぽっちもな。


 ただ。


 才能って残酷なんだなと、そんな風に思っただけだ。


 僕はそれまでの努力を思い出して血の涙を流したが、ちっとも悔しくない。


 ……これっぽっちもな。



「いやはや、お見事です」


 知らない初老の男性が声を掛けてきた。


 黒髪に白髪まじりの短髪と彫りの深い顔立ちは、男がただ者でないことをアピールしているかのようだ。


 僕の怪訝そうな顔を見ながら、その男は木刀を僕に差し出してきた。


「魔王殿は剣術も嗜まれるとか。それがしも剣には覚えがあります。一手ご教示願えませぬかな?」


 僕は木刀を受け取って男に向き直る。


 この男の正体を掴んだからだ。


 そして、僕は沈黙したまま男に斬りかかる。


 男は僕の上段からの振り下ろしを真っ向から受け止め、返す刀に水平に木刀を振り抜く。


 僕はそれを身体を引いて躱し、男の喉元に突きを入れるために木刀を自分の方向に引いて半身になる。


 男は受けるのを諦めて横に移動するために左足に力を入れた。


 僕は突くために引いた勢いのまま、回転して男の動こうとした方向から袈裟斬りを入れる。


 パチリ。


 そんな情けない音が響く。


 男の手に僕の木刀が当たり、男は木刀を落とした。


 この魔法の使えなかった三年間。


 暇だった僕はライカに剣術を習っていた。


 魔法が戻った時に、雷刃グローザ冥轟刃アルルカンを上手く使えるようになるためだ。


 はっきり言って、『神』から剣術の才能は貰えなかったらしい。


 それでも、そこらの傭兵には負けないと、ライカとニコからお墨付きを貰うまでには成長していた。


 ライカの教えは激しくスパルタだった。


 僕が彼女に剣術の教えを乞うたことを深く後悔したのは内緒だ。



「いやはや、これほどとは、剣の師は何処の達人で?」


 負けたことを微塵も悔しそうにはせず、男は言う。


「家人のメイドが剣を嗜むものでな。それに、そこまで手を抜かれては勝てない方がおかしかろう?」


 僕は貴族的な言葉を使う。


 この男は最初から僕に花を持たせるつもりだった。


 きっと、本気でやり合ったら1秒と持たないだろう。


「これはこれは、失礼を。私は王太子殿下の護衛兼執事長のピエールでございます。王太子殿下がお待ちです。こちらに──」


 そう言って、ピエールは僕を王太子の待つ謁見室に案内した。


 その道中、この男は一切の隙を見せなかった。


 相当な手練れらしい。


 王太子の護衛ともなれば、それはもう王国でもトップクラスの実力を持つだろう。


 僕は思う。


 この男は試したのだ。


 僕に王太子の隣に立つ資格があるのかどうか。


 王太子が国王になった時、その側に侍り王を守るに足る人物かどうかを。


 これが王太子の思惑ならば、相手はかなり賢い人物だ。


 もしそうじゃないのなら、その時は……。


 僕は、僕を試したこの男の存在で、王太子自身を測ることに決めた。


 

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