第116話 権謀術数

 アスラ・レディレッドは有能だ。


 演武祭から帰った後、魔導学園を主席で卒業した彼は宮廷魔導師としてとんとん拍子に出世した。


 元々、レディレッド家は王国で最も権威ある一族だ。


 宗家はもちろん、多くの分家の者も王国で重要な役職についている。


 王国のみならず、この世界のあらゆる国々は魔導師を優遇する。


 戦場において最も多くの功績を立て、最も多くの敵を殺すのが魔導師だからだ。


 そういう背景も追い風となり、アスラはエリート中のエリートとして王に取り立てられた。


 近衛隊への配属だ。


 王の護衛を一手に引き受ける近衛隊は、聖騎士に属する選りすぐりの騎士と強大な力を持つ数名の魔導師で構成される。


 常に王の側で護衛の役割を果たすのだ。


 アスラが近衛隊に入ったのは、僕にとっては僥倖だった。


 アスラは近衛隊に配属されてから二年間、僕に王の情報を流し続けるスパイになっていた。


 アスラと僕には密約がある。


 僕が王国を簒奪した時、四家筆頭魔導師の座をアスラに渡す。


 その代わり、アスラは僕の手足となって動く。


 そんな密約だ。


 リーズヘヴンの国王は、賢王とはとても言えない。


 基本的に政治的な判断は周りの文官が。

 軍事的な判断は上役の魔導師や聖騎士の進言を取り入れている。


 元々が強い国で安定しているならそれでも良いのかもしれない。


 周りの人の言葉をよく聞き、無理な政策は絶対に取らないからだ。


 この王の代で国が揺らぐことはないだろう。


 しかし、リーズヘヴンは弱小国だ。


 リスクを取って力を増さなければならない時に、痛みを伴う一歩を踏み出せない。


 現状維持、あるいは保留。


 それが、今のこの国の方針だ。


 しかし、突き詰めれば現状維持なんてのは逃げの一手に過ぎない。


 王自身は、今は雌伏の時なんてことを言ってるらしいが『今』この瞬間に動けない人間は、死ぬまでそのままだ。


 人間だけじゃない、国だってそうだ。


 明日から変えると言う人間の、明日が変わった例はない。


 自らの血と汗と苦痛に浴しながら、今を変えた人間だけが、明日を変えられる。


 そういう意味では、ミキュロスは優秀な王族なのかもしれない。


 彼は学園という自分の居場所でトップに立とうとした。


 王族だとか王子だとか、そんな権威ではなく、自分の力で不良たちをまとめ上げたからだ。


 人間的にはクソだったが、王族としては正しいのかもしれない。


 

「……な? ミキュロス」


「……は。……あの、何がですかな?」


 僕の心は伝わってないらしい。


 僕の相変わらず殺風景な部屋でミキュロスはいかにも不思議そうな顔をする。


「やれやれ、久しぶりに会っても、やはり君は相変わらずだね」


 アスラはいつもの呆れ顔だ。


 伸ばした赤毛を後ろで緩く結んでいる。


 アスラとミキュロスは今年で十八。


 二人とも高身長なので僕は少しジェラシーだ。


 特にアスラ。


 コイツは高身長、高学歴、高収入、その上顔面もかなりの高レベルだ。


 イケメンを辞書で調べたら、挿絵付きでコイツの情報が載ってるんじゃないだろうか。


 

 とにかく、ミキュロスとアスラが僕の部屋にいるのは今後の行動方針を決めるためだ。


 国王を追い落とすのか、ミキュロスの兄である、カルゴロス第一王子が即位するタイミングで王位を掠め取るのか。


「兄は、とても聡く優しい人物ですかな。しかしながら、父の覚えはめでたくありません。気に入られているのはむしろ、余の方でしょう」


 ミキュロスの言に僕が答える。


「モルドレイとトークディアもそんなことを言ってたな……」


 僕がハティナを攫ったミキュロスをボコボコにした後、国王に呼ばれて審問会議に出たことがあった。


 その時、モルドレイとトークディア老師がそう言っていた気がする。


「王太子殿下はとても聡いお方だ。しかし、天はいつでも残酷なものだな……。彼のお方は生まれつき病弱なんだ。……王がコロコロ変わっては王政が揺らぎかねない。そういう意味でも、王陛下はミキュロス殿下に王位を継いで欲しいようだ。ただ、問題は王后様の血筋だな」


 アスラは悩ましげな表情で言った。


「……血筋?」


 僕の疑問に、ミキュロスが答える。


「兄上は父上の正妻の子ですかな。余は父上の側妃の子ですかな。つまり、兄上とは腹違いなのですかな」


「なるほど。……で、つまり王の正妻が高貴な血筋なわけか?」


「そういうことだ。王后様はランザウェイ家の出だ。ランザウェイ侯爵と言えば、この国の武官の一切を取り仕切る、軍部のトップだ」


 アスラが言う。


「騎士家系で一番偉いんですか?」


「そういうことだね。魔導師のトップは筆頭魔導師だ。これは四家持ち回りだが、騎士たちの筆頭はずっとランザウェイ家が継承している」


 血筋にこだわるのは魔導師も同じだが、より強い魔導師がトップになるのとは違って、騎士は家系が大切になるらしい。


 とは言え、ミキュロスを王にしたいのはリーズヘヴン国王も僕も同じなのだ。


 リーズヘヴンの支配を盤石にしたい国王。


 リーズヘヴンを自らの手に収めたい魔王。


 ミキュロスを王にするという思惑自体は一致している。


 ただし、皮肉にもその中身は正反対だ。


 僕は考える。


 僕の行いで、職や立場を失う人がいる現実。


 いくら国のため、世界のためと言えど、その人たちからすれば、僕は単なる反乱分子だ。


 その反面、南方の解放は本来彼らがやるべき仕事だった。

 

 異世界からの転生者ではなく、この世界本来の住人がだ。


 だからこそ思う。


 僕はこの謀略を成し遂げた時、その時は代償を払わなければならないだろう。


 権謀術数に身を任せ、他者の幸せを侵略した自分自身を呪い、与えられただけの力で他者の立場を揺るがした自分自身を裁がなければならない。


 それだけが、僕にできる贖罪。


 しかし、だからこそ決意する。


 僕は南方の解放までは手段を選ばない。


 僕は無関係の人間の幸せを踏みにじり、その屍の上に立つ。


 僕はこの世界に魔王として君臨し、魔王として滅びることを。

 

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