第115話 双子

 学園での授業のほとんどを消化し、寮を引き払って実家に帰って来ていた僕が自室でのんびりお茶を飲んでいると、ノックもなしで勢いよく扉が開かれた。


「シャルルー! 遊びにきたよー!」


 イズリーだ。


 三年という歳月は世界を変える。


 例えば王国から奴隷が消えたり、謎のカルト教団が出来上がったり、悪人が謎の指導者のもと一致団結したり、まあ、他にも色々だ。


 そして、世界と同時に少女も変わる。


 サナギは羽化し、大空に飛び立つ。


 あの、まだあどけなかった僕の天使。


 彼女たち双子は、まるで天女の如き美しさを放つようになっていた。


 肩までだった金髪は腰まで伸び、それを赤いリボンでポニーテールにしたイズリーが、いつものように僕に抱きつく。


 あれから僕とイズリーとの間に、いつのまにか一つの壁が出来ていた。


 壁というよりは、クッションだろうか。


 僕はそれを努めて意識の外に追いやる。


 まあ、無理だが。


 僕はイズリーの持つ、ひときわ大きくなってきた胸の膨らみから断固たる決意で意識を外して、扉の方を見る。


「……シャルル。……遊びに来た」


 ハティナだ。


 突き抜けるような蒼空。


 そんな色合いを連想させるハティナの目を見て僕は答える。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 ハティナも同じく長い銀髪を腰の辺りで揃えている。


 長く透き通るような銀髪に、青のカチューシャが映える。


 ハティナの瞳と同じ色合いのカチューシャ。


 イズリーとは違って成長の控えめな胸が……いや、そんなことはどうでも良かった。


 とにかく、双子はあの時から身長も伸びていた。


 それでも、150センチくらいだろうか。


 かく言う僕も、それより15センチほど身長が高くなっていた。


 双子に追い抜かれたらショックなので、僕は毎日のように自らの成長ホルモンに祈りを捧げていたくらいだ。

 

 僕たちは今年、十五歳になった。


 そして、もうすぐ学園を卒業することになる。


 ハティナは学園を主席で卒業する。


 というより、歴代トップの成績で卒業する。


 ハティナの記録が抜かれることは、これから先もないだろう。


 彼女は在学中、座学と実技において全てのテストで満点を叩き出した。


 五年間、ケアレスミスすらなしで全てのテストで満点を取り続ける。


 彼女は一切の失敗をしなかったのだ。


 果たして、本来失敗を成長の糧とする人間という生物がそんな偉業を成すことが可能なのかは謎だが、ハティナはそれを成し遂げた。



 一方、イズリーの成績はギリギリだった。


 座学では何度となく落第しかけ、Sクラスの中でも下の方の成績だ。


 しかし、その戦闘能力はまるで化け物のような進化をみせた。


 狂化酔月ルナティックシンドローム


 イズリーが持つ中で最強のスキルだ。


 双子はこの三年でいくつか新たにスキルを発現させていたが、狂化酔月ルナティックシンドロームを超えるようなスキルは一つとして無い。


 そして双子は、今ではあの狂化酔月ルナティックシンドロームを完全に使いこなしている。


 イズリーとハティナで。


 演武祭から一年ほど経った頃だろうか。


 イズリーはとうとう我慢がきかなくなり、狂化酔月ルナティックシンドロームを使いたいと駄々をこねた。


 そこで、狂化酔月ルナティックシンドロームの熟練度を上げることにしたのだ。


 ハティナとミリアが編み出した、その練習方法は僕の想像の遥か上をいくものだった。


 ハティナが演武祭で発現させたスキル。


 鏡星の調インバウンドを使ったのだ。


 鏡星の調インバウンドは触れた相手の魔力を操作してしまうという、魔導師殺しと呼ぶに相応しいスキルだ。


 イズリーが狂化酔月ルナティックシンドロームを発動させると同時にハティナが鏡星の調インバウンド狂化酔月ルナティックシンドロームへの魔力供給を操作する。


 狂化酔月ルナティックシンドロームにはスキルそのものによる意志のようなものがあるらしい。


 冥府の魔導コールオブサタンを使った時にスキルが勝手に喋ったりした。


 スキルには擬似人格のようなものがあるのかも知れない。


 あるいは、術者の心がそうさせるのか。


 イズリーの狂化酔月ルナティックシンドローム状態を僕たちは凶暴化と呼んでいるが、要はハティナの鏡星の調インバウンドで凶暴化したイズリーを操作するわけだ。


 こうして凶暴化イズリーはハティナに調教された。


 ハティナが操作している間、暴走状態のイズリーは大人しくしている。


 むしろ普段より素直にハティナの言うことを聞くのだから笑ってしまう。


 ハティナがドヤ顔で暴走状態のイズリーにお手をさせているのを見た時は、あまりにも尊い光景に僕はまるで本物の天使が降臨したのかと思ったほどだ。


 こうやって、イズリーは狂化酔月ルナティックシンドロームの熟練度を上げていった。


 彼女は今では自らの意志で起動の停止をすることまでできる。


 戦闘スタイルは相変わらず野獣のようだが、僕とハティナ、そして仲間たちを無差別に攻撃するようなことは無くなっていた。


 ただ、魔物相手の激しい戦闘で興奮しすぎるとやはり暴走して手がつけられなくなり、その度にハティナが鎮めていた。


 鏡星の調インバウンド狂化酔月ルナティックシンドロームはどちらも未発見のスキルだ。


 彼女たちが、まるで互いを補い合うようなスキルを発現させたのは、やはり双子だからだろうか。


 鏡星の調インバウンド狂化酔月ルナティックシンドローム


 星と月の相性が良いのは、夜空だけの話じゃないらしい。


 

 イズリーとハティナは僕の部屋でお茶を飲みながらひとしきり三人で雑談した後、帰宅した。


 双子が首に黒い十字架を下げていたのが見えた気がしたが、たぶん気のせいだろう。


 ハティナとミリアは、互いに憎まれ口を叩きながらも仲良しになっていた。


 演武祭での共闘でお互いに信頼のようなものができたのだろうか。


 今では二人で街に出かけたりするくらいだ。


 昔の人付き合いの苦手なハティナと比べれば、これは人類が月に行くくらいの進歩だろう。


 僕はハティナの成長を心から喜んでいる。


 イズリーは相変わらずニコにべったりだ。


 ニコが魔王の尖兵ベリアルを指揮していることを知って、自分にもやらせろなんて言ってくるくらいだ。


 僕は断固としてそれを拒否しているが、ニコはすぐにイズリーを甘やかす。


 気付いたらイズリーが王国の悪人共の総元締めになっていないことを祈るばかりなのだ。

 

 

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