第113話 魔王の尖兵

 僕の部屋はかなり地味だ。


 テーブルが一つに椅子が四脚。


 後はベッドとチェストだけ。


 貴族の子弟としてはかなり質素だといえる。


 この世界の貴族と、いわゆる前の世界の成金やら小金持ちなんかは本質が同じだ。


 彼らは基本的に高価な家具や美術品の収集に余念がない。


 はっきり言って、僕は高級な家具にも貴重な美術品にも興味がないのだ。


 かと言って、アスラのようなセンスもない。


 使えればそれでいいのだ。


 そんな貴族らしさのカケラもない地味な空間で、太った男が椅子に座って縮こまっている。


「旦那、それで、その、話ってのは……?」


 僕は実家にテツタンバリンを呼び出していた。


 テツタンバリン。


 僕とミリアがライカとニコを買う金を稼ぐ時に知り合った元帝国人の傭兵で、不死隊サリエラから逃げている時に帝国領ミラティラ近郊で僕たちを襲い、イズリーにぶちのめされた男だ。


 彼は樹海目前で不死隊サリエラに追いつかれた時に我先に逃げ出し、僕がパラケストに救われた後はしれっと馬車に同乗して王国に逃れた。


 それを咎めようと言うわけじゃない。


 彼を呼んだのには理由がある。


 席につくテツタンバリンの前に、ニコがお茶を出した。


 テツタンバリンは恐怖の表情。


 彼はニコの恐ろしさを目の当たりにしている。


 当然のリアクションと言える。


「話ってのは、王国での傭兵稼業のことだ」


 僕は自分のお茶をスプーンでかき混ぜながら言う。


「傭兵稼業って……旦那、あんたこっちでも傭兵やる気か?」


「いや、やるのは僕じゃない。お前だ」


「……? いや、俺は言われなくても、それでしか食ってけないからなあ。え……待てよ、また面倒ごとに巻き込むつもりか?」


 テツタンバリンの言葉に反応したのは、僕ではなく扉の前に立つライカだった。


「おい、下郎。主様に向かって待てだと? わかっていないようだから教えてやる。……御身が一番心配しなければならないのは、御身自身の命だ」


「……ひい!」


 怯えるテツタンバリンに僕は言う。


「すまないな。僕の配下は血の気が多くてね。で、話ってのは聞きたいことがあってな。傭兵団てのは、どうやって作ればいい? 登録はギルドか?」


「……あ、ああ。団員の傭兵集めてギルドで登録すれば、傭兵団はすぐできるぜ……」


「テツタンバリン、お前、ランクは?」


 ギルド所属の傭兵にはランク制度がある。


 最高ランクは確かSランク。


「お、俺はCランクだが……」


「お前が傭兵団を作ったら、その傭兵団のランクはCだな?」


「ま、まあ、そうなるだろうな。でも、俺は王国に来たばかりだぞ? 仲間なんて一人もいないし……」


「ニコとムウちゃんを付ける。それでお前は傭兵団を立ち上げてSランクを目指せ。そして、優秀な仲間を集めろ。そうだな、百人くらいは必要だ。弱いやつはいらないぞ。裏切るようなやつもな」


「ひ、百人って、え、俺が団長ってこと? ……何が狙いなんだ? 俺にそんな連中どうにかできるわけ──」


「どうにかするのはニコがやる。僕の手足となって動く軍隊が必要だ。王国の兵士とは別枠でな」


「いや、だがよう……」


 テツタンバリンはニコを見る。


 この国には多くの法律がある。


 中でも、貴族法は厳格だ。


 破ればお家取り潰しもあり得るほどに。


「貴族法で、領地貴族でない貴族が私兵を持つことは禁じられている。だが、僕には必要だ。幸い、貴族に仕えるメイドの傭兵稼業を禁じる法はないし、そのメイドが傭兵団を率いるのを禁じる法もない。が、それをやったら私兵を持ってるって言われてもおかしくないからな。ニコの代わりにお前を団長にするわけだ」


「いや、俺には……わけわからんことだらけで、何て答えたら良いか……」


「僕の目的を知る必要はない。僕が魔導学園を卒業するまで三年。その間に王国一の傭兵団を作れば良いだけだ」


「めちゃくちゃ言ってるぜ。……あんた」 


「当然だ。僕は魔王だからな」


 テツタンバリンは悩んでいる。


 そんなテツタンバリンの様子を感じ取ったのか、ニコが口を開いた。


「テツタンバリンさん。あなたは強いフリだけしていてくれれば構いません。面倒なことはこのニコとムウちゃんが片付けますので」


 その言葉が決定打になった。


 テツタンバリンは首を何度も縦に振った。


 これは僕が卒業した時、事を上手く運ぶための布石。


 先立つものがなければ行動を起こせない。


 この傭兵団には必要な資金を稼いでもらう。


 そして、有事の際には僕の軍事力になる。


 僕は、ニコに任せるなら安心だろうと考えていた。


 彼女は気立ても良く頭も良い上に、破格の戦闘能力を持っている。


 テツタンバリンはグリムリープの屋敷から帰る時、僕を縋るような目で見た。


 それに、何を感じたのかニコが言う。


「テツタンバリンさん。わたくし、人を探すのは得意なんです。そして、永久に黙らせるのも。くれぐれも、主さまを失望させないで下さいませ」


 テツタンバリンの顔が絶望に変わった。


 僕もライカも、もちろんムウちゃんも、何も言葉を持たなかった。



 それから数日後、テツタンバリンを団長とした傭兵団が作られた。


 構成人数三人、Cランクのその小さな傭兵団は一瞬で頭角を現す。


 王都の商業区にあるスラム街を拠点にしたその傭兵団は王都に巣食うギャングやマフィアを次々に駆逐し呑み込み、すぐに数倍の規模に膨れ上がる。


 王都の闇を牛耳る存在まで至るのにそう時間はかからなかった。


 そして、ある噂が流れる。


 その傭兵団の団長の男は帝国からの亡命者であると。


 そして、その強さは魔王に匹敵すると。


 団長の男は、魔王シャルル・グリムリープに命を救われた過去があると。


 そんな噂から、傭兵団はこう呼ばれるようになった。


 魔王の尖兵ベリアル


 団長であるテツタンバリンは、王国領で最強の傭兵の座を欲しいままにすることになる。


 しばらくして彼は、巷で『掃き溜めの王』なんて呼ばれることになった。


 掃き溜めの王が率いる魔王の尖兵ベリアルは、金になるならありとあらゆる仕事を請け負った。

 

 それが例え、流血を伴う汚れ仕事だとしても。


 要人の護衛、賞金稼ぎ、魔物の討伐から暗殺、ゆすり、たかり。


 白から黒まで、稼げるなら何にでも手を出す。


 しかし、魔王の尖兵ベリアルには一つだけ、たった一つだけの禁忌がある。


 奴隷商売だ。


 魔王の尖兵ベリアルが現れて以降、王都から奴隷商人が姿を消すのに、半年とかからなかった。


 それからも魔王の尖兵ベリアルは支配領域を拡大していき、およそ三年足らずで王国にある主要な都市に巣食うほとんどの地下組織を傘下に収めた。


 僕はその事実を知った時、いつかのミキュロスのように白目を向いて卒倒した。

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