第112話 婚姻

 演武祭の後は、しばらく忙しい日々を過ごす羽目になった。


 本当は、魔王の眷属エンカウンターズのみんなに真っ先に会いたかったが、それは叶わなかった。


 僕たち王国選抜は、いわゆる英雄として様々な国の行事に呼ばれたのだ。


 この世界にも国報と呼ばれる新聞のようなものがある。


 と言っても、紙はそこそこ高価なので大きな広場なんかに立て掛けられる看板に様々な記事が書かれ、庶民はそこから国中の様々な情報を得るわけだ。


 いわゆる、立て札のようなものだ。


 基本的には国が発行しているので、ジャーナリズムの精神みたいなものは微塵もなく、要はプロパガンダだ。

 

 そこに連日のように書かれるのが、魔王が王国に降臨し、国のために演武祭で帝国の「勇者」を散々に打ち負かしたといった内容や、その戦いぶりなんかだった。


 そうやって大々的に報じられることで、僕のこの国での立ち位置は大きく変わることになった。


 呪われしジョブを持つ鼻つまみものから、一気に国の英雄になったわけだ。


 王国は魔王の危険性よりも戦時での有用性に賭けたのだろう。


 これは推測だが、トークディア老師とモルドレイにより震霆パラケスト・グリムリープが生存し、しかもその震霆自ら僕を鍛えたという情報が王国の首脳陣にもたらされたのが大きいのではないだろうか。


 そして、僕とミリアの婚姻が水面下で内定してしまったこともある。


 ミリアによってあの手紙が然るべき人物に届けられてしまったのだ。


 然るべき人物とはつまり、僕の父ベロンと、ワンスブルー家当主ヨハンナ・ワンスブルーだ。


 ベロンは野心的な人物だ。


 地位や名声にとことん、こだわる。


 グリムリープに生まれていなければわからないだろうが、ウチはどこに行っても陰口を叩かれる。


 ベロンがそんな風になるのは当然とも言えた。


 自分の代で少しでも回復させたいのだ。


 グリムリープの地位や名声を。


 そんなベロンだ。


 僕とミリアの婚姻に反対する理由は微塵もなかった。


 そうして、僕はベロンと共に、ワンスブルー家当主ヨハンナと会うことになってしまう。


 結果から言えば、ヨハンナは女傑と呼ぶにふさわしい人物だった。


 モルドレイやトークディアと同世代とは思えない美しさを持つ女性だった。


「へえ。アンタがベロンとアンナの子供かい? ふうん。なかなか良い男じゃないか。ミリアが気に入るのもわかる」


 僕を見てそんなことを言ってからは、とんとん拍子で婚姻は内定した。


 僕は当然の如く、抵抗した。


 僕はハティナと結婚したいのだと。


 しかし、そんな僕の言葉にヨハンナはこんなことを言った。


「……ピュアだね。ま、童貞の考えそうなこったな。だったら、ミリアは二人目にすれば良い。女があちこちに子供を作るのは問題あるが、男なら何も問題ないだろ。ワンスブルーとしては、アンタとミリアの子供がワンスブルーを継げば問題ないわけだ。あ、そうそう、子供は女を作りな。男はいらないよ。うちは女系当主で代々やってるからね。男は純白の舞姫ダンシングクイーンを継げないからね。ミリア、わかったかい?」


 僕は呆然としながら、ミリアが「もちろんですわ!」なんて答えるのを見ている他なかった。


 家に帰ってから僕はベロンに再度抗議したが、それが実を結ぶことはなかった。


 ワンスブルー家からしてみれば、僕がトークディア家と婚姻を結び、ワンスブルーだけが四家融和から取り残されることが問題なのだ。


 僕にはグリムリープとレディレッドの血が流れている。


 ハティナと僕の子供には、さらにそれにトークディアの血が加わるわけだ。


 そんな王国魔導の申し子のような人物にワンスブルー家が対抗するとすれば、同じくらいのサラブレッドが必要なのだろう。


 だからこそ、僕とミリアの子供が必要なのだ。


 僕はひとまず諦めた。


 僕が進める王国簒奪に、ワンスブルーの協力は必要不可欠だ。


 ワンスブルーとえにしを結ぶのには、僕にもメリットがあった。


 そんな経緯もあり、王国は僕を領地支配を磐石にするための駒にしたのだろう。


 

 そうこうしてるうちに、僕の名前と顔は売れ、街を出歩くのですら難儀するようになる。


 街に出れば『魔王さま! 生まれたばかりの子供です! どうか祝福を!』とか『シャルル様! 俺は傭兵稼業を生業にしとる者です! どうか護衛の仕事を!』なんて言われたりして、すぐに人だかりが出来てしまうのだ。


 根っこから葉っぱまで小市民を自認する僕からしてみれば、これはかなりの苦痛だった。


 ベロンの言により、未だ魔法の使えない僕の護衛としてライカとニコとムウちゃんを引き連れるようにしているが、逆に騒ぎが大きくなることがある。


 一度、休憩しようと訪れた酒場での出来事だ。


 僕たちは四人でテーブルに座り注文を終えた。


 すぐに冷えたお茶と野菜ジュースがテーブルに届いたが、全くいらぬモノまでテーブルに届く。


 二人のゴロツキだ。


 僕とライカの向かいに座ったニコとムウちゃんの背後に、おっさん二人が立っていた。


 僕は店主に『おっさん二人は頼んでないけど?』なんて言おうかと思っていたが、ゴロツキは何やら僕に因縁をつけてきた。


「お前、魔王なんて呼ばれてるんだってな?」


「俺らに力を見せてくれや。暇しててなあ」


 下卑た笑みを浮かべる二人のゴロツキに僕の隣に座っていたライカが『去れ、下郎が』なんてことを言った。


 その間も、僕の向かいに座ったニコはせっせとグラスにお茶を注ぎ、その後でムウちゃんのジョッキに瓶から野菜ジュースを注いでいた。


 ムウちゃんはゴロツキ二人なんて眼中にないのだろう。


 ストローの刺さった自分のジョッキに注がれる野菜ジュースを、身体を横に揺らしながら楽しみな様子で待っている。


「へっ。下郎だってよ?」


「おいおい、裏切りもんのコウモリのガキが随分じゃねーか? ああ?」


 僕は何とも思わなかったが、すぐにニコの様子がおかしいことに気付く。


 ニコは野菜ジュースを注いだまま、ピタリと動きを停止していた。


 ジョッキから溢れてテーブルを濡らす野菜ジュースを、ムウちゃんが何とも言えない表情で見ている。


「裏切りもん……ですか」


 ニコは呟く。


 それに対して、ライカが焦るように言う。


「ニコ、落ち着け……。主様は騒ぎをお望みでは……」


 僕の頭には大きな疑問符だ。


「ええ、姉さま。……では、騒げないように……殺ります」


 ニコがそう言ったかと思った瞬間、野菜ジュースの空き瓶を背後に投げた。


 ゴロツキ二人の間を、野菜ジュースの瓶が飛ぶ。


 それを誰かがキャッチした。


 僕は目を疑う。


 いつの間にかニコがゴロツキの背後に立ち、自分で投げた空き瓶を掴んでゴロツキの頭に打ち付けた。


 卒倒するおっさんと驚愕するおっさん。


「え? え? 魔法? え?」


 驚愕した方のおっさんが言う。


「このゴミを持って帰るか、ご自身もゴミになるか、どうぞお選びくださいませ」


 ニコは焦点の合わない目で言う。


 騒動を見ていた酒場の客からは拍手と歓声が飛ぶ。


 ゴロツキ二人は逃げるように酒場を後にした。


 僕はニコに聞く。


「え、今の、魔法? スキル? え? よく見えなかったんだけど……」


 ゴロツキと同じようなことを聞く僕にニコは笑顔で言った。


「いえいえ、ただ瓶を投げて自分でキャッチしただけですよ」


 僕はライカを見たが、彼女は耳をぱたんと閉じてテーブルの一点を見詰めている。


 ムウちゃんは待ちくたびれたと言わんばかりにチューチューと野菜ジュースを飲んでいる。


 僕はもう、それ以上の言葉を持たなかった。

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