第111話 異名

 動乱の演武祭を乗り越えて、僕たちは再び王国の地を踏んだ。


 モノロイはパラケストのもとに残ってしまったが、僕はいつか必ず再会できると確信している。


 帝国は演武祭で僕を襲撃したが結果的には僕を逃してしまった。


 不死隊サリエラの本隊も打撃を受けたことで、他国からは非難の声明が幾つも出された。


 もし、僕を捕らえて殺すことに成功していれば、他国の反応も違ったものになっていただろう。


 帝国以外の国からしてみれば、王国とは中立の立場を演じておいた方が都合が良いのだろう。


 自ら率先して魔王と敵対する利はないわけだ。


 演武祭で潜在的な軍事力をアピールできた王国とは対照的に、帝国は自国開催の演武祭で自国の英雄が魔王に倒されてしまったわけだ。


 国際社会での影響力が薄れるのは自明の理だった。


 しばらくは他国への折衝に時間をとられて、大っぴらな軍事行動はとれなくなるだろう。

 


 僕たちが帰国して、王国は勝利の報せに酔いしれた。


 

 そして、魔導戦と団体戦で活躍した王国選抜の魔導師たちに、国から正式に異名が授けられることになった。


 異名。


 モルドレイの灰塵や、トークディアの地鳴り。


 そして、パラケスト・グリムリープの持つ震霆。


 戦での活躍や、多大な功績を残した魔導師や騎士に与えられる称号のようなものだ。


 叙任式での国王は、かなりご機嫌な様子だった。

 国王からしてみても、実の息子であるミキュロスが参加した演武祭で魔導師戦と団体戦で優勝したのだ。


 政治的にも体面的にも、最高の結果と言えるだろう。


 もちろん、僕とは一切、目を合わせようとはしなかったが。


 そして、モノロイを除く僕たち魔導師たちにも正式に異名が授けられた。



 まるで幻影かのように相手の攻撃をいなし、かと思えば強大な火魔法で相手を圧倒し、見るものをひたすら魅了する。


 そんなアスラ・レディレッドに付いた異名は、陽炎かげろう


 アスラの開発した陽蟒蛇プロミネンスとも相性のよい異名だろう。



 そして、相手の情報を収集し、精査し、分析し、予知にも近い先読みの動きで味方をサポートしたミキュロスには、遠見とおみという異名が授けられた。



 粘着魔法による搦手で獣人国の騎士を翻弄し、さらには自らの開発した毒を水魔法に混ぜて不死隊サリエラを倒したメリーシアには瘴疫しょうえきという異名が。



 強力な水魔法で圧倒し、王国と帝国のグリムリープの御曹司二人を追い詰めたウォシュレット君には、その戦いぶりに相応しい異名がついた。


 翅狩はねがり。


 コウモリの魔導師を追い詰めるなら、この魔導師の力が必要だろう。


 イズリーがそれを聞いて、「えー? 『便所』じゃないの? ウォシュレットくんはトイレが好きだから、きっと便所って異名になるって話してたのにね? ね? シャルル? ね?」なんてことを言った。


 僕は後でウォシュレット君にこっぴどく叱られた。


『我こそは、便所のウォシュレット!』


 みたいな名乗りをしてたら面白いのにね。なんてイズリーと話していたのが、まんまとバレたわけだ。


 イズリーと内緒のお話をするのはやめようと、僕は心に誓った。



 ハーフエルフでありながら魔導学園で優秀な成績を収め、演武祭でも存分にその力を奮ったカーメルの異名は『片陰かたかげ』となった。

 

 まるで魔導師とは思えないほどに気配を消し去り、不意打ちや斥候を得意とする彼らしい異名だ。


 

 ミリアは元々天才なんて呼ばれていたが、そんな彼女にも王国から正式に異名が授与された。

 

 凍怒とうどのミリア。


 僕は魔王を名乗ったグレインに怒り狂ったミリアを見て背筋を凍らせたのを思い出した。


 きっとあの戦いぶりが王国の首脳陣にも伝わったのだろう。



 ハティナにしろニコにしろ、ウチの女性陣には怒らせてはならない女の子が多すぎる気がする。

 

 そういう意味では、イズリーのマジギレは見たことがない気がする。


 イズリーは怒っても頬を膨らませてぴょんぴょん飛び跳ねてから周りの人間を無差別にぶん殴るだけだ。


 そして彼女は自分の感情が己の許容量を超えるといじける。


 部屋の隅っこでしょんぼりと項垂れるのだ。

 

 やはり、イズリーは天使だな。


 僕がそんなことを考えていると、イズリーが異名を授与される番になった。


 王に呼ばれたイズリーは、トコトコと王の前まで歩いて行き、跪いた。


「イズリー・トークディア、其方には暴鬼の異名を授ける。これからも其方の活躍に期待する」


 暴姫は暴鬼に進化した。


 僕は演武祭での彼女の戦いぶりを思い起こす。


 ドワーフの鉄の盾を厚紙のようにバリバリと千切るイズリー。


 鉄拳を敵の顔面に容赦なくぶち込んでいたイズリー。


 獣人に馬乗りになって既に赤くなった首輪にも気づかず、そのままボコボコとタコ殴りにしていたイズリー。


 ……やはりイズリーは天使だな。


 ……若干、自分の感性が狂い始めたことに気付かないフリをして、僕はそんなことを思った。


 そして、ハティナ。


 彼女は元々、学園では慧姫ハティナと呼ばれていたが、王の計らいによってそのまま異名は慧姫とされた。


 演武祭では堂々とした戦いぶりで帝国民すら魅了した。


 はっきり言って、同世代で最も魔法のセンスがずば抜けているのはハティナだろう。


 イズリーみたいに鬼にされないで良かった。


 僕は心の底からそう思った。


 そして、僕の異名。


 これはもう、そのままだった。


 魔王。


 ついに、僕は魔王を名乗るのに国のお墨付きを貰ってしまったわけだ。


 リーズヘヴン王国に、魔王シャルル・グリムリープが正式に誕生した瞬間だった。


 

 余談だが、ライカは戦鬼のジョブを持っている。


 演武祭の時に、護衛の聖騎士やラファの前で帝国騎士たちを一瞬で片付けていたが、その”噂が広まって『戦姫』なんて呼ばれている。


 鬼になったイズリーとは逆に、ライカは鬼から姫になった。


 父のベロンにライカ、ニコ、ムウちゃんを紹介した時、彼は微妙な顔をしていた。


 しかし、凛とした立ち振る舞いのライカと気立ての良いニコを見て、父はすぐに考えを改めたみたいだった。



 僕たちが帰国してすぐに学園は冬季休暇に入った。


 アスラ、ミキュロスなんかは卒業だ。


 ミキュロスは王族として重役に就くだろうし、アスラは宮廷魔導師として役職に就くことが内定している。


 そうして、リーズヘヴン王国は演武祭での名誉に酔いしれたまま、またその歴史に少しずつ新たな歴史を書き加えていく。


 しかし、誰も気付かない。


 王も、貴族も。


 一部の人間を除いて、誰にも気付かれないままに進行していた。


 魔王による、国盗りが。


 

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