第110話 別離
「えー! あの紋章、あげちゃったんじゃぜ?」
「……はい。まさか、師匠が祖父上とも思わなかったものですから」
「ほーん。あれ、レアものだったんじゃぜ。でもま、本来在るべき場所に戻ったんかもしれんね」
「あの紋章、もしかして、エリファス・グリムリープの?」
「ほうじゃぜ。帝国裏切った御先祖様から代々受け継がれてた紋章じゃぜ。そいえば、ベロンはどっかで新しい紋章をこしらえたんかねえ? 俺が紋章持ったまま樹海に引きこもっちゃったから、それだけは気がかりだったんじゃぜ」
「父が紋章を付けてるところは見たことが無いです」
「ほーか。ま、ボウズが気にすることでもないんじゃぜ。紋章なんて、ただの飾りだしね。それより、ソフィーはどうじゃぜ? 良い杖じゃろ?」
僕の腰に挿さった漆黒のワンドを見て、パラケストは言う。
「はい。僕が元々持ってた方より、魔力の流れが通りやすい気がします」
そう言うと、なんだかパラケストは嬉しそうに笑って言った。
「ほうじゃろ? それ、世界樹の根から作ったんじゃぜ! 世界樹は魔力を持った植物じゃからね! 魔力はビシバシ通るんじゃぜ」
なるほど、世界樹から作り出したから、この色合いなのだろうか。
普通は木から作った杖やワンドに見られる、木目模様が一切ない。
ミリアとも話してたが、こんな杖は見たこともないのだ。
それでも、一つ疑問がある。
ソレを僕は投げかけた。
「世界樹って、そんな簡単に削ったり出来るんですか?」
「ほーん。……バレたら死刑じゃね。……でもほれ、あんなデカいんじゃから、少しくらい大丈夫じゃぜ? ……多分」
「あの、それって……」
「……」
「……」
僕とパラケストは同時に沈黙する。
その沈黙をミリアが破った。
「世界樹が無くなれば、広大な樹海もなくなり、多くの国が被害を被りますから、伐採なんかは国際法で固く禁じられてるのですわ。それに、世界樹にはエルフが住んでいますから……」
なるほど。
エルフからしてみれば、自分の家を勝手に削られて杖とか作られたら、たまったものではないだろう。
「ば……バレなきゃ良いだけじゃぜ」
このジジイ。
僕はほとほと呆れた。
「お師匠様、このワンドのソフィーという名前ですが、ひょっとして、ヨハンナ・ワンスブルーのことでは?」
「……」
ミリアの指摘に、ジジイは黙った。
「ヨハンナ? ミリアの祖母上様か?」
僕が聞く。
「はい。祖母、ヨハンナはかつて傭兵ギルドに属しておりましたわ。そこで使っていた偽名がソフィーだったのですが……」
「え! ミリアの嬢ちゃん、ヨハンナの孫なんじゃぜ?」
「はい。私、ミリア・ワンスブルーと申しまして……」
「氷の魔法使うから、さてはとは思ってたんじゃぜ……」
「で、どうしてソフィーと?」
「……だったんじゃもん」
僕の問いに、パラケストが顔を赤らめながら小声で何か言った。
「え? ……何ですか?」
彼の言葉が聞こえなかった僕は、もう一度聞く。
「……好きだったんじゃもん」
「……」
「……」
僕とミリアが同時に沈黙する。
死んだと思っていた祖父が生きていた。
それ自体はまあ、喜ばしいことだろう。
しかし。
しかしだ。
何で僕は自分の祖父の恥じらった顔を見なければいけないんだ……。
複雑な気分を抱く僕を置き去りに、ミリアが口を開いた。
「その……もしかして、『震霆の遺志』と言うのは……」
……あー、そこ聞いちゃう?
僕は内心で思う。
「ほーん。……あ、四家融和政策のことじゃぜ? ほれ、四家融和政策が通ったら、俺とヨハンナが結婚出来たかもしれんじゃろ? モルちゃんに反対されて無理だったけども……」
なーにが『震霆の遺志』だ!
バリバリ私情じゃねえか!
僕の内心での文句など、どこ吹く風と言うかのように、ミリアが目を輝かせながら言う。
「お師匠様。このミリアが、お師匠様の意志を継ぎますわ! 私がご主人様と婚姻を結べば、四家融和は果たされますもの!」
「ほーん。……なるほど。そりゃ名案じゃぜ! ボウズは危なっかしいけんど、嬢ちゃんとくっ付いたら安心じゃもん! 俺、ちょっくら手紙かくんじゃぜ!」
そんなことを言って、パラケストは帰還の準備で忙しそうなモルドレイからペンと紙を強奪した。
「パラス! 貴様と言うやつは! これだから、コウモリは好かん!」
「あっへっへっへ、硬いこと言いっこなしじゃぜ、モルちゃん」
「モルちゃんと呼ぶな! たわけが! 貴様はいつもいつも!」
王国広しと言えど、モルドレイ・レディレッドにこんな絡み方が出来るのは、このジイさんだけじゃないだろうか。
そうして、パラケストは手紙を二通したためた。
一通は、僕の父ベロン・グリムリープへの手紙。
もう一通は、ミリアの祖母ヨハンナ・ワンスブルーへの手紙だ。
手紙の内容は想像がつく。
僕の婚姻相手にミリアを指名する内容だろう。
僕はそれを受け取って、途中で捨ててしまおうと考えていたが、それはあまりにも稚拙な考えだった。
ミリアの勘の良さを舐めていたのだ。
ミリアは僕より早くパラケストからその手紙を受け取って、服の胸元を開けて大きな胸の間に挟み込んだ。
「ご主人様、このミリア、この身命に賭してお手紙を御守りいたしますわ!」
僕は全てを諦めた。
僕のお嫁さんはハティナのはずなのだ。
ミリアのことは好きだけど、恋愛感情かと言われれば、それは違う気がするからだ。
ミリアにそれとなく、そんなことを伝えたが、彼女は気にする素振りもなくこんなことを言った。
「愛は与えられるモノではなく、奪い取るモノですわ!」
彼女のあまりの図太さに、僕は尊敬の念すら覚えた。
モルドレイとトークディア老師の準備が終わって、ついに帰還の時が来た。
「……本当に、残るんですか?」
僕はパラケストに言う。
「ほーん。……まだ、弔いも償いも済んでないんじゃもん。……まだ、帰ることは出来ないんじゃぜ」
「……いつか、帰って来てくれますか?」
「……ほうじゃのう。……ボウズの結婚式には、帰ろうかね。……孫の晴れ舞台を覗くくらいなら、アイツらも許してくれるはずじゃぜ」
パラケストは、とても悲しそうな目でそう言った。
その時、モノロイが走って来てパラケストの前で跪く。
「震霆パラケスト・グリムリープ様! 我はモノロイ・セードルフ! 我が祖父、トニージョー・セードルフは震霆様の麾下の者でした!」
「ほーん。トニージョーの孫か。アイツ、不器用で弱っちかったけど、良いヤツだったんじゃぜ」
モノロイは言う。
「我は祖父と同じく、魔導の才乏しく、このまま王国に帰ってもこれ以上の成長は望めません。どうか、どうか我を弟子としてはくれませぬか! 演武祭で痛感いたしました。……我は、今のままではシャルル殿の隣に並ぶ資格がありません。どうか、どうか!」
モノロイは砂の地面に額を擦り付けて懇願する。
「ほーん」
パラケストは何か考えると、モノロイに言った。
「最初は、骨集めからじゃぜ? ひょっとしたら、トニージョーの遺骨を見つけられるかも知れないんじゃぜ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
モノロイはイズリーにやられた傷だらけの顔面を砂塗れにして、そう言った。
「モノロイ。学園はどうするんだ?」
僕はモノロイに問う。
「学園を卒業すれば、それは良い役職に就けるのかもしれん。しかし、我が求むるのは強さ。我のように才なき者は、学園で皆と同じことを学んでも、恐らく平均以下の魔導師にしかなれぬだろう」
「……決意は固いか」
「うむ」
僕とモノロイの会話はそれだけだった。
「坊、そろそろ帰るぞ」
僕たちはトークディアに言われるままに馬車に乗る。
パラケストとモノロイを置いて、僕たちは樹海に向かって馬車に乗って走り出す。
「モノロイ! 必ず戻ってこい! 南方の解放には、お前が必要だ!」
僕は叫ぶ。
「無論! シャルル殿! 早く魔法を取り戻すが良い! もたもたしておると、我が追い越してしまうぞ!」
モノロイも叫んだ。
僕とモノロイの距離はどんどん開いていく。
あの大柄なモノロイが、どんどん小さくなっていく。
僕の目が湿っていくのがわかる。
モノロイは大きな身体を震わせて、泣いていた。
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