第108話 死人の唄
「し……師匠?」
僕は言った。
「ほーん。ボウズ、感謝するんじゃぜ? 俺、ボウズのこと助けるの二回目じゃもんね? 今度、酒でも奢ってもらうんじゃぜ」
気の抜けるようなヘルベルト爺さんの言葉に、僕は心の底から安心を覚えた。
ヘルベルト爺さん。
演武祭に向かう途中、僕とミリアをギガントマンイーターから救い、四則法を授けてくれた老年の魔導師だ。
今の今まで死を覚悟していたと言うのに、その覚悟が揺らいでいるのがわかる。
僕はまだ、生きたがっている。
聖騎士を倒した
ヘルベルト爺さんは何てことないかのように、
ヘルベルト爺さんの廻しはやはり凄かった。
僕やミリアも四則法に慣れてきてはいたが、ヘルベルト爺さんに比べれば児戯に等しい。
初級魔法の
僕の廻し無しの状態の上級魔法、
僕の
ヘルベルト爺さんは
「ボウズ、魔法を失ったんか。魂の摩耗じゃろ?」
「そう……らしいです」
「ほーん。ま、じきに良くなるはずじゃぜ。ほんじゃ、そこでよっく見とるんじゃぜ。魔導師の魔導師による魔導師のための軍隊の殺し方、教えちゃる。前は教え損ねたんじゃぜ」
ヘルベルト爺さんはそう言うと、何か呪文を唱えて両手を地につけた。
僕は驚愕する。
この魔法。
この人が使えるはずがない。
いや、僕たち以外に使える人がいてはならない。
使えるとすれば、この世界に二人しかいないはずなのだ。
父であるベロン・グリムリープか、僕だけ。
この魔法は、他者には秘匿されるべき魔法。
この魔法は、王国グリムリープだけの魔法。
雷鳴を轟かせ、空を穿ち、天を衝く。
今となっては、僕が持つ中で最も強大な魔法だ。
ソレを見間違えるわけがない。
そして、ヘルベルト爺さんは多重起動で二つも同時に作り出した。
……ありえない。
なぜ、ヘルベルト爺さんが……。
「見てみい、ボウズ。強大な魔法を食らった軍隊は、必ず突撃してくるんじゃぜ。距離あけとくと、また同じの撃たれるかもしれんじゃろ。ほいたら、ほれ、ここを狙うんじゃぜ」
ヘルベルト爺さんはまるで子供に教えるかのように言う。
そして、彼の指先から
王国雷魔法の上級魔法。
当然のように、多重起動。
僕の
電気の束が、駆ける
前線が崩壊した
恐怖を感じなくても、損得勘定はできるのだろう。
近づけば前衛に魔法が飛び、引けば
「ボウズ、これでアイツら近づけんじゃろ? かと言って、近づかない訳にもいかんじゃろ? ほいたらね、今度は遠巻きに俺らを囲むんじゃぜ」
まるでヘルベルト爺さんに操られるかのように、
「この後は、どうするんですか?」
僕は尋ねる。
純粋に、気になったのだ。
範囲系魔法なのか、それとも各個撃破するのか。
ヘルベルト爺さんは言う。
「うんにゃ、俺の仕事は終わりなんじゃぜ。ほれ、働けば働くほど仕事って増えるじゃろ? 俺、働くの嫌いじゃもんね」
……何が「じゃもんね」なんだクソジジイ。
恩知らずな僕はそう思ったが、ヘルベルト爺さんの言葉の意味はすぐに分かった。
僕たちを取り囲んでいた
ハティナが演武祭で見せた魔法。
精度はハティナを遥かに超える。
僕とヘルベルト爺さんだけが、その竜巻の中で一切の風を感じない。
まるで風が自らの意思を持って僕たちを避けているかのように。
さらに、
アスラが作った炎の巨人。
その倍以上の大きさの炎の巨人だ。
アスラの魔法の出力を倍にしてもこの大きさにはならないだろう。
きっとこの炎の巨人を作り出すために必要な出力は、アスラの数倍の規模だろう。
「こ……の、魔法……灰塵か!」
樹海の方向。
「ワシの異名を知るか! 帝国の犬ころめ! 王国魔導の真髄を知るが良い!」
その声に呼応するように、炎の巨人がその巨腕を振り下ろし、
砂漠と樹海の狭間に、肉の焼ける匂いが立ち込める。
「無事か。童」
「れ、レディレッド卿……?」
炎の先から現れたのは、僕とアスラの祖父であり、王国魔導四家最強最古の一族、レディレッド家当主、モルドレイ・レディレッドだった。
そして、モルドレイの後に白いローブを身に纏い、それに合わせたかのような白い長髪と、同じく白く長い髭の老魔導師の姿。
「坊、遅れてすまんな。無事なようで何よりじゃ」
僕の最初の師匠、命の恩人。
トークディア老師だ。
「老師……。なぜ……」
「シャルル!」
老師の後ろから、ハティナが駆けて来て僕に抱きついた。
「シャルルー!」
さらにその後方からイズリーが駆けて来て、同じように僕に抱きつく。
「シャルルうー!」
イズリーは泣きべそをかきながら、僕をがっしりとホールドする。
「シャルル殿!」
「ご主人様ああああ!」
「主さま!」
王国選抜たちが全員戻って来た。
途中で伝令のために先行した聖騎士が間に合ったのか。
そして、トークディアとモルドレイが援軍に来てくれたのだろう。
「ほほほ。間一髪、と言ったところかの?」
老師の言葉にモルドレイが言う。
「ふん! 御老の歩みが遅い故に出遅れたわ! しかし──」
モルドレイはそこまで言って、ヘルベルト爺さんに向き直って言った。
「何故、貴様が生きておる。……パラス!」
パラスと呼ばれたヘルベルト爺さんは、モルドレイをジーっと見た後、何かに気付いたようにポンと手を打った。
「ほーん? ……およ? もしかして、モルちゃんか? うっそじゃぜー! お前、老けすぎじゃろー! あっへっへっへ! こりゃ傑作なんじゃぜ! あのモルちゃんが、ジジイになっちゃってんじゃぜ!」
「ジジイになったのは貴様も同じだろう! 貴様にだけは言われたくないわ! それから、ワシをモルちゃんと呼ぶのは止めろ!」
そう言って、ヘルベルト爺さんは怒るモルドレイを無視してトークディア老師を見る。
「ほーん。ガドル、久しぶりなんじゃぜ」
「……パラス。……お主、何故、生きておる?」
トークディア老師は驚愕の表情だ。
僕は状況を理解できない。
ヘルベルト爺さんが老師やモルドレイと旧知だと言うことはわかるが……。
「ほーん? そんなん当たり前じゃぜ。だって俺、魔導の天才じゃもん」
ヘルベルト爺さんはしれっとそんなことを言う。
トークディア老師は心底呆れたように、一度ため息を吐き僕に言う。
「この老人は……震霆、パラケスト・グリムリープ本人じゃよ。坊の、祖父上じゃな」
僕の脳内は、久しぶりに盛大にフリーズした。
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