第107話 犠牲
ニコがミラティラの傭兵たちを虐殺してくれたおかげなのか、樹海まで襲撃に遭うことはなかった。
しかし、我らが誇るシリアルキラー……いや、美少女メイドのニコが、背後からの追手に気付いた。
「主さま! 背後に馬の蹄の音です。数は五百。
ついに追いつかれた。
樹海までもう少しというところだ。
「このまま樹海に入るのは危険だ!
聖騎士の一人が言う。
「ここで迎え撃つ方が危険だろう! このまま森を突っ切るしかない!」
それをアスラが制した。
どちらの言い分も正しいのだろう。
行くも地獄、止まるも地獄なのだ。
森に入る前に
不幸は重なる。
いつだって、無慈悲に。
僕たちの馬車を引く馬の一頭が潰れた。
馬車は横転し、もう一台の馬車も巻き込んだ。
僕たちは馬車の外に振り落とされた。
幸い、死人は出なかった。
しかし、馬はもうダメだろう。
樹海目前で、僕たちは足を失った。
樹海の入り口で僕たちは立ち往生し、そこから100メートルほど手前で
黒装束の魔導師が前に出て言う。
「王国魔導師! シャルル・グリムリープ! 貴殿に諜報の嫌疑がかけられている! 帝国からの機密情報持ち出しの疑いだ! 大人しく縄につくが良い!」
嫌疑。
僕を捕らえるための建前だろう。
僕はハティナを見る。
彼女は怒りと不安を顔に出す。
付き合いが長くなければ見抜けない、微妙なニュアンスだ。
「僕が残る。みんな、森に逃げろ」
僕はそう言った。
僕は魔王。
魔法が使えないことはまだバレてないはず。
それなら、なんとかハッタリで時間を稼ぐしかない。
僕は死ぬだろうけど、ハティナとイズリーだけは何としても逃さなければ。
「……ダメ。……ダメだよシャルル!」
ハティナが叫ぶ。
僕はアスラを見る。
「……後は任せます」
「……クソ! モノロイ君! イズリーさんを!」
アスラは毒を吐いてから、嫌がるハティナを無理矢理に担いで森に走った。
「え? え? どゆこと? シャルル? 何で?」
混乱するイズリーをモノロイが抱き上げ、アスラに続く。
「シャルル、僕も残ろう。このウォシュレト・シャワーガイン、貴様との決着がまだついていないからな!」
僕はカーメルを見て言う。
「……頼む、カーメル」
「……チッ。……馬鹿野郎が。メリーシア!」
メリーシアがウォシュレット君の背後から、彼の口にハンカチを当てる。
ウォシュレット君は一瞬で気を失ってその場に倒れた。
「目覚めるまで三刻てとこね」
「クソが! めんどくせー! シャルル! 死んだらぶっ殺すぞ!」
カーメルはそう言って、ウォシュレット君を担いで森に走り、メリーシアも後に続いた。
「ボス!」
ミキュロスだ。
「約束、守れなくてすまないな。生き残れたら、王国で会おう。その時は、二人であの国を盗るぞ」
「く、くう……。ボス、そんなことよりも余は……余は!」
「いいから行け!」
ミキュロスは泣きながら走り出した。
「主様! ライカもお供します!」
ライカが言う。
「主さま! わたくしも!」
そう言うニコの影に隠れる形で、ムウちゃんも側に寄って来た。
「ご主人様! このミリア、ご主人様を置いて帰っては末代までの恥辱になります! 私も──」
ミリアも来た。
僕は三人に告げる。
「僕だけでいい。早く逃げろ」
「しかし、ご主人様は魔法が……」
ミリアが言う。
それに、ライカが続いた。
「然り! このライカは主様の剣です! 主様をお守りすることこそ! 我が最大の誉れ!」
僕は殺気を込めて言う。
「僕を愚弄するな! たわけが! 僕は魔王! シャルル・グリムリープだ! あの程度の相手など、僕一人で十分! 貴様ら役立たずがいては足を引っ張られて上手く戦えん! とっとと森に入れ! ハティナとイズリーを守れ! 双子に何かあれば、この僕の手でお前らを殺してやる!」
「……!」
三人は驚きと恐怖に顔を染め、瞳に涙を溜めて答えた。
「……御意!」
僕は一人、砂漠に残された。
聖騎士の護衛は残っていた。
「あんたたちも行けよ」
僕は言う。
「護衛対象を残して去るわけには行かぬ。聖騎士には聖騎士の誇りがある。魔王には魔王の誇りがあるようにな……」
聖騎士の隊長はそう言った。
そして、
「魔王シャルル・グリムリープ! 用があるのは貴殿だけだ! 他の王国選抜には手出しせぬ! 故に、大人しくこちらに来い!」
嘘だろう。
僕を無力化した後、ゆっくり僕の仲間を追い詰める気だ。
王国の魔導師の俊才たちを一網打尽にできるチャンスを、こいつらが見逃す筈がない。
僕は叫ぶ。
「我は魔王! 世界に災厄を齎す者! シャルル・グリムリープの名に賭けて! 貴様らに滅びを授けよう!」
こんなのは、ハッタリですらない。
魔力は戻ってない。
僕はスキルも魔法も一切使えない。
バレるのは時間の問題だ。
それでも、一分でも、一秒でも時間を稼ぐ。
ハティナとイズリーを逃す。
彼女たちは僕の生きがい。
自分の命より遥かに重い存在。
この身命を投げうつのに、これ以上相応しい相手はいない。
八歳の頃、イズリーが攫われた時、その時の感覚が戻ってきた。
僕は再び、死ぬ覚悟を決めた。
僕は自らの死を受け入れる。
馬から降りた三十人程の
僕のスキルを警戒して、少数を送り込んで来たのだろう。
聖騎士が前に出るが、次々に制圧されていく。
やっぱり、時間稼ぎにもなりゃしない。
彼らを構成する狂戦士というジョブの特性上、
恐怖のない相手にはハッタリなんてのは通用しない。
リーズヘヴンの王様相手に使った僕のハッタリですら、この場では無意味。
僕は無力。
蹂躙されるだけ。
仕方ない。
僕はこれまで、自分よりも弱い相手を蹂躙してきたんだ。
それが、自分の番になっただけ。
世界はフェアだ。
力を持つ者が全てを手にして、力を持たない者は全て奪われる。
砂の上に引き倒され、首筋に短剣を突きつけられた。
「……」
僕は短剣を持つ
その
「へへへ。俺が魔王を殺すことになるなんてなあ。役得だぜ。歴史に名前が残っちまうかも知れねえ」
僕は言う。
「早くやれよ。帝国が僕を殺れる、最後のチャンスだぜ?」
僕を押さえ付ける
「言われなくてもそのつもりだ、お前に恨みはないが、死んでもらうぜ!」
僕の首筋に当てられた短剣に力が入る。
空に浮かぶ太陽の光が僕の瞳を焼く。
ハティナ、イズリー。
僕は、君たちに出逢えて……。
その時、僕の瞳を焦がしていた太陽の光が遮られた。
突如として、僕に短剣を当てていた
「攻撃だぞ!」
「どこから⁉︎」
僕を取り囲む
僕は森の方を見る。
まさか、戻って来たわけじゃ……。
僕の視線の先に、懐かしい老人が映る。
まるで、仙人のような出で立ちの老人は言った。
「ほーん。……お前ら、俺の弟子に何やってんじゃぜ?」
そう言って、その老人は僕を見て呵々と笑って言った。
「ほーん。ボウズ、お前まーだそんな弱っちいんか。才能ないんじゃないのんか?」
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