第106話 殺戮
数時間後、ニコたちが戻って来た。
テツタンバリンはなぜか顔面をボコボコにされていたが、何かあったのだろうか。
カーメルに何があったのか聞いたが、彼はぷいと顔を逸らして一言だけ「……お前は知らない方が良い」なんて言って馬車に乗り込んでしまった。
すごく気になったが、不穏な笑みを貼り付けたニコといつもより鼻息の荒いムウちゃんを見て、僕は聞くのをやめた。
君子危うきに近付かずだ。
ひとまず、水と食糧は確保出来たので僕たちは樹海に向けて馬車を走らせた。
ミキュロスが言うには、樹海までは二日ほどかかるそうだ。
馬車を引く馬にしても、もう何日も走りっぱなしだ。
そろそろ限界が来てもおかしくない。
樹海が近づくにつれ、皆の表情が明るくなる。
樹海に入ってしまえば、帝国もおいそれと手を出せない。
樹海は王国と帝国で領有権を主張し合っているグレーゾーンだ。
魔物の巣窟である反面、その状況から両国の緩衝地帯になっているという側面もある。
樹海に逃げ込めれば、
テツタンバリンは馬車の上で怯えながら、「なんで俺がこんな目に……」なんてぶつぶつ呟いている。
そう言えば、コイツにはもう用はなかった。
「あれ、テツタンバリンいたのか? もう帰っていいぞ?」
「だ、旦那! そりゃないぜ! 俺はもう帝国で傭兵稼業ができないんだ! しかも、こんなミラティラの目と鼻の先で降ろされたら俺、ガチで死んじゃうって!」
「……ミラティラで何があったんだ?」
僕はついに聞いてしまった。
出来心だろうか。
好奇心だろうか。
テツタンバリンはニコを横目で見てから声を潜めて言った。
「あの嬢ちゃんは何者だ?」
「何者って、ライカの妹だけど……」
「犬耳の嬢ちゃんと抱き合わせで買わされたのは見てたがよ、あっちのうさ耳の嬢ちゃんが本命だったのか?」
「いや、最初はライカに妹がいるなんて知らなかったけど……」
「ありゃ、ただの奴隷じゃない。はっきり言うが、犬耳の獣人にどれだけ価値があるのかは知らないがな、うさ耳の方はヤバすぎだ。……狂ってるって意味では、旦那にソックリだがな」
なぜ僕が若干ディスられるのかは置いといて、ニコが何かやらかしたらしい。
ここで会話を終える選択肢はあった。
だが、ここまで聞いて思考を放棄できるほど、僕は人間が出来ていなかった。
「……で、何があった?」
「俺たちがミラティラに入った時のことだ……」
そう言って、テツタンバリンはぽつぽつと話し始めた。
それによると、こういうことだ。
テツタンバリンとニコとムウちゃんは三人でミラティラで買い物をしたらしい。
カーメルの話が出ないのは、彼が付かず離れずで隠れて尾行していたからだろう。
そして、あらかた必要な物資を手に入れた時、事件は起こる。
たまたま、傭兵ギルドの建物の前を通ったらしいが、そこには大勢の傭兵が集まっていたらしい。
僕たちを追跡するために集まっていたのだろう。
それに、ニコがキレた。
テツタンバリンは言う。
「あそこにいた傭兵はどいつもコイツも手練れ揃いだったぜ。傭兵ギルドにはランクがあって、最高ランクはSなんだが、あそこにはSランクが十人近くいたんだ。それが……それが、あんなことになるなんて」
テツタンバリンは絶望をテーマに彫刻を作ったら、きっとこんな感じになるだろうといった様子で項垂れた。
「……あんなことって?」
僕はおずおずと尋ねる。
「俺たちが通りかかった時、ちょうど傭兵たちが動き出したんだ。全員、旦那を捕らえるために集められた傭兵だった。けど……うさ耳の嬢ちゃんが言ったんだ。旦那に敵対するなら、滅ぼさなきゃとか何とか……」
「ま、まさか……」
「傭兵ギルドって言えば、本来なら泣く子も黙るような危ない奴らの集まる場所なんだ。みんな戦闘のプロさ。大型の魔物だって狩っちまう奴らがうじゃうじゃいる。でも、うさ耳の嬢ちゃんは喋れない方の嬢ちゃんに何か話して、それから……」
「……」
「惨劇だよ。旦那、見たことあるか? メイド姿の女の子二人で、百戦錬磨の傭兵たちを片っ端から襲っていくんだ。……俺は震えたよ。自分があっち側だったらと思うと……」
テツタンバリンはそう言って、言葉を失ったように沈黙した。
「……ニコは武器を持ってなかっただろ?」
ニコの武器は大きな弓だ。
ムウちゃんは肉弾戦が得意なようだったが、ニコは丸腰で戦ったのだろうか?
それとも、ムウちゃんが戦ったのだろうか。
「うさ耳の嬢ちゃんは、武器を忘れたって言って、傭兵から剣を奪って振り回してたよ……。男でも担ぐのに難儀するような、それこそ自分の背丈より大きな大剣を二本、両手に持ってな。目、見えないはずだよな? なんであんな……。まるで見えてる俺たちより、正確に攻撃するんだ。……おかしいだろ、あんなの」
「ニコって……そんなに強いの?」
僕はテツタンバリンに聞いた。
ニコが弓の名手なのは知ってる。
どうやってるのか知らないが、100メートル以上先の標的でも難なく射抜くのだ。
しかし、彼女は剣も使えたのだろうか?
「ミラティラは樹海が近い。その分、樹海の魔物を狩るために手練れの傭兵がたくさんいるんだ。ミラティラを拠点にした傭兵で、フェイタルダインて傭兵団があるんだがな。いや……ついさっきまではあったんだがな。Sランクの傭兵しかいないような精鋭中の精鋭で、そこのリーダーは
ゴクリ。
と、隣で聞いてるモノロイが唾を飲む音が聞こえた。
「うさ耳の嬢ちゃんに一閃で斬られて殺されたよ……。いいか? 比喩なんかじゃなく、一閃だ。
テツタンバリンはそう言って、再び沈黙した。
僕はミラティラでの出来事を想像して、背筋が凍るような思いになる。
聞かなきゃ良かった。
好奇心は猫も殺す。
そんな言葉が、前の世界にあった。
九つも命を持つという猫ですら殺すのだ。
僕はミラティラでの出来事に興味を持ってしまった自分の好奇心を呪った。
ニコだけは怒らせてはいけない。
僕の身近な人物で一番容赦なく人の命を奪うのは、おそらくあのウサ耳美少女メイドだ。
彼女だけは、絶対に怒らせない。
僕はそう、心に誓った。
「ちなみに、お前の顔の怪我って……」
テツタンバリンは僕の問いに答えて涙を流した。
「喋れない方の嬢ちゃんにやられた……。俺を敵だと間違えたらしい……。うさ耳の嬢ちゃんが助けてくれなかったら、俺は今頃……」
僕たちを乗せて砂漠を進む馬車が小石を踏むたびにガタガタと揺れる。
まるで、自らが乗せる二人の殺戮美人メイドに怯えるように。
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