第105話 補給
テツタンバリンは傭兵だ。
僕とミリアが王国選抜のみんなと逸れた時、一時的に行動を共にしたことがある。
そのテツタンバリンは目を覚ました瞬間に、流麗な動きで土下座のポーズを取った。
「調子乗ってすみませんでしたあ!」
その鮮やかなまでの開き直りの良さに、僕たちは思わず口をつぐんでしまった。
僕たちを見ることもなく、地面に額をめり込ませんばかりの体勢でテツタンバリンは言う。
「実はですね! 仲の良い傭兵に誘われましてね! 俺としては、王国の方々を襲うのは断固として反対だったわけですが! 俺たち傭兵は横の繋がりが命でありまして! やむにやまれずと言った具合でして! いやはや! しかしながら! こうして剣を交えて痛感いたしましたが! どうやらお互いに誤解があるようですんで! まあ! 俺としましては! 誤解が解けて何よりと! そう考えている次第でありますんで! じゃ、俺はここらで……」
断固として反対だったようには思えなかったし、剣を交えたようにも見えなかったし、何が誤解なのかもわからないし、それがいつ解けたのかもわからないが、そう言ってテツタンバリンは土下座の体勢で額を地面につけたままツツツーと後ろに下がっていく。
すごく器用な動きだ。
イズリーがポカンと口を開けて見ている。
僕に気付く素振りもないテツタンバリンに声をかける。
「テツタンバリン、久しぶりだな」
「ええ、ええ! その節はどうも! じゃ、そう言うことで……」
テツタンバリンは土下座のままさらに後方に滑っていく。
「おい! 何がその節だ! 僕を見ろ、僕だ僕!」
そこで初めてテツタンバリンは僕を見た。
そのまま視線が流れてミリアで止まる。
「え……え? あんた……え? 嬢ちゃんまで……え? あれ? 俺、死んだの?」
「あらあら、まあまあ、ここで息の根を止めて差し上げてもよろしくてよ? テツタンバリンさん?」
ミリアが言う。
テツタンバリンはやっと、全てを理解したようだった。
「いやー、まさか旦那の御一行だったとは! 俺ってめちゃくちゃラッキーだなあ! 昔から運だけはよくてなあ!」
テツタンバリンは僕にそんなことを言ってくる。
この男の変わり身の早さはなんなんだろうか。
僕は呆れを通り越して感心してしまうほどだ。
「ひ、久しぶりだなテツタンバリン。マッチドラムたちはどうしたんだ?」
「アイツらか、いや、旦那にたっぷり金貨貰った後なんだがな、賭場で一発当てようとしたんだがスッちまってなあ。俺って運は良い方だと思ってたんだがなあ。そしたらよ、アイツら、もう俺にはついていけねーってな。まあ、方向性の違いだな」
それは方向性の違いなんだろうか。
テツタンバリンには金貨五百枚近く渡していたが、それをそっくりそのまま博打で失う人間についていく方が奇異な人間だろう。
僕が思うにマッチドラムの判断は正しい。
打楽器縛りのパーティは解散したようだ。
「で、一文無しの上に仲間も失ったお前は他の傭兵仲間に誘われて王国選抜狩りに参加したと?」
「ああ、何しろ黒髪に赤毛の混じった魔導師を捕らえたらとんでもない額の懸賞金が貰えるらしくてな? 帝国を拠点にしてる傭兵団はこぞって参加してるんだ」
そう言いながら、テツタンバリンは僕の髪を見る。
毛先にいくにつれて赤く染まっている僕の髪。
「……旦那。……冗談悪いぜ。……え、まさか、マジで? 旦那が……え?」
「僕、魔王なんだ。で、演武祭で帝国の勇者を派手にやっつけちゃってな。こうして追われる羽目になったわけだ」
「はあ。……はあ? 確かに、嬢ちゃんの方は何かにつけて旦那を魔王様って言ってたが……え? 勇者って、皇太子の? え? 魔王って……ガチの方の魔王?」
「ガチの方の魔王だ」
「あー……なるほどなあ……。なるほどなるほど……。ま、会えてよかったよ。……じゃ、俺はこの辺で──」
逃げようとするテツタンバリン。
僕はモノロイに目線で合図する。
「まあまあ、お客人よ。ゆるりとしていくが良い。我らが魔王様との積もる話もあろうて」
モノロイがテツタンバリンの前に立ち塞がる。
「い、いや、俺は……あれ? 俺、もしかして死ぬの?」
僕は答える。
「死なないよ。僕は滅多に人は殺さない。ほら、盗賊のエルフだって全員生かして捕らえただろ? まあ、少しは痛めつけたりするけどな。でも僕が殺すのは、僕の天使に手を出したやつと……」
恐怖の表情で僕を見るテツタンバリンに、僕は笑顔で言葉を続ける。
「裏切り者だけだ」
テツタンバリンは再度、白目をむいて気絶した。
モノロイがテツタンバリンを馬車に詰め込み、僕たちはミラティラに向かった。
テツタンバリンを拉致して旧街道を走ること数刻、僕たちはやっとミラティラの手前まで到達した。
目を覚ましたテツタンバリンはひどく怯えていたが、僕はなるべく優しく接した。
コイツは使える。
僕はそう踏んでいた。
ミラティラに到着したは良いが、街に入るのは危険が多い。
かと言って素通りはできない。
水と食糧を確保する必要があるからだ。
ここを抜ければ樹海までそう時間はかからない。
僕たちはミラティラ郊外の枯れた林の中に潜伏して、街の様子を伺っていた。
僕はテツタンバリンに言う。
「お前さ、傭兵じゃん? 僕に雇われないか?」
「は? 旦那……そりゃ、一体どういう……」
「水と食糧が必要だ。ミラティラに行って買ってこい。僕たちは街に入れないからな」
「な、なるほど。まあ、同じ傭兵のよしみだ。その代わり、俺の命は……」
「だから、殺さないって言ってるじゃないか? なあ、ミリア」
「ええ、テツタンバリンさんとは一度パーティを組んだ仲ですし」
「嬢ちゃんの言葉は信用できねえ……。覚えてるぞ……。旦那がエルフを拷問してる時、一番楽しそうにしてたのはアンタだったのをな!」
「あらあら、まあまあ、王国では魔王様の拷問はご褒美ですのに」
「王国ってのはどんな修羅の国なんだよ……」
そんな会話に、ニコが加わる。
「わたくしとムウちゃんもお供します。わたくしはおそらく顔がバレてませんし、ムウちゃんは元々、エルフ選抜ですから」
テツタンバリンとニコ、そしてムウちゃんがミラティラの街に向かった。
「心配か?」
カーメルが僕に話しかけて来た。
「……そりゃな。ニコは目が見えないし、ムウちゃんは喋れないから……」
「……仕方ねーな。俺がついてって影から守ってやるから、お前は安心しとけ」
「カーメル、お前……」
僕は面倒くさがり屋のカーメルの申し出に驚いた。
「ハーフエルフは道を歩けば石を投げられるし、人の近くに寄れば唾を吐かれる。だから、気配消すのは慣れてんだ。被差別民をナメんなよ?」
彼はそんな軽口を叩いて、ミラティラに向かって歩き始めた。
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