第104話 魂の磨耗
魔力。
魔法やスキルを起動させる、動力源だ。
要はスタミナ。
身体を動かすのが体力なら、魔法やスキルを出力するのが魔力だ。
魔力と体力、違いといえばそれだけのこと。
いくら疲れても食べて眠れば元通りに回復するのと同じで、魔力も気付いたら回復している。
そんな僕の魔力が全く回復しない。
例えば、フルマラソンを走り切ったとして、それでも全く動けなくなるということはないだろう。
身体は疲労に悲鳴を上げ、休息を求めるだろうがベッドまで移動できないなんてことにはならないはずだ。
疲労で指先一つ動かせないなんて、それってもう死んじゃってるのと変わらないだろう。
しかし、僕の魔力はまさに今そんな感じなのだ。
体内魔力が切れた経験は何度かしてるが、これだけ回復が遅いのも、まるで僕から魔法がすっぽり無くなったような感覚も初めてのことだった。
ミリアが言う。
「それは恐らく、魂の磨耗ではないでしょうか」
魂の磨耗。
僕が魔法とスキルを使えなくなった理由だ。
魔法とスキルは魂と切っても切れない関係だ。
前世の僕だったら、きっと魂なんてものすら信じていなかったのだろうが、今は違う。
『神』と会話したあの時の状態。
あの状態こそおそらく、剥き出しの魂。
魔法が魂と深く結びついているのは、一度使った魔法は魂に刻まれ、調律が不可能になることからも明白だ。
そこで、魂の磨耗だが、それは一度に多くの新魔法を行使した時なんかに起きるらしい。
新魔法を使う時、術者は魂のエネルギーを消費して魔法を魂に刻む。
その魂のエネルギーが枯渇することで、一時的に魔力を失うらしい。
たしかに、そうでもなければ無限に魔法は生み出される。
戦いの度に自分に都合の良い魔法を生み出していたら、それこそこの世は魔法で溢れ返ってしまう。
何も旧式で伝来の魔法に頼ることもなくなるし、バンバン新魔法が編み出されて何がなんだかわからなくなるだろう。
魔法を新たに創り出すというのは、本来ならとてもリスクを伴うことなのだ。
僕はギレンとの戦いで、
そして、
全て闇魔法。
しかも、こと戦闘においては一線級の強力な魔法のオンパレードだ。
魂の磨耗が起きて当然だろう。
「短時間で三つも新魔法を生み出すなんて聞いたことがございません。普通、魔法は長い試行錯誤の上に編み出されますわ。例えば既存の魔法を模倣に近い形でリメイクするならいざ知らず、全く異質な魔法を連続で編み出されるなんて! 流石はご主人様です! しかし、回復までどのくらいの時間がかかるかは全くの未知数ですわね」
ミリアは最後にそう言った。
しかし、まさか
おかげで僕はギレンに勝てたものの、その代償としてしばらくの間、魔法が使えなくなった。
僕は思う。
魔王だ何だと声高に叫んでも、魔法が使えなければ切れないハサミと何ら変わらない。
とどのつまり、僕は仲間のおかげで勝てたのだ。
それに、自分のジョブや血筋や肩書きにのみ価値を見出していたギレンを、僕は自分のスキルに頼りきって勝ったわけだ。
こんなものは、本当の勝利とは呼べないんじゃないだろうか。
何より、ことギレン相手にスキルによって齎された勝利に酔うのは僕の心が許さなかった。
ギレンの慢心を裁いた僕自身もまた、心のどこかで傲慢になっていたのだろう。
僕は今のこの状況を、
そして何より、
スキルも含めて魔導師の力であることに変わりはないが、それでもこのスキルだけに頼った僕は、きっとギレンと何も変わらなくなる。
勇者というジョブや未知のスキル、そして皇太子という肩書きに頼ったギレンと、本質の部分で同じになるような気がするのだ。
王国選抜を乗せた馬車は急街道を走って砂漠を疾走する。
砂漠は身を隠せるような場所は少ない。
夜は常に追手の奇襲に晒され、皆が疲労困憊だ。
僕は戦いでは一切の役立たずなので、そこまで疲れてはいないが、心に来るものはある。
皆が帝国兵や、帝国から依頼を受けた傭兵たちと戦っている間、ずっと逃げ惑っているだけなのだ。
ハティナやミリアに守られて。
なんとも情けない魔王もいたものである。
せめて
僕は今の状況を頭の中では納得しているが、やはり心の中ではそんな事を考えてしまう。
樹海の手前にあるミラティラの街を目指すまで、十数回は襲われている。
来るのは少数の兵士たちだ。
大人数ではどうしても行軍が遅くなる。
そこで帝国は傭兵ギルドを使って僕たちに懸賞金を掛けたらしい。
帝国各地の傭兵たちが、旧街道に出て僕たちを探しているようだった。
戦い放題で常に満面の笑みのイズリーに制圧された傭兵がそう言っていた。
護衛の聖騎士が一人、先行して王国に救援の伝令に向かったが未だ連絡はない。
ミラティラの街に入るのも危ないだろう。
ただ、ミラティラの街に入らず樹海を目指すという方針は現実的ではない。
世界樹の根の影響を受けない土地だからこそ、帝国領のほとんどが砂漠だ。たまに痩せた草原に出ることもあるが、こんな場所では森の実りで飢えを凌ぐことも、飲み水を確保することもままならない。
特に水の不足は深刻だった。
このままだと体力の少ない女の子チームから戦闘の継続が困難になるだろう。
案の定、体力の少ないメリーシアとハティナは疲れからか辛そうな表情をしている。
それからも僕たちは何日も移動を続け、ミラティラまで数キロに迫った場所で、また傭兵に襲われた。
「お前らに恨みはないが、お縄について貰うぜ!」
太った傭兵が叫びながら走って来た。
それを見て、イズリーが言う。
「やった! また来た! 殺り放題だねえ! 帝国は良いとこだねえ!」
そんな連続殺人鬼みたいな事を言いながら、太った傭兵に突撃する。
その傭兵には見覚えがあった。
「ご主人様、あの男は……」
ミリアが呟く。
「帝国一の傭兵! エルフの大盗賊団、アカシアを葬った伝説の男! 傭兵王テツタンバリンとは俺のこと──ぶへぇ!」
テツタンバリンだった。
勢いよく名乗りを上げたテツタンバリンの顔面に、勢いよくイズリーの鉄拳が突き刺さる。
「……あ。 そ、そーだ!
そんなことを言いながら、イズリーはミリアとハティナをチラッと見る。
そしてイズリーは「よっこいしょ」なんて言いながら、とっくに白目をむいて気絶したテツタンバリンを無理矢理持ち上げて、近くにあった枯れ木に立てかけてから言った。
「あ、あたしの攻撃をかわすとはやるな! あたしは
イズリーはもう一度、ミリアとハティナをチラッと見てから、すでに意識のないテツタンバリンの土手っ腹に鉄拳を打ち込んだ。
枯れ木がバキバキと音を立てて折れ、テツタンバリンと一緒にパタリと地面に倒れた。
それを見てイズリーが言う。
「……ふう。……よし!」
何が「よし!」だ。
一体、これはなんの茶番だ。
僕はイズリーの鉄拳を二度も食らったテツタンバリンに急いで駆け寄った。
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