第103話 恩
デュトワが宿舎を出てから、僕は王国選抜全員を叩き起こしてすぐに出立の準備に取り掛かった。
きっと、この宿舎はすでに監視されているだろう。
旅の支度を整えて、ほとんど着の身着のままの状態で馬車に乗り込み南門に向かう。
帝都の手前のカンタラの街で買った馬車を売らなくて正解だった。
ライカとニコ、それにムウちゃんと人数が増えたのだ。
元の馬車には乗りきれない。
聖騎士の護衛に囲まれて、僕たちは馬車二台を疾走させる。
途中、帝国騎士と思しき連中が立ち塞がった。
「止まれ! 王国選抜の方々とお見受けする! こんな夜分に何処に行かれる!」
そんな騎士に、イズリーが不思議そうな顔をして言う。
「どこって、王国に帰るんじゃんね?」
状況わかってんのかなこの娘は。
わかっちゃいないよなあ……。
なんてことを僕は考えていたが、その間にアスラが問いに答えた。
「訳あって我らは帰国する! 表彰式は我ら抜きでお願いしたい! 止めると言うならば、押し通るまでだが如何に!」
「ま、待て! 今、代官を呼んでいる! それまで、暫し待たれよ!」
やはり、宿舎はすでに監視の対象になっていたようだ。
ここで代官とやらを待っても時間を稼がれるだけだ。
強行突破する他ない。
僕の考えに気付いたのか、ライカが颯爽と馬車を降りて牙と名付けた曲剣を抜く。
「主様、ここはライカにお任せを。静かに、疾く、皆殺して見せます」
「殺すのはマズい!」
僕は言う。
「は! では、再起不能程度で!」
そう言ってライカは走り出した。
聖騎士やラファたちが続こうとするが、その時にはすでに帝国騎士のほとんどは倒れていた。
まるで風が吹き抜けるように騎士の隊列をするりと走り抜けたライカ。
帝国騎士たちがバタバタと順番に倒れていく。
攻撃が見えない。
速すぎる。
よく考えてみればそうなのだ。
ギレンがあれだけ強かったのと同じくらい、彼女は強いはずなのだ。
ライカもまた、戦鬼という特別なジョブを授かっているのだから。
帝国騎士、最後の一人が悲鳴を上げながら尻餅をつく。
ライカがその口を塞ぐようにブーツの裏で口を踏みつけた。
「モゴモゴ」
騎士は口を塞がれた状態で何か叫んでいる。
「……おい、貴様。演武祭で魔王様の勇姿を見ていないのか? 魔王様は仰せだ。沈黙こそ、尊ぶべき唯一の美徳だと。弱者は口をつぐみ、支配者たる魔王様の慈悲に縋る他ないのだ。この場合の慈悲とは当然、滅びだがな!」
そう言ってライカは徐々に騎士の顔を踏みつける足に力を入れていく。
バキバキと帝国騎士の歯が折れる音と、こもった絶叫が帝都の夜闇に響いた。
「主様! このライカ! ただいま帰還致しました! 任務完了であります!」
そう言って、ライカは僕に頭を押しつけてくる。
僕はたった今、目の前で繰り広げられた惨劇に背筋を凍らせつつ、ライカの頭を撫でる。
「……ひゃうぅ! 主様ぁ……」
護衛役の聖騎士たちがドン引きしているのがわかる。
「と、とにかく、先を急ごう」
アスラの号令の元、僕たちは南門までの道を進む。
「わあー! 見て見てシャルル! お星さまが綺麗だねえ」
イズリー……。
目の前であんな殺戮があったばかりだと言うのに、僕はイズリーのマイペースに呆れを通り越して尊敬の念を覚えた。
デュトワの言うように、何故か南門は開いていた。
見張りの門番達が、蝙蝠の紋章のあしらわれた黒いローブに身を包む魔導師たちに制圧されている。
帝国グリムリープ派の魔導師だろうか。
「デュトワ様から話は聞いている! 通るが良い!」
魔導師の一人が言った。
「すまない! 恩に着る!」
聖騎士の一人がそう言うと、魔導師の男は道に唾を吐き答えた。
「ふざけるな! デュトワ様の命なくば、王国グリムリープに加担するなど虫酸が走るのだ! とっとと通れ! そして二度と我らの前に現れるな!」
彼らには彼らの事情があるらしい。
僕はもう一度、デュトワに感謝した。
そして、無意識のうちに懐からコウモリの紋章を出して帝国グリムリープの魔導師に投げ渡した。
ヘルベルト爺さんに貰った、あの紋章だ。
「お前たちのことは覚えておく! 僕は王国グリムリープ家嫡男、シャルル・グリムリープ! デュトワに渡せ! 我らが始祖の紋章だ! この恩は忘れぬ! 危急の折には我らに伝えよ!
僕の投げた紋章をキャッチした魔導師が言った。
「……デュトワ様には伝えておく。……。カンタラの街は迂回せよ! 既に
「了解した! 重ねて恩に着る!」
グリムリープ派の魔導師は、迷いながらも僕たちに告げた。
僕たちは馬に鞭打ち、現在使われている街道から外れ旧街道を通ってミラティラを目指した。
途中、何度か襲撃に遭ったが、その奇襲は全てニコが事前に看破したことでこちらに被害は全く出なかった。
「ふふふ。アレで隠れたつもりだなんて、魔王さまの一行を舐めすぎですね。ねえ、姉さま?」
「え? ……い、いや! ま、全くだ! 全く全くその通り!」
ニコに急に話を振られてライカが言うが、おそらくライカは気付いてなかった。
というか、今知ったがライカは嘘をつく時に耳がパタンと閉じる。
なんだこの可愛らしい生き物は。
僕はこんな状況にあって、そんなことでほっこりしていた。
そして、もう一つ気付いたことがある。
二度目の襲撃の時、僕は聖騎士を襲おうとした襲撃者に魔法を放とうとしたが、起動しなかった。
僕は魔法とスキルを、全く使えなくなっていた。
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