第102話 コウモリのプライド

 ──目標制圧。


 ──全スキル、起動停止。


 沈黙は銀サイレンスシルバーはそう告げて、静かに眠りについた。


 冥府の魔導コールオブサタンが停止して、僕は自分の肉体に引き戻された。


 身体中がダルい。


 それに、自分の体内魔力を全く感じない。


 魔力切れのような感じだが、ここまで完全に体内魔力を感じないのは初めてだ。


 まるで、五感の一つを急に失ったかのような感覚。


 僕の身体に何が起こっているのかはさておき、勇者ギレンは首輪を赤くしたまま、闘技場の真ん中で気絶していた。


 闘技場は沈黙に包まれる。


 審判役の魔導師が、王国選抜の勝利を宣言した。


 会場からブーイングはない。


 かと言って、歓声もない。


 帝国民からしてみれば、ショックで声も出ないと言ったところだろう。


 自分たちの目の前で、自分たちの英雄が倒された。


 それも、敵国に属した魔王に。


 いつかは、自分たちの軍門に降るだろうと考えていた敵国に突如として現れた魔王。


 見下していた相手に、自分たちを遥かに超える英雄が現れた。


 その光景をまざまざと見せつけられて、観客たちは言葉を持たない。


 僕に絶望を視たのは、勇者だけではなかったみたいだ。


「シャルルー! やったー! 優勝だー!」


 イズリーが駆けて来て僕に抱きつく。



「シャルル君……いや……魔王様、我らの忠誠を貴方に」


 ラファたち、王国騎士選抜の面々が僕の前に来て跪く。


「やめてくれ。……ガラじゃないよ」


 僕はイズリーを首に巻き付けたまま答える。


 王国選抜の面々が、観客席から駆けて来て僕の周りに集まる。


「ぎゃあああああ! ご主人様あああああ!」

 

 ミリアが壊れた様子で僕に抱きつく。


 それを合図に、王国選抜は互いの健闘を称え合った。


 観客席を見る。


 ハティナはすでに興味を失くしたように、読書に興じている。


 カーメルがそのすぐ近くで昼寝をしていた。


「やれやれ、蓋を開ければ君の独壇場だったね」


 アスラが言う。


「所々、やりすぎましたけどね」


 僕は答えた。


「ま、計画通り世界に魔王を印象付けられたんだ。良しとしようじゃないか」


 アスラは片目を閉じてそう言った。


 そうして、僕とアスラは笑い合う。


「何故だ!」


 ギレンの声が飛ぶ。


 目を覚ましたのだろう。


 ダメージは首輪が肩代わりした分、回復も早い。


「何故、魔王なんだ! どうして余じゃない? 余は勇者だ! 世界に唯一のジョブ! 魔王を倒すためのジョブ! 何故お前が勝つんだ! おかしい! 間違っている! 神よ! 何故、何故、余ではない!」


 ギレンは喚く。


 皇族としての見栄も、勇者としての面子もかなぐり捨て、まるで子供が駄々をこねるように叫ぶ。


 僕はギレンに言う。


「ジョブや血筋を抜きにして、アンタに一体何が残る? ギレン。あんた、ソレしかないんじゃないか?」


「それ以上に何が必要だって言うんだ! 世を統べるのは人! ならば! 高貴な血統と強大なジョブ! それ以上に大切なモノなど──」


「だからこそ、あんたは負けて地に這いつくばったんだ。世を統べるのが人なら、支えるのも人だ。最初から間違ってるんだよ。世を統べるのは、相手を屈服させることだけじゃない。それに、人間の価値を決めるのは血筋やジョブなんかじゃない。……今のあんたには、わからないだろうがな」


「どこまでも余を愚弄しおって! 貴様──」


 ギレンは僕に食ってかかろうとする。


「殿下!」


 いつからいたのか、デュトワがギレンの腕を掴んで止めた。


「無礼者が! 離せ、グリムリープ! 不敬だぞ!」


「オレたちは負けたんですよ! これ以上、帝国の誇りを傷つけるべきじゃない! オレたちは……敗れたんです」


「ぐっ……。クソ!」


 ギレンは項垂れ、力なくへたり込んだ。


 そして、デュトワに肩を貸された状態で去っていく。


 デュトワは僕を振り返り、目が合った瞬間、一度だけ頷いた。


 

 宿舎に帰ると、すぐに王国選抜勢での祝勝会が始まった。


「この度は! ボスの活躍によって──」


 ミキュロスがグラスを掲げて演説を始める。


「ニコちゃん! これ、美味しいねえ」


「ありがとうございます、イズリーさま! このお料理はわたくしたちの国に伝わる料理なんですよ」


「へー! うんまい! ぜ、ぜ、絶、なんだっけ、絶倫? だね!」


「やれやれ、それを言うなら絶品だと……いや、何でもない」


「ご主人様! まさかまさかまさか、アレほど美しい魔法を隠し持っておられたとは、このミリア、ますます心酔致しましたわ!」


「主様! この牛の言うことはもっともです! このライカ、絶対の忠義を貴方に!」


「人を家畜か何かと一緒にしないで下さいまし!」


 誰もミキュロスの話を聞いちゃいなかった。


 彼、一応、王子様なんだけど……。


「──で、あるからして! 魔王であらせられるボスとその勝利に! 乾杯!」


「……うるさい」


「あ、はい」


 ハティナにミキュロスが怒られた。


 彼、一応……いや、もういいや。


 考えるのはやめよう。


 宴は夜遅くまで続いた。


 

 夜も更け、月も陰る頃。


 デュトワが宿舎を訪ねてきた。


「悪いな。こんな夜更に」


 デュトワは僕にそんなことを言う。


 彼の表情は曇っていた。


 何か思うところがあるかのように。


「……ギレンは?」


 落ち着きのない様子で、膝を揺らすデュトワに、僕から水を向けた。


「……荒れてるよ。ご自慢だった特別なスキルを三つも奪われたってな」


「……そうか」


「……」


「……アイツも、失って気付けばいいんだがなあ」


 僕の無意識から溢れた独白に、デュトワが口を開いた。


「あの人に無くて、お前にあるもの。今ならオレにもわかる。……だから、これからはオレがあの人を支える」


「……! ……そうか」


 正直、驚いた。


 僕は、デュトワはギレンを良く思っていないと考えていたからだ。


 デュトワは何かを決心したように、小さく頷いてから言った。


「……お前たち、今すぐ帝都を出ろ」


「……今すぐ? でも、明日は表彰式があるって聞いたが……」


「このまま帝都に残れば、お前ら全員殺されるぞ」


「……?」


「いいか。お前はやり過ぎた。勇者を倒した王国の魔王。この構図は帝国にとって痛すぎる。つまり──」


「手が出せなくなる前に、始末しようと?」


「早い話がな」


「そんなことすれば、周囲の国から反感を買うんじゃないか?」


「表向きはそうだろうな。しかし、お前が脅威になり得るって話は、何も帝国に限った話じゃない」


「他国も迎合すると?」


「少なくとも、ウチの上層部はそう考えている。そして、不死隊サリエラが動き出した。演武祭に出てた候補生じゃない、本隊だ」


不死隊サリエラ……。僕たちをどうしたって逃がさないってわけだ」


「ああ。だから、すぐに支度しろ。今から二刻後に南門が一瞬だけ開く、帝都を出るならそのタイミングしかない」


「デュトワ……お前、変わったな」


「……かもな。……親友であるアナスタシア・ワンスブルーと自らの信義のために帝国を裏切ったエリファス・グリムリープの血が、オレにも流れちまってんだろ。じゃなけりゃ国を裏切るような、こんな真似……」


「わかった。……デュトワ、お前も一緒に来ないか? この情報を漏らしたこと、いつかバレるんじゃないのか? そうしたら、お前は……」


「いや、オレは残る。これ以上、帝国グリムリープの血筋に汚点は残せない。それに、オレはギレン殿下を支えるって決めたんだ」


「……デュトワ」


「お前が魔王って知って、お前の実力を知って、オレは神を恨んだよ。何故、オレじゃないのか。何故、オレを選ばなかったのか。よりにもよって、王国グリムリープのヤツを選ぶなんて……。でも、お前と仲間の関係性を見ているうちに、わかったんだ。お前が選ばれたのには理由がある。だからこそ、オレは帝国で出来ることをする。オレが殿下を変えて、王国との関係性も変える。オレは神に選ばれなかったが、それでも自分で勝ち取ることは……出来るはずだろ?」


「ああ。デュトワ。……必ず出来るさ。僕は王国を変える。お前は帝国を変える。そうすれば……」


「……ああ」


 デュトワの決意の表情を見て、僕は最後に一つだけ質問する。


 彼が何と答えるかはわかってる。


 それでもこの答えは、彼自身の口から聞きたかった。


 いつかのデュトワのウォシュレット君への問いのように。


「何故、僕に情報を?」


 デュトワは笑って答えた。


 シンプルに。


 端的に。


 グリムリープらしく。


 堂々と。


「それはオレが、コウモリだからさ」

 

 

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