第101話 銀色の美徳

 沈黙は銀サイレンスシルバー冥府の魔導コールオブサタンを起動させる。


 僕はまるで酔っ払ったかのような浮遊感を覚える。


 僕の肉体が、僕自身による支配から解放されていく。


 僕が自身の肉体の自由の全てを失った頃、入れ替わるように冥府の魔導コールオブサタンが僕の身体を支配する。


 冥府の魔導コールオブサタンは、ゆっくりと確かめるように僕の手を開き、そして小指から順に握りしめた。


 沈黙は銀サイレンスシルバーが告げる。


 ──冥府の魔導コールオブサタン──


 ──起動完了。


 ──新魔法生成──


 ──新魔法生成──


 ──宵闇の天翼スカイハイ


 ──冥轟刃アルルカン


 ──起動。


 僕は自分の中で勝手に行われるソレに驚愕した。


 沈黙は銀サイレンスシルバーが勝手に新魔法を生成したのだ。


 しかも、魔法に名付けまで。

 

 沈黙は銀サイレンスシルバーが魔法を創り出したのは初めてじゃない。


 懲罰の纏雷エレクトロキューション沈黙は銀サイレンスシルバーが創り出した魔法だ。


 それでも、起動や名付けは僕の意思だった。


 しかし、今回は違う。


 まるでギレンとの戦いに必要な魔法を揃えるかのように、次々に魔法を編み出した。


 僕の持つソフィーから、雷剣が消え、真っ黒な刃が出る。


 冥轟刃アルルカンだろう。


 そして、僕の背中からまるで蝙蝠の翅のような翼が生える。


 宵闇の天翼スカイハイ


 闇魔法による重力の翅。


 それぞれの魔法がどんな権能なのかが沈黙は銀サイレンスシルバーから僕の意識に流れてくる。


 この翼で空は飛べない。


 しかし、沈黙は銀サイレンスシルバーは必要だと考えて創り出したのだ。


 漆黒の羽の生えた魔導師、その手には黒く輝く闇の剣。


 ……マジで魔王じゃないか。


 いや、こんなのもう、バケモノやもののけの類。


 僕の、色々な方面への心配など歯牙にもかけないように、冥府の魔導コールオブサタンが僕の身体を操ってギレンに突撃する。


「き、急になんだ? 不気味な!」


 ギレンが剣を振りかぶって斬撃を飛ばす。


 僕の黒い羽がこの身を守るように僕を覆って、勇者の斬撃を吸収した。


 ギレンの斬撃が、まるで溶け込むように翼に流れて僕の魔力に加算される。


 宵闇の天翼スカイハイ


 飛ぶための翼ではない。


 攻撃を吸収し、自身の魔力に変換してしまう闇魔法だ。


 そのまま、僕はギレンを斬りつける。


「無駄だ! 未来は……!」


 冥轟刃アルルカンを受けようとしたギレンの剣を黒い刃が擦り抜けて、軌道上にあったギレンの左腕もそのまま通過する。


 冥轟刃アルルカン


 斬る為の刃じゃない。


 そんなものは雷刃グローザで充分。


 この魔法は、僕なりに言えば呪いの剣。


 束縛の剣。


 皮肉な話だよな。


 束縛を嫌い、自由を求め、奴隷にすら自由を与えようって僕が、こんな魔法を創り出すなんて。


 冥轟刃アルルカンが放つのは、束縛の斬撃。


 ギレンの剣と左腕。


 冥轟刃アルルカンの通過した場所に闇魔法による枷が現れる。


 まるで黒鉄の腕輪。


 斬った、いや、冥轟刃アルルカンが通過した部分に、超重量の枷を付ける闇魔法だ。


「……な! お、重……!」


 超重力を放つ枷が、ギレンからスピードを奪った。


「くそ!」


 ギレンは重さに耐えきれず剣先を地に付けた。


 ──新魔法生成──


 沈黙は銀サイレンスシルバー、いや、沈黙は銀サイレンスシルバーさんと呼ぼう。


 コイツはまだまだ充分だとは考えていないらしい。


 そのまま、新魔法を創り出しながらギレンに斬りかかる。


「くそ! 未来が視えない!」


 ギレンは深謀の魔導エルロックによる先読みが出来ていない。


 おそらく、今、僕を操っているのはスキル。


 つまり、僕自身の意思じゃない。


 未来を視る。


 突き詰めればそれは高度な演算。


 深謀の魔導エルロックはおそらく自動発動型のスキル。


 自動発動型のスキルには何かトリガーになる『きっかけ』が必要だ。


 至福の暴魔トリガーハッピーの怒りや、沈黙は銀サイレンスシルバーの起動に必要な、僕自身の魔法起動の意思のように。


 さらに『自らに関わる未来』だけが読める力なのだとすれば、それは自分に対する敵意や殺気がトリガーになっているはず。


 で、あれば。


 スキルそのものによる挙動は見抜けない。


 およそ、人間相手とは本質が違うのだから。


 スキルはただただ、自らの役割に従う。


 すなわち、殺気も殺意もない。


 それこそ機械的に、相手を攻撃するのだから。


 僕の黒い斬撃がギレンを翻弄する。


 動きの鈍ったギレンは回避するので精一杯だ。


 僕が再びギレンに直進した刹那、ギレンは重くなった剣を振りかぶり、狂乱の猛勇キリングジョークで威力の増した斬撃を飛ばす。


 この威力は、さすがに宵闇の天翼スカイハイを破られる。


 僕がそう思うより速く、僕──と言うより、冥府の魔導コールオブサタンが──宵闇の天翼スカイハイを地面に突き刺して僕の身体を無理矢理、真横に移動させて回避した。


 まるで物理法則を無視した僕の動きに、ギレンは驚愕している。


 スキだらけのギレンの右手と両足に黒い枷が嵌められる。


 そのタイミングで沈黙は銀サイレンスシルバーが告げてくる。


 ──新魔法生成完了──


 ──堕落の十字架サザンクロス


 ──起動。


 そのまま後方に飛び退いてから、僕を操る冥府の魔導コールオブサタン沈黙は銀サイレンスシルバーの指示するままに左の掌を地面に置く。


 そしてその掌をスッと上に上げた。


 地面から引き抜かれるように現れる、真っ黒な十字架。


 そのまま大きさを増しながら、十字架は3メートル程の高さに浮かぶ。


 僕の周りでは自動発動した纏威圧制オーバーロウが無差別の超重力を発生させている。


 奢り、傲慢、慢心。


 勇者の罪を裁くかのような十字架。


 ギレンの枷が、十字架に引っ張られるように彼を引きずって、抗う彼を空中に磔にした。


 闘技場の真ん中で、勇者ギレンは漆黒の十字架に架けられた。


 ──捕縛完了──


 勇者に向かって、ソフィーを持たない方の僕の指先から界雷レヴィンが飛ぶ。


「クソ!」


 ギレンは慌てて魔城フォートレスを起動する。


 その瞬間、沈黙は銀サイレンスシルバーが、十字架からギレンに僕の魔力を通す。


 ──簒奪の魔導アルセーヌ 起動──


 ──魔城フォートレス深謀の魔導エルロック狂乱の猛勇キリングジョーク、簒奪完了──


 ……。


 ……えー。


 ……奪っちゃった。

 

 僕があれだけ苦労したギレンのスキルを、沈黙は銀サイレンスシルバーさんは容易く奪ってしまった。


「な! よ、余からスキルを! き、貴様……」


 ──冥轟刃アルルカン


 ──起動停止。


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー──


 ──起動。



 漆黒の刃を引っ込めた僕のソフィーから雫が垂れる。


「よせ、よせよせよせ! やめろ!」


 凝縮された電気の雫が地面に堕ち、そして姿を消す。


 十字架に架けられた状態でギレンは喚く。


「余は勇者! 皇太子! 未来を視るもの! 神の申し子! 余は負けられぬ! やめ、やめろ、やめてくれ! やめ──」


 冥府の魔導コールオブサタンが何故か、僕の唇の前に人差し指を立てた。


「黙レ。脆弱ナル者。沈黙コソ、尊ブベキ唯一ノ美徳」


 沈黙は銀サイレンスシルバーだろうか。


 それとも冥府の魔導コールオブサタンか。


 僕の口を勝手に使って、僕のスキルがギレンにそう言い放った。



 至福の暴魔トリガーハッピーが、今まで溜め込んだフラストレーションを一気に放出するかの様に、帝都の空に再び雷花を咲かせた。


 

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