第100話 未来

「自分のスキルの秘密を明かすなんて、大盤振る舞いじゃないか」


 僕の言葉にギレンが答える。


「ふふふ、ふはははは! 君が無詠唱を使うように、余は別の手段を使うだけだ」


「手の内を明かすことで、力が伸びるタイプのスキルか……」


 そんなスキルを僕は知ってる。


 モノロイの巌骨一徹スタボーン


 巌骨一徹スタボーンは、発動条件として名乗りと被弾という枷を持っている。


 これまでの僕とギレンのスキル構成を考えれば、おそらく沈黙は銀サイレンスシルバーと対をなすスキルだろう。


「その通り。余の持つ特別なスキル。雄弁は金ゴールデンオラトリーの権能さ。スキル名を相手に伝えることで、余のスキルは格段に効力を飛躍させる。勇者に相応しいスキルだとは思わんか? 手の内を明かせば明かすほどに、余は強くなる」


「……同感だ。ナルシスト野郎にぴったりな能力だよ」


「……」


 ギレンは顔に露骨なまでの怒りを浮かべる。


 そして、そのまま僕に突っ込んできた。


 僕は雷刃グローザ懲罰の纏雷エレクトロキューションを使って迎撃する。


 身体能力ではギレンの方が当然の如く上だ。


 さらに深謀の魔導エルロックで僕の動きは先読みされる。


 僕の攻撃は看破され、逆にギレンの攻撃は僕を追い詰める。


 未来を観る。


 わかっちゃいたが、とんでもない権能だ。


 魔法を放っても、最小限の動きで躱されてしまう。


 そればかりか、さらに先の手を打たれてより窮地に陥るばかり。


 ……不味いな。


 僕は心の中で毒吐く。


 どうやっても勝ちきることは難しい。


 あちらは手の内を明かすことにメリットがあるけど、こちらにはデメリットしかない。


 魔法を使えば使うほど、僕の手札は明るみになる。


 僕の中で至福の暴魔トリガーハッピーか唸る。


 ……そうだよな。


 小手先の攻撃が通じないんだったらもう、力技で押し切るしかないよな。


 僕は雷刃グローザ懲罰の纏雷エレクトロキューションで力の増した雷魔法をギレンに放つ。


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー──


 雷刃グローザで造られた雷剣の先から、電気の雫が落ちる。


 ギレンは横っ飛びして地面から舞い上がる雷を躱した。


 まだまだ、終わらせない!


 僕は連続で震霆の慈悲パラケストマーシーを放つ。


 しかし、その全てをギレンは躱しきった。


 深謀の魔導エルロックによる予知能力で、起動までにタイムラグがある震霆の慈悲パラケストマーシーでは命中しない。


「どんなに強力な魔法を使っても、当たらなければ何も問題はあるまい?」


 赤いロボットに乗った仮面の人みたいなことを言うギレン。


 そのままギレンは魔法を放ってくる。


「燃やし尽くせ! |紅蓮弾クリムゾン!」


 王国の上級火魔法、流星火球フォーリンメテオ クラスの帝国火魔法だ。


 雄弁は金ゴールデンオラトリーで強化されたそれは、アスラの流星火球フォーリンメテオ より規模が大きい。


 僕は魔力を廻して魔塞シタデルで防ぐ。


 ──簒奪の魔導アルセーヌ ──


 ──起動。


 紅蓮弾クリムゾンを奪って沈黙は銀サイレンスシルバーが保存した。


「スキルだけでなく魔法もか!」


 僕は思った。


 やはり、ギレンの深謀の魔導エルロックは『自分に関わる未来』しか視えていない。


 簒奪の魔導アルセーヌ からの簒奪を先読みするスキルが、紅蓮弾クリムゾンを奪われることを見抜けないわけがない。


 簒奪の魔導アルセーヌ でギレンの防御スキルである魔城フォートレスを奪おうとした時、そして先ほどの震霆の慈悲パラケストマーシーはギレンに向けられた攻撃だ。


 つまり、僕の推測通りギレンは自分に向けられた未来は視れる反面、自分からのアクションに関しては未来が視えない。


 とは言え、僕に攻め切る手段があるかと言えば、答えに詰まる。


「お互いに手詰まりかな?」


 ギレンが言う。


「……」


 僕は何も答えない。


 図星だからだ。


「ならば、余がこの膠着状態を打開してやろう」


 ギレンはそう言って、自らの剣を指で撫でる。


「本来なら余の感情に左右されるスキルだが、不幸にも貴様はすでに十分なほど、余を怒らせた! 我が憤怒よ! 刃と成りて咎人を斬れ! 魔王よ! 神の怒りを知るがいい! 狂乱の猛勇キリングジョーク!」


 ギレンの剣に魔力が通った。


 通し……か?


 やってること自体は通しそのものだが、ギレンは四則法を知らないはずだ。


 つまり、何かのスキルで剣を強化したのだろう。


 ギレンは一足飛びに僕に向けて剣を振り下ろす。


 僕のソフィーからから伸びた雷剣がそれを防ぐ。


 一閃。


 二閃。


 剣を交える。


 ギレンは構わずに袈裟斬りに僕に斬りつける。


 ギレンの口元が緩む。


 ──ゾクッ。


 僕の背筋に悪寒が走る。


 受けようとして前に出した雷剣を咄嗟に引っ込めて身体を捻って避ける。


 僕の頬のすぐ横を、風を斬りながらギレンの剣が掠める。


 

 ──ズバッ。


 そんな音を立てながら僕の後方、斬撃の直線上にある闘技場の壁に亀裂が走った。


 斬撃を飛ばしやがった!


 慌てて僕は距離を取る。


「くくく。余の攻撃を読み切ったか? 流石に魔王のジョブを持つだけあるな? これが狂乱の猛勇キリングジョークの権能だ。斬れば斬るほど、余の斬撃は切れ味を増す。空気すら切断するほどに!」


 ギレンは勝ち誇るように言う。


 至福の暴魔トリガーハッピーの物理バージョンか。


 参った。


 これはまずい。


 こちらの攻撃が当たらない以上、距離を保つ方が良いが、狂乱の猛勇キリングジョークでその距離のアドバンテージすら崩された。


 どうする。


 どうする……?


 困り果てた僕はふとハティナに目をやる。


 彼女は相変わらずの仏頂面。


 そんなハティナが、僕の視線に気付いてコクリと頷く。


 僕は彼女の言葉を思い出す。


『きっと……答えはとてもシンプル』


 僕は覚悟を決める。


 無い頭を使ってウダウダ考えるのはもうやめた。


 未来が視えるって言うなら、相応しい未来を視せてやる。


 単身、魔王に挑んだ哀れな勇者に訪れる、相応の未来を。


 僕の中で至福の暴魔トリガーハッピーが求める。


 怒りの発露を。


「ふはははは! もう終わりか? 魔王シャルル・グリムリープよ! 未来が視える余には、何人たりとも勝てはせぬ!」


「……未来ね」


「……?」


「今まで、随分とゴキゲンな人生を歩んで来たらしいな? 勇者さん。今までお前が視てきた未来ってのは、ソレのほんの一面でしかねえんだよ。未来はいつだって残酷で、俺たちのことを嘲笑う。未来ってのは、お前に都合のいいシナリオのことを言うんじゃない。俺が今から視せてやる。……未来のもう一つの側面。……巷じゃ、……そう。絶望って呼ばれてるアレだ」



 せいぜい足掻けよ。


 愉しんでやるから。


 救いを求めろ。


 その時は与えてやる。


 覆ること無き絶望を!


 

 シャルル・グリムリープが詠う。


 百鬼夜行を束ねし王。


 魑魅魍魎を統べし悪。


 冥府より昇り滅びを与えよ。


 狂気に身を染め、鮮血で地を染めよ。


 起動。


 ──冥府の魔導コールオブサタン

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