第98話 不死隊

 ギレンが王国騎士たちを倒している頃、アスラたち王国魔導師も苦戦していた。


 不死隊サリエラが思いの外強かったのだ。


 イズリーはかなり優勢に戦っているが、それでも戦況は膠着している。


 アスラとウォシュレット君は不死隊サリエラ相手に二対二の状況に持ち込んでいる。


 アスラとウォシュレット君の周りに、火の玉と水の玉が浮かぶ。


 防御スキルで互いを守りながら、不死隊サリエラ相手に魔法を打ち込んでいる。


 メリーシアが隙を突いて泥濘の抱擁ラヴスムーチュを撃つが、全て躱されてしまう。


 不死隊サリエラは一人一人がラファと同格と言えるほどに強い。


 彼らは構成員の全てが狂戦士というジョブだ。


 火力に特化した戦士職。


 魔力はほとんどないが、痛みや恐怖を完全に克服するという特性を持ったジョブだ。


 スキルではなく、ただただ己が膂力だけで戦う。


 体内魔力の感知にも引っかかることがないので、暗殺や隠密には長けたジョブらしい。


 そうこうしてる内に、最初にメリーシアによって動きを止められていた不死隊サリエラが戦線に復帰した。


 そして、そのままメリーシアに襲いかかる。


 メリーシアは水の魔法を不死隊サリエラに命中させたものの、それは粘着魔法ではなかった。


 不死隊サリエラの斬撃は無情にもメリーシアを襲い、彼女をリタイアさせる。


 一方、イズリーは不死隊サリエラの独特なリズムから繰り出される剣技に翻弄されている。


 まるでイズリーの動きを察知するかのように、彼女の死角から斬撃が飛んでくるのだ。


 今はポチとタマで防ぎ切っているが、コレではいずれ……。


 イズリーはしばらくの間、不死隊サリエラの変幻自在の剣術に撹乱されていたが急にポンと手を叩いて言った。


「あー! そーゆーことか! にしし、わかったぞー! もうその剣のやつ、あたしには効かないよー!」


 そんなことを言いながら、イズリーは言う。


「それさあ。順番決まってるでしょ? 何個かパターンがあって、あたしの動きに合わせて技を順番に出してるんだ! にしし、知ってるよー。それ、かうんたあって言うんだよね。カーメルくんが言ってた!」


 そうして、イズリーはピタリと動きを止めた。


 酔拳を使うのかと思ったが、そんな様子もない。


 不死隊サリエラの動きも同時に止まる。


「ならさあ。動かない相手にはどうするのー? ねえねえ。どうするー? ねえねえねえ!」


 そんな彼女の言葉に、焦れた不死隊サリエラが上段から剣を振りかぶった。


 ピタリ。


 そんな言葉が相応しいだろう。


 不死隊サリエラの剣閃がイズリーの鼻先で止まる。


 イズリーは右手の人差し指と中指の間で、白刃どりのように剣を捕まえた。


「にししー、おっしまーいでーす!」


 イズリーの左手が不死隊サリエラの顔面に突き刺さり、銀の仮面を砕いた。


 そのまま不死隊サリエラの戦士は10メートル以上吹き飛び、首輪を赤く染めた。


「よーし! 次は勇者だー!」


 イズリーはそう言って勇者ギレンのいる方向に突っ込んでいく。


 ……アスラたちを助けるという選択肢は、彼女には元よりないらしい。


 アスラとウォシュレット君はかなりの苦戦を強いられていた。


 メリーシアが脱落し、相手の不死隊サリエラが一人増えたのだ。


 アスラが炎獅子の舞ライオンダンスを使って状況を三対三に持ち込む。


 この世界では昔から、戦士と魔導師のどちらが強いのかという議論が幾度となくされてきたらしい。


 しかし、未だ答えは出ていない。


 魔導師と戦士が戦うというシチュエーションは枚挙にいとまがない。


 それでも、やはり魔導師には魔導師の、戦士には戦士の長所あるいは短所がある。


 必ずしもどちらかが有利ということはないらしい。


 有能な学者たちが考えても答えが出ないのだ、その正解を僕なんかが導き出せるとは思わないが、それでも予測くらいは立つ。


 戦士と魔導師の強さを測る一つの指標、それは距離だろう。


 詠唱が必要な魔導師にとって、接近戦は本来苦手な状況だ。


 逆に、遠距離攻撃の手段を持たない戦士職は魔導師との距離が離れれば離れるほど不利になる。


 つまり、魔導師と戦士の勝負は戦闘開始時点での互いの距離によって変わる。


 それが僕の見立てだ。


 アスラは何とか不死隊サリエラと距離を離したがっているが、不死隊サリエラはアスラとウォシュレット君に密着するように戦っている。


 戦士による魔導師の攻略法としては、正攻法と言えるだろう。


 アスラとウォシュレット君は互いに背中を預け合って呪文を放つ。


 アスラが炎獅子の舞ライオンダンスで創り出した炎の巨人が、不死隊サリエラの一人を足止めし、ウォシュレット君が水刃エッジ不死隊サリエラを攻撃する。


 しかし、不死隊サリエラに、その俊敏な動きで全て躱されてしまう。


 アスラとウォシュレット君の猛攻を潜り抜け、別の不死隊サリエラの一人がアスラに襲い掛かる。


 アスラは陽蟒蛇プロミネンスでその不死隊サリエラを縛り上げた。


 急にアスラのワンドから伸びた炎の鞭。


 それを躱すことは流石に出来なかったように思えたが、彼らの狙いは違ったらしい。


 その不死隊サリエラを囮にして、アスラの背後からもう一人の不死隊サリエラが剣を振りかぶる。


 メリーシアの水魔法を浴びた不死隊サリエラだ。


「……!」


 が、しかしその剣はアスラに振り下ろされることはなかった。

 

 急にその不死隊サリエラは苦しみだし、その場にへたり込んで首輪が赤く光った。


 リタイアして退場したメリーシアが不敵に笑っている。


 毒だ。


 メリーシアが最後に放った魔法。


 アレが粘着魔法の泥濘の抱擁ラヴスムーチュでなかったのは、彼女が自分の魔法に毒を仕込んだからだろう。


 メリーシアの置き土産により、アスラは守られた。


 そして、アスラの陽蟒蛇プロミネンスに捕まった方の不死隊サリエラも首輪が赤くなった。


 これで巻き返した。


 二対一の状況になった王国魔導師が、負ける道理はなかった。


 炎獅子の舞ライオンダンスの巨人が最後の不死隊サリエラを捕まえて握り潰す。


 帝国選抜の不死隊サリエラは全滅した。


 とは言え、戦況は不利だ。


 王国騎士は全滅。


 メリーシアも失った。


 こちらは魔導師が四人。


 相手の魔導師の数は五人、それに勇者ギレン。


 この戦い、これからが一番の正念場だろう。


 なんて僕が思いながらふとイズリーを見る。


「勇者ギレン! かくご!」


 そう叫んだイズリーがギレンに直進する。


「魔王の守護者か! まずはお前から敗北を与えてやる!」


 そう叫んだギレンのすぐ側をイズリーがダッシュで素通りする。


 彼女は勇者は無視して帝国魔導師を襲い、片手で魔導師の顔面を掴み地面に打ちつけ、その勢いのままにもう一方の手で別の魔導師を殴り付けた。


 イズリーによるまさかの奇襲が、帝国魔導師二人をリタイアさせた。


 ギレンが戸惑ったような顔をしている。


「にししー、ひっかかったなー! 戦いの時は弱いやつから倒すんだよって、じい様が言ってた!」


 マジでか……。


 イズリーが策を巡らすなんて……。


 明日はこの広大な砂漠に、雪が降るのではないだろうか。


 僕は彼女のその頭を、戦闘以外にも使ってはどうだろう。


 そんなことを思った。



 

 

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