第97話 勇者

 ギレンは叫んだ。


「我こそが、勇者ギレン! 天命は降った! 勇者の名において、魔王を討伐する!」


 闘技場は沸いた。


『帝国万歳!』

『勇者様! ギレン様!』

『王国なんぞ滅ぼしちまえ!』

『魔王を殺せ!』

『王国なんて雑魚だ!』

『王国勢を血祭りにあげろ!』


 円形に広がる観客たちから、勇者への賛美と魔王への罵言が飛ぶ。


 メリーシア以外の王国選抜が尻込みしたのがわかる。


 彼らに向けて僕は言う。


「……敵国なんだ。この程度の罵詈雑言で気落ちするな。安心しろよ。僕が必ず勝たせてやる。……お前らには、魔王がついてる」


 僕の冷淡な声で、王国選抜に気勢が戻る。


 ブーイングは辛いよな。


 わかるよ。


 僕もそうだったから。


 けど、今は違う。


 今はもう、違う。


 僕は慣れている。


 王国でだって、僕には罵詈雑言が飛んできた。


 誹謗を浴びせられた。


 中傷に曝された。


 ……で?


 だから何だって言うんだ?


 他人の言うことなんか、いちいち聞いていられるか。


 他人の言うことなんか、いちいち気にしていられるか。


 僕を嫌いな人。


 僕を恨む人。


 僕を蔑む人。


 僕を羨む人。


 僕を見下す人。


 僕を噂する人。


 そんな奴らは、全員モブだ。


 僕にとっては、真夏の公園でたかってくる藪蚊と変わりはしない。


 僕は叫んだ。


「勇者ギレンよ! よくぞ、おじけることなく魔王の眼前に立った! 貴様の勇気だけは称えてやろう! ……が、しかしだ! 貴様のそれは蛮勇と変わらぬ! 古来より勇者が単身で魔王を倒した事例は……ない!」


 僕の叫びと同時に戦端は開かれた。


 王国選抜の騎士たちが、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら駆けていく。


 それに対して、帝国の騎士選抜の装衣は黒い軽装だ。


 帝国軍には、王国でいう聖騎士のような特殊な戦闘部隊があるらしい。


 どんな苛烈な任務でも平然と成し遂げ、戦となれば例え手足を失っても戦い続けるそうで、この部隊の武名と悪名は北方諸国の隅々まで響き渡っている。


 ……当然、僕は知らなかったが。


 ……当然、ミキュロスからの情報だが。


 その恐怖の象徴ともされる奇抜な衣装。


 黒装束に黒い革鎧。


 防御などかなぐり捨て、機動力と隠密性能のみを追求した装備に、まるで煉獄に繋がれた死者の様な銀の仮面だけが怪しく煌めく。


 帝国が誇る最強にして最恐の戦闘集団。


 不死隊サリエラ


 帝国選抜の騎士たちは、その候補生だそうだ。


 まるで野を駆ける風のように、四人の不死隊サリエラは王国騎士を無視して素通りし、僕たち王国魔導師の元に駆けてきた。


「我々を直接狙って来るぞ!」


 アスラの掛け声に、いち早くイズリーが飛び出した。


「きゃっほー! ぶっ殺ーす!」


 不死隊サリエラの一人をイズリーが相手どる。


 他の三人の不死隊サリエラはそれを無視して突っ込んできた。


泥濘の抱擁ラヴスムーチュ!」


 メリーシアの粘着魔法が不死隊サリエラに飛ぶが、一人がそのまま泥濘の抱擁ラヴスムーチュに自ら当たりにいき、他の二人を逃した。


 アスラとウォシュレット君が不死隊サリエラの二人を相手に戦いを始めた。


 僕は後方に下がって戦況を見守る。


 帝国魔導師に突進していった王国騎士たちの前に、ギレンが立ちはだかった。


「我が眷属を見せよう! 勇者ギレン・マルムガルムの呼び声に応じ、顕現せよ! 偶像崇拝パペットショウ!」


 ミキュロスの情報通り、ギレンは自らの行使するスキル名を叫んだ。


 本来なら詠唱は小声で唱えるか、仲間に聞こえる程度に留めるものだ。


 スキル名がバレるなんてのは、手札を公開するような行為に等しい。


 ギレンの圧倒的な自信の現れだろうか?



 ギレンの目の前の地面が盛り上がり、3メートル程の巨人が造られた。


 ゴーレムだ。


 聞いたことがある。


 ミキュロスじゃないぞ。


 学校で習ったんだ。


 木や土あるいは砂なんかで造られた魔導人形。


 戦時なんかでも、前衛が不足している魔導師なんかはゴーレムを前で戦わせたりするらしい。


 本来は、魔道具という括りだ。


 それを、ギレンはスキルで創り出した。


 ゴーレムは偶像操作ドールプレイなんかの操作系スキルが無いと動かせない。


 どうやら、ギレン自身は操作系スキルを持っていないらしい。


 彼の後方の魔導師が操作系スキルでゴーレムを操って王国騎士を襲わせている。


 僕はその光景に、『神』の意思を感じた。


 おそらく、ギレンが使った偶像崇拝パペットショウ


 このスキルは、僕が偶像操作ドールプレイを持っているという前提で彼に与えられたスキルだろう。


 操作系のスキルが無ければ、ゴーレムなんて物は動きもしない土人形でしかないからだ。

 

 偶像操作ドールプレイとまるで対をなすかのようなスキル。


 ギレンが造り、僕が操る。


 それを想定してのスキルだろう。


 『神』は本気で、僕と勇者が協力することを想定していたんだ。


 人間が作りだした世界の情勢が、それを許さなかったが。


 僕は王国騎士たち相手に暴れるゴーレムに偶像操作ドールプレイをかける。


 僕の魔力が浸透して帝国魔導師の操作系スキルを侵食していく。


 ──簒奪の魔導アルセーヌ ──


 ──起動。


 帝国魔導師から、傀儡糸ワイヤーというスキルを奪った。


 ゴーレムは僕の手に落ち、くるりと踵を返して帝国魔導師を襲う。


「ゴーレムの主導権を奪ったか?」


 ギレンは余裕の表情のまま、背中から一振りの直剣を抜き、ゴーレムを一刀両断にした。


「余のスキルで造られたゴーレムで、余を害せると思ったか!」


 ゴーレムの後ろから王国騎士達が一斉にギレンに飛びかかるが、聖騎士見習い四人を難なくギレンは打ち倒していく。


 倒れた王国騎士に止めを刺そうとしたギレンの背後からラファが剣を振りかぶる。


「無駄だ!」


 ギレンは背後からの一撃を見ることもなく躱す。


 まるで念しで感知しているみたいだ。

 

 四則法が使えるのか?


 しかし、ギレンは体内魔力を廻していない。


「くそ!」


 ギレンは倒れた王国騎士をそのままリタイアに追い込み、ラファに向き直って一対一の状況を作り出して彼を圧倒する。


 ラファが苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「つ、強い!」


「当然だ! 余は勇者! ギレン・マルムガルムなのだから!」


 ギレンとラファの一騎打ちは、一瞬で決着がついた。


 ギレンはラファの斬撃を紙一重で躱し、逆にラファに向けて剣を突き立てた。


 王国騎士たちは大黒柱のラファを失い、帝国魔導師の魔法を受けて全滅した。


「ふははははは! 王国騎士と言えど、この程度か! 次は魔王! お前の番だ!」


 闘技場に、勇者ギレンの大喝が響いた。


 

 

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