第90話 狂化酔月
ドワーフの主将に後ろからガッツリと抱き付かれたイズリーに、魔導師からの魔法が飛んだ。
三つの岩を飛ばすドワーフの魔法。
イズリーは両足を使って岩のうちの二つを蹴り落としたが、残る一つが額に直撃した。
さすがのイズリーでも、十人を相手に全ての攻撃を躱しきるのは無理だったか。
僕はかなりイラッとしたが、心を落ち着けて戦況を見守る。
しかし、イズリーは何故か動きを止めた。
そして、ハッと何かに気付いたような表情を浮かべた。
「ちょっと待ってて! シャルルに聞いてくる! ドワーフさん! ちょっとだけ、待っててね! すぐ戻るから! ね! お願い!」
そんなことを言いながらイズリーは羽交い締めにしていた後方のドワーフに後頭部で頭突きをかまして拘束を解き、僕の方に駆け寄って来た。
戦いの最中にどんなお願いなんだろうか。
今の今までゴリゴリに暴れまわっておきながら「ちょっと待ってて」には相手も驚くだろう。
「ぐお! は、鼻が! わ……わけがわからん! 今のうちに陣形を整えろ!」
ドワーフ達はそんなことを言っている。
僕の元に戻って来たイズリーが言う。
「シャルル! 空飛ぶパフェがいたらしいよ! すごいねえ。あたし、見てみたかったよ。あ! そんなことより、あたし、スキル覚えた! すごい! コレがスキルかあ! あたし初めてだよ! ねーねー、使っていい? コレ、使っていいでしょ? ねーねー、いいでしょ? ねーねー!」
わ……わけがわからん。
色々とカオスすぎる。
今度は僕がそんなことを思った。
これまで僕やハティナに訪れたスキルの発現は、心の成長や他人との関係性がトリガーとなっていた印象だった。
彼女は頭をどつかれて発現するタイプなのだろうか。
いやいや、どんなタイプだよ。
頭を叩いてアイデアを出すような、使い古されたギャグじゃないんだから……。
新しいスキルは使ってみなければわからない。
既存のスキルなら名前を聞けばどんなスキルか判るだろうけど、僕の知識はハティナやミリアほどではない。
一抹の不安を覚えていたが、僕はイズリーのまるで邪気のないスマイルに向かって無言で頷いた。
こんな可愛い笑顔で頼まれて、首を横に振れるだろうか?
否。
絶対に無理だ。
イズリーはドワーフに向き直って、新たなスキルを発動した。
「よーし、やるぞ!
……え?
何て?
……鏡花水月?
いやいや、イズリーがそんな雅なスキルを……。
待てよ?
狂化?
酔月……。
え?
それって……。
僕の混乱を他所に、イズリーは空に向かって吠えた。
まるで、狼の様に。
そして僕は知る。
いくら相手が可愛くても、何でも受け入れてはいけない。
美人に騙された童貞が高額な壺を何個も買わされる事だってあるんだ。
結果から言えば、イズリーのスキルは軽い気持ちで使うべきではなかった。
イズリーのそれは、純粋な破壊。
煉獄の怨嗟。
修羅の覇道。
羅刹の目醒め。
イズリーの叫びは天地を揺らした。
獲物を見つけた、餓狼の遠吠え。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおーん!」
イズリーの遠吠えが闘技場を揺らす。
イズリーから濃密な魔力が溢れ出す。
本来金色のイズリーの目が赤く輝いている。
両手を地につき、まるで獣のようにクンクンと周りの匂いを嗅いでいる。
そして、餌を発見した魔獣のようにドワーフに向かって警戒態勢を取る。
「ぐるるるる」
どこから出してるのかそんな呻き声を出している。
そして、天使のように可憐な餓狼はドワーフの騎士の一人に一瞬で迫る。
そのままイズリーはドワーフの一人の持った大楯を引き裂いた。
鉄製の盾を段ボールか何かの様にバリバリと引きちぎって騎士の一人のどてっ腹に鉄拳を突き降ろす。
騎士は呻きながら首輪を赤く染めて脱落する。
「ひいい!」
王国騎士の一人がその光景に悲鳴を上げた。
すると、それに反応したかのようにイズリーはその王国騎士の方をジーっと見つめる。
そして、彼に飛び掛かってそのまま吹き飛ばした。
「イズリーさん! 味方だぞ!」
ラファが叫ぶ。
その叫びに応じるように、イズリーはラファに襲いかかった。
ラファは強かった。
イズリーからの攻撃を躱しながら、僕に「彼女をどうにかしてくれ!」なんて言ってきた。
「どうにかって。どうすれば……」
僕は目の前の無差別殺傷兵器に完全に及び腰だ。
「シャルル君! イズリーさんは敵味方を判別出来てない! とにかくドワーフの方に誘導するか、彼女をあっちに吹き飛ばすんだ!」
アスラが叫ぶ。
そんなこと言われても……。
僕は戸惑いながらも、とりあえずイズリーの名前を呼んでみることにした。
「おーい! イズリー! 敵はあっちだぞー!」
イズリーが首をぐるりと巡らせて僕を見る。
赤黒く輝く眼。
瞳孔が開ききっている。
怖えー!
そして、そのまま僕の方に突進してきた。
とんでもない恐怖に僕は叫んだ。
「ぎゃあああああ!」
叫びながら、僕に攻撃しようと跳躍したイズリーを
すまないイズリー!
そんなことを思いながら、僕はドワーフ達の方向に飛んでいくイズリーを眺める。
イズリーを再び押しつけられたドワーフ達は、阿鼻叫喚の地獄絵図のようになった。
イズリーは赤く光らせた両眼の残光だけを残してドワーフを次々と戦闘不能にする。
そうしてあらかたドワーフを始末した後で、イズリーは「うがああああ!」なんて叫びながら王国選抜に突撃してくる。
もう勝負はとっくに決している。
ドワーフ選抜の主将はリタイアしたのだ。
それでもイズリーは戦闘をやめることがない。
「シャルル君! どうにかならないか!」
アスラとラファは二人がかりでイズリーを抑え込もうとしている。
審判は戸惑いながら状況を静観している。
まさか、自らを暴走させて戦闘力を増大させるスキルがあるなんて。
しかも、同世代では王国でも最強に近いアスラとラファの二人を翻弄するほどの強さ。
ありえない。
どんなスキルに目覚めているんだイズリー。
スキルは目覚めたばかり、熟練度なんて相当低いはずなのにこの強さは……。
そこで僕の脳内に閃きが走る。
熟練度。
そうだ。
……それなら。
僕は
──
僕の
イズリーの
これなら、彼女はまた
イズリーは
目がトロンとした様になり、眠そうな顔になる。
さっきまでの手負いの獣のような彼女の姿はそこにはなかった。
僕の
「シャルルー。疲れたー」
イズリーは僕の鎖に捕らえられた状態で、そんなことを言った。
「……そうだね。さ、帰ってご飯にしよう」
僕はただ、彼女にそう答えた。
恐怖を顔に浮かべるドワーフも、肩で息をしているアスラとラファの視線も、見なかったことにして。
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