第89話 手紙

 イズリーは結果的に暴れる事はなかった。


 その日はただただ、部屋の隅っこでシクシクと泣いていた。


「ふえええ。何であたしは戦っちゃダメなの……? あたしもハティナみたいに戦いたいのに……。いつもいつもハティナばっかり……。王国の時もそうだった……。ぜつぼーだあ……」


「い……イズリー」


 かける言葉が見つからない。


 こんなにも純粋な少女が、しょんぼりと部屋の角で膝を抱えて涙をポロポロと流しているのだ。


「あ……明日は……」


 僕はそこまで言って閃いた。


「そ、そうだ! イズリー! 良いことを思いついた! 明日は、すぐに攻撃したら良いんじゃないか? 相手に降伏を許すなんて、魔王らしくないじゃないか? な? 明日はさ、問答無用でやっつければ良いんだよ!」


「……そしたら戦えるの?」


「ぼ……僕がなんとかするとも!」


「……ほんとう?」


「イズリー、覚えているかい? 僕たちが八歳の頃、イズリーは悪い人に攫われたよね?」


「……うん」


「イズリーは僕に助けてって願ったんじゃないか?」


「……うん」


「そしたら、どうなった?」


「……シャルルは助けてくれた」


「学内選抜戦の時、戦えなかったイズリーに僕は大丈夫、次は戦えるよって言ったのを覚えているか?」


「……うん」


「そしたらどうなった?」


「……次の試合はおっきな人と戦えた」


「イズリー、僕はいつだってイズリーの味方だよ。イズリーのお願いは、なんだって叶えてあげる」


「……うん」


「イズリー、僕は魔王だ。魔王に不可能はない!」


「うん。……うん!」


 そういうことになった。


 僕は魔王なんてもんはただのジョブ。

 そんな物は大切な物じゃない。

 本当に大切なのはもっと別のモノ。


 そう考えているが、イズリーの為ならこのジョブをダシにしてでも彼女の為に事を成す。


 僕にとって、本当に大切なのは双子の笑顔だけなのだから。


 その日の晩。

 僕は一通の手紙をしたためて、ミキュロスに明日戦うドワーフ選抜まで届けてもらった。


 

 次の日。


 闘技場の中心で、やっぱり鎖の玉座にちょこんと座った僕はドワーフ選抜の面々を眼下に見下ろしていた。


 鏡がないからわからないけど、僕の顔は青白いんじゃないだろうか。


 まるで仰々しく偉そうな口上を述べた僕ではあるが、内心はドキドキなのだ。


 それとは対照的にドワーフ選抜の人たちは顔を真っ赤にしてコチラを見上げる。


 彼らは怒りに燃えている。


 僕のお手紙が原因だろう。


 手紙の内容はこうだ。


 拝啓──


 ドワーフ選抜の方々におかれましては、ますますのご繁栄のことお慶び申し上げます。


 さて、先日の魔導戦におかれましては、我が配下たる魔王四天守フォーカーズに挑む前に全滅なされてしまったこと、非常に残念に思っております。


 ドワーフ族のお方々は、北方においては精強と聞き及んでおりましたが、王国魔導四家の嫡子ですらない一介の駆け出し魔導師三名に、ましてや多勢を持ってして敗れ去るとは、流石に我々の予想を遥かに超えた脆弱さでした。


 きっと、本調子とは程遠い状態だったのでしょう。ここに、謹んでお見舞い申し上げます。


 流石に無いとは思いますが、もし万が一にも、団体戦でもあの様な恥辱に塗れた試合をなさっては、其方そちらの面子も持たないでしょう。


 つきましては、此方こちら魔王四天守フォーカーズが一天守たる、宝玉ダイヤのイズリー・トークディアを先鋒として戦わせます故、何卒彼女を倒し、魔王たる私にその剣と魔法が届くこと、心底より願っております。


 ──敬具



 と言った具合だ。


 ドワーフ族は誇り高い種族らしい。


 確か、モノロイ達三人に戦わせたハティナにもドワーフ族の人は本気で戦うように叫んでいた覚えがある。



「我らを侮辱して、高見の見物か! 魔王シャルル・グリムリープよ!」


 ドワーフの騎士の人が言う。


 僕は欠伸をする演技をしながら答える。


「ふあ……ぁ。ん? ああ、ドワーフさん。お手紙、読んでもらえました? 僕がお相手しても構わないんですがね。まずは宝玉ダイヤを倒してから、ということで如何です? 一瞬で全滅なんて、流石に嫌でしょう?」


「たわけがあ! 貴様らは我らの誇りに泥をかけた! 必ずや貴様らを地べたに這いずらせてやる!」


 ……こえー。


 なんか田舎のヤンキーみたいだなあ。


「い、イズリーさん! やっておしまいなさい!」


 僕は若干上ずった声で言う。


「はーい! よーし! 殺るぞー! 魔王四天守フォーカーズ! 宝玉ダイヤのイズリー・トークディア! ぶっ殺ーす! 虐殺! 鏖殺! 惨殺だー!」


 イズリーが開始の合図と共に敵陣に突っ込む。


 イズリーよ。


 一昨日だったかな?


 ラファ君がさんざん説明したと思うんだけどね、団体戦ってそもそも、騎士の人達と一緒に戦うワケよ。


 だからね。


 魔導師はさ、騎士の盾の裏から魔法を撃ちこんでね、相手の魔法は騎士が防御するんだよね。


 聞いてなかったのかな?


 ふむふむ。


 なんて言いながら、君は真剣な顔で頷いていたと思うんだけど。


 忘れちゃったのかな?


 忘れちゃってるよなあ。


 ……まあいいかあ。


 僕たちは長い付き合いだ。


 きっと君なら我先に突っ込んで行くと思っていたよ。



 相手の騎士達を盾ごと薙ぎ倒していくイズリーを見て、僕はそんなことを考えていた。


 イズリーは騎士の一人の頭を掴み、地面に叩きつけている。


 後ろから別の騎士が剣を振り下ろしたが、イズリーは酔拳の動きでフワリと躱し、逆に「あちょー!」なんて叫んだイズリーの左手の裏拳がその騎士の兜を木っ端微塵に吹き飛ばした。


 左手のグローブ。


 つまり、タマにくっついたウサギさんのワッペンが一瞬だけ僕の目に焼き付き、すぐに残像になって他の騎士の顔面に叩きつけられた。


 ……シュールだ。


 タマに搭乗したウサギさんからしたら強烈な衝撃だろう。


 ……あまりにも可哀想だ。


 まるでウサギさんが乗り込んだ巨大ロボの進撃のように、イズリーは横一列に並んだ騎士達の陣形を一瞬で破壊し、相手からの攻撃は川のせせらぎの様に緩やかな動きでふわりと回避する。


 しかしながら、ドワーフ選抜もやられてばかりではない。


 小さなイズリーを大きな盾を持った騎士達が取り囲み、押し込めようとする。


 イズリーは何がそんなに楽しいのか、ニコニコしながら一人のドワーフの持つ大盾に右手の拳を叩きつけた。


 まるで親戚の家に来た子供が悪戯で障子紙を貫くかのように、バリっと音を立ててイズリーの右手がドワーフの盾を貫いた。


 イズリーを囲んでいた盾の円陣の一角が崩れ、彼女は難なくその場を切り抜ける。


「これ以上好きにさせてたまるか! 俺がやる!」


 主将と思しきドワーフがイズリーと対峙する。


「にしし、楽しいねえ」


 イズリーはやっぱりニコニコしながらそんなことを言う。


「貴様! 戦場を舐め切っとるな! その性根、叩き直してやる!」


 ドワーフの主将が答える。


 騎士であるドワーフの主将は、盾と剣を捨てた。


「貴様にコレらは無駄らしいからなあ!」


 イズリーは興味津々といった様子だ。


「ゆくぞ! ん? あ! あんなところに、パフェが浮いとる!」


 ……そんな古典的な手に──


「え! どこどこ?」


 ──引っかかる馬鹿も、探せばいるもんだ。


 明後日の方向を指差したドワーフにつられて、イズリーが余所見をした。


 その隙を付いてドワーフの主将がイズリーを羽交い締めにする。


 僕はほとほと呆れ果てた。


 ドワーフは誇り高いんじゃなかっただろうか……。


 しかし、あの野郎。


 イズリーに抱き付くだと!


 セクハラ野郎め!


 滅ぼしてやろうか!


「……やれやれ、助太刀しても良いがイズリーさんが怒るんじゃないかい?」


 僕の怒りを先読みしたアスラに言われ、僕は泣く泣く魔法の起動を停止した。


 ドワーフの主将は、イズリーを羽交い締めにしたまま叫ぶ。


「このまま俺ごとやれ! このガキはダメージを負ってる! 今ならコイツはリタイアだが、俺の首輪は持つはずだ!」


 他のドワーフの魔導師が魔法を唱えた。


 イズリーは何が起きるのかを羽交い締めにされたままに静観している。


 好奇心は猫をも殺すと言うが、どうかリタイアになってまたシクシク泣いたりしないでくれよ?


 僕はそんなことを思っていた。


 

 

 

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