第88話 魔王再臨

 ミリアのスキルの正体は、彼女にとっての新スキルではなかった。


 彼女が本来持つ、血統系スキル。


 純白の舞姫ダンシングクイーン


 ワンスブルーの嫡子、それも女性にのみ発現する水系統の魔力を氷の魔力に変質させるスキル。


 その特異な継承形態からワンスブルーは代々女性が当主となる、王国でも異質な貴族だ。


 ミリアはコレを使って氷の魔法を行使する訳だが、帝国のグレインを凍らせたのには訳がある。


 ミリアは体内でひたすら氷の魔力を廻し、それを念しに乗せて外部魔力と同調させたのだ。


 その妙技により、ミリアの周囲含めて闘技場を氷の世界に変えたわけだ。



 そして、ハティナの新スキル。


 鏡星の調インバウンド


 触れた相手の魔力を暴走させることができるらしい。


 もっと詳しく言うならば、相手の体内魔力の主導権を奪う能力だ。


 そうして主導権を奪った上で、ハティナはデュトワの肉体の許容量を超える魔力を引き出したのだ。


 まさに魔導師殺しの呪いスキル


 しかも、なんと鏡星の調インバウンドはこれまで全く確認されていない、新発見のスキルだった。


 特別なジョブを持たない彼女が未知のスキルを発現させた。


 これはつまり、至福の暴魔トリガーハッピー沈黙は銀サイレンスシルバーみたいな特別なスキルを発現させるのに、特別なジョブは必要ないことになる。


 それもそうだ。

 

 炎獅子の舞ライオンダンス純白の舞姫ダンシングクイーンなんかは血統系スキル。


 歴史上これらのスキルを発現させた人物が誰なのかは判明していないが、とにかくコレらのスキルが初めて発現した人物がいたはずだ。


 その人たち皆が特別なジョブを持っていたかと言われれば、それには首を捻らざるを得ない。


 特別なジョブとは、魔物特効を持ったジョブであるはずだ。


 スキルは、精神と鍛錬の賜物。


 未知のスキルは特別なものじゃなく、誰にでも届く代物なんじゃないだろうか。


 少しの努力で。


 少しの運で。


 少なくとも、ハティナは。


 彼女は自分の力で。


 彼女は内なる愛の力で、未知のスキルを発現させたのだ。


 魔王のキスで目覚めるスキル。


 ロマンチックなんだか野暮なんだか分からないが、とにかく彼女は『神』になんて選ばれなくても自力で獲得したんだ。


 特別な力を。


 僕の中で、彼女への尊敬と憧憬が増していくのがわかる。


 僕もギレンも、特別なジョブを持っている。


 でもそれは、自力で獲得したモノなんかじゃない。


 僕やギレンが特別なのは、たまたまなのだ。


 たまたま『神』の目に止まった。


 それだけで。


 たったそれだけのことで僕たちは簡単に傲慢になる。


 ただ『神』から貰った才能を開花させるだけの僕たちに比べて、ハティナの成した偉業はどれだけ価値があるだろうか。


 選ばれずとも、勝ち取る。


 それこそ、本当の人間の生き方。


 その本質に近いのではないだろうか。



 帝国との戦いを終えて、宿舎のロビーでは軽い祝勝会が行われた。


 ミリアとハティナから各々のスキルの説明を受けながら、僕はイズリーのグローブである『ポチ』を磨いていた。


 『タマ』の方はイズリーが磨いている。


 僕はいつもの定位置であるソファ席に座っていたのだが、イズリーに「ポチはシャルルがやって!」とお願いをされたのだ。


 イズリーからの頼み事を断る術など、僕は一つとして持っていない。


 そして明日はついに団体戦だ。


 初戦はエルフ選抜。

 

 彼らはすでにムウちゃんを救うための決闘で倒してしまっているが、まだやるのだろうか?


 と、言うより、彼らの魔法の大半は僕が簒奪の魔導アルセーヌ で奪ってしまっているが、そちらも心配になる。


 簒奪の魔導アルセーヌ は熟練度を奪うスキルだ。


 つまり、二度と使えなくさせる権能ではなく対象にした魔法を素人並みの熟練度にしてしまうスキルなわけだ。


 戦えないことはないかもしれないが、素人同然の魔法で各国の強豪と渡り合うのは厳しいのではないだろうか。


 そんなこととは露知らず、イズリーはここぞとばかりにはしゃいでいる。


 やっと自分の番になって嬉しいのだろう。


「明日は、ポチとタマでたーくさん、殴るんだー! エルフの人たちは身体が細いから、きっと殺しやすいよねえ。楽しみだねえ」


 アスラに対しては、僕一人で団体戦を制する。


 なんてことを口にしたが、クリスマスを目前に控えた子供みたいな状態のイズリーのことを考えると、どうやら現実的ではないみたいだ。


 イズリーは戦闘狂とも呼べるほど戦うのが大好きだ。


 こんなに可愛い顔してなぜそんなバトルジャンキーなのかは知らないが、とにかく彼女はそこらの魔物なんかよりよっぽど好戦的なのだ。


「……シャルル……話がある」


「ご主人様。暫しお時間をいただけますか?」


 ハティナとミリアが話しかけてきた。


 僕はポチを磨く手は休まずに話を聞き、そしてその内容に驚愕した。


 僕の胃が、キリキリと音を立てながら痛む気がした。




 翌日。


 演武祭、団体戦初戦。

 

 僕を含めた王国選抜十人が、エルフ選抜の十人と対峙している。


 観客席は静まり返っている。


 魔導戦で全勝して優勝した王国選抜の団体戦を率いる僕が、魔王であるという情報が出回っているらしい。


 ミリア達が派手にやったからな。


 当然かも知れないが、それを信じるというのはどういうことなのだろう。


 帝国民はピュアな人が多いのだろうか?


 団体戦のルールは簡単だ。


 大将を倒せば勝ち。


 つまり、大将以外の九名は大将を守りながら相手の大将を倒す必要がある。


 言い換えれば、大将さえ倒してしまえば他のメンバーがリタイアしていなくても試合終了なのだ。


 たとえ諦めなくてもそこで試合終了。


 どこかのバスケ部のふくよかな顧問の先生の立場が危ぶまれるようなルールだ。


 王国勢の主将は僕が務めることになった。


 どことなく、エルフ選抜の顔は引きつっている。



 審判役の帝国魔導師の合図で試合が始まる。


 僕はそれと同時に鉄鎖縛陣チェーンロックを起動した。


 魔法の鎖は僕の足元から生えて出てきて、そのまま僕の身体を釣り上げる。


 そうして、鎖で作った『玉座』に僕は腰掛ける。


 鎖の椅子だ。


 禍々しいデザインなのは許してほしい。


 鎖の玉座は2メートルほどの高さにある。


 僕はそれに座ったまま、エルフ選抜に呼びかけた。


「さて、エルフ選抜の諸君。ご機嫌よう。我こそは北方に再臨せし『魔王』シャルル・グリムリープ。其方そなたらに選ばせよう。戦って滅ぶか? 座して滅ぶか?」


 イズリーがタマの掌に貼り付けたメモを読みながら叫ぶ。


「ずがたかーい! 魔王様の……おな……おな……おなに?」


 首を傾げるイズリーから爆弾発言が飛び出しかける。


「……おなりだよ、イズリーさん」


 アスラが耳打ちした。


「あ、そかそか。魔王様のおなりである! ひかえよ! ひかえよー!」


 あ……。


 危なかった。


 今のは危なかったぞ……。


 ギリギリセーフだろうか。


 やっぱアウトかなあ。


 いやいや、割とアウトめだがセーフ寄りのアウトだからセーフ!


 僕は心の中で叫ぶ。


 これはハティナ達の作戦らしい。


 ハティナのことだ。


 とっくに僕の狙いには気付いているのだろう。


 魔王の力をアピールして北方諸国に楔を打ち、僕が南方を解放する間だけでも王国侵攻に二の足を踏ませる。


 そんな狙いは、彼女には筒抜けのはずだ。


 もしかしたら、ハティナならもっとエゲツない作戦なんかも思いついたりするかもしれない。


 そして、この鎖の玉座も大仰な演技も、ハティナの指示だ。


 何でも魔王をアピールするための宣伝なんだとか。


 僕を宿舎から追い出して何を相談しているのかと思えば……。


 僕はあまりの恥ずかしさから吐きそうな思いである。


  エルフ選抜の面々は、無言のままその場に全員が跪いた。


 主将のエルメルが言う。


「わ、我らは……棄権します! 何卒! 何卒お慈悲を!」


 決着がついた。


 呆気なく、味気なく。


「よーし! 殺るぞー! 誰から殺ろうかなあ。うーん! 誰でもいっか! いっくぞー!」


 イズリーが明後日の方向を向いたような言葉を叫ぶが、すごく良い笑顔だ。


「ま、待ちたまえ! イズリーさん! 試合は終わったんだよ!」


「……?」


 イズリーは笑顔のまま固まった。


 天使のスマイルのまま硬直した彼女の頬を、一筋の涙が伝う。


 さて、セスカ抜きでイズリーの暴走を抑えられるだろうか。


 自信はない。


 ……全くない。


 僕は鎖の玉座に腰掛けながら、この後の憂鬱に項垂れた。

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