第87話 慧姫の流儀

 デュトワにゆっくりと近づいていくハティナに、彼からいくつもの魔法が飛ぶ。


 その全てが、ハティナの魔導停減 インタラプトに捕まって彼女の周りを漂う。


「……わたしに魔法は効かない」


 まるでどこかのラスボスのようなセリフを吐いて、銀色の天使はデュトワの目と鼻の先まで迫った。


「くそ! くそがあ!」


 ハティナに迫られて、デュトワはジリジリと後退する。


 そうしながら魔法を放つが、全てハティナに捕われる。


 次の瞬間、ハティナが急に速度を上げてデュトワに触ろうとした。


「く……! 雷壁エレキウォール!」


 デュトワの周りを電膜が覆う。


 ウォシュレット君との決闘で使っていた防御スキルだ。


 ハティナが触れれば、彼女が感電するかもしれない。


 僕はそんなことを思ったが、ハティナの小さな手は、まるでそんな障壁など意に介さないとばかりに、あくまで自然に、水に手を入れるかのように、その電気の膜をトプンと突き抜け、デュトワに触れた。


 魔導停減 インタラプトで、デュトワの電気の膜すら中和したのだろう。


「……初めて会った時から思ってたの──」


 ハティナが言う。


 デュトワは戸惑いながら、ハティナの手を振り払おうとしている。


「……あなた、シャルルに少し顔が似ている。……だから……とっても不快」


 僕はかなりのショックを受ける。


 ……なぜ僕は大好きな女の子に、自分の顔をディスられているんだ?



 ハティナはそう言って、自分からデュトワに触れた手を離した。


「な、なんだ? 何をした!」


 デュトワが喚く。


「……呪いスキルをかけたの」


「スキル? 何のだ! どんな効果だ!」


「……シャルルの顔……わたしの大好きなシャルルの顔……真似しないで」


 僕は彼女の言葉の真意を悟ってホッとしたが、同時にそれは流石に余りにもな言い掛かりだとも思った。


「は? あ……あれ? か……勝手に……魔力が!」


 デュトワの魔力が、まるでダムが決壊したかのように溢れ出てくる。


「……鏡星の調インバウンド。……相手の魔力を暴走させるスキル」


 ハティナはそう言って、最後にデュトワに向けて告げる。


「……おやすみ」


 デュトワの顔の穴という穴から血が吹きだした。


 デュトワの首輪が一瞬で赤に変わり、彼は白目を向いてその場に崩れ落ちる。


「すごい! まるで毒じゃない! あのスキル! とんでもない代物! それに聞いたことのないスキル! きっと未知のスキルだわね!」


 僕の後ろの席でメリーシアが未だかつてないくらいに騒いでいる。


 そんなことより、デュトワは大丈夫なのだろうか。


 ダメージは首輪が肩代わりするのではなかったのだろうか。


 メリーシアではないが、デュトワはまるで、致死量の劇薬を摂取したかのようにピクピクと痙攣している。



「あらあら、まあまあ、アチラは終わったようですわね?」


 ミリアがハティナとデュトワを見て言う。


「ふん。コウモリめ。まるで役に立たずリタイアとはな。まあいい、コチラもすぐに終わるさ」


「……け……ろ」


 ミリアが何かを呟く。


「ああ? 何だって?」


 グレインが聞き返した。


「……け、ねえだろ」


 ミリアはふるふると震えながら言うが、誰もその言葉を聞き取れない。


「だから何だって? 聞こえねーよ。この魔王にビビっちまうのはわかるがなあ」


「簡単に終わらせるわけねえって言ったんだよ! クソがあああああああああああああ!!」


 ミリアは頭を掻きむしりながらキレた。


「な⁉︎」


 グレインは当惑している。


 ミリアの変貌と、彼女の魔力がグングンと勢いを増しているからだろう。


 ミリアは全身全霊を持って、体内魔力の出力を全開にして廻している。


「ふーっ、ふーっ、こんなに怒りを覚えるのは初めてだ! 私の魔王様を! よくも! よくも騙ってくれたなああああ! この落とし前、お前の首一つじゃ済まさんぞおおお!」


 怒髪天を突くとはこのことだろう。


 何にそんな怒ることがあるのかはよくわからないが、とにかくミリアは未だかつてないくらいに怒っている。


 ミリアの周囲の地面にパキパキと霜が降り始めた。


 ミリアのこれも、何かのスキルだ。


 彼女の周囲の外部魔力のほとんどが、氷の魔力に変わっている。


 外部魔力を直接操作しているのだろうか?


 ミリアがふっと息を吐く。


 グレインの首輪が凍った。


「首輪さえ赤くならなければ、一生お前をいたぶれる!」


 その後は……。


 そう、惨劇。


 一方的な蹂躙。


 そうとしか言いようがない光景だった。


 ミリアが首輪を凍らせた理由はシンプルだった。


 首輪の色を審判から見えないようにしたのだ。


 グレインをリタイアさせないために。


 グレインを第三者の手で救わせないために。


 そうして彼女は、徐々に、ゆっくりとグレインを凍らせていった。


 最初は指先を。

 そして足を、腕を、胴を。


 グレインは泣きながらミリアに慈悲を求めたが、当のミリアは残忍な笑みを浮かべながらそれを無視した。


「あらあら、まあまあ、やめてほしいですか? そうですわね。自分のことをゴミだと。魔王を騙ったクズだと、自己紹介してくだされば考えてもよろしくてよ?」


 ミリアは途中でそんなことをグレインに言ったのだが、そのグレインが自分を卑下する言葉を口にしている途中で、彼の口を凍らせて「あらあら、まあまあ、よく聞こえませんわね? つまり、降伏はしないと。そういうことですわね?」なんて言ってのけた。


 そうしてグレインの身体のほとんどを氷で覆ってしまった時、ハティナが微風ゼファー を唱えた。


 ハティナの作った風の刃が、まるで氷像のように固まったグレインの首輪に当たる。


 すると、氷の中ではすでにグレインの首輪は赤く染まっていた。


「あらあら、まあまあ、筆頭? これはどういうつもりですの?」


「……敗者をいたぶる……その男と同じ土俵に立ちたいなら勝手にすればいい……でも……わたしたちは魔王の側近」


「魔王様の側近ならば、高貴に戦えと?」


「……」


「……そうですわね。……わかりましたわ」


 ミリアとハティナの会話が終わると、コロシアムから歓声が湧き上がった。


「ま……マジかよ」


 ミリアとハティナに助けられたカーメルは、一人へたり込んでそんなことを言っていた。


 帝国民はブーイングだが、それ以外の人たちからは歓声が飛ぶ。


 この瞬間、演武祭魔導戦の優勝国が決まった。


 リーズヘヴン王国。


 北方諸国にて最弱と呼ばれる万年最下位の小国が、実に数十年ぶりに優勝した瞬間だった。


 ハティナの敗者をいたぶるなという言葉。


 その言葉が、僕に重くのしかかった。


 ……もう倒した相手を拷問するのはやめよう。


 ……そうしよう。

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