第86話 ハーフエルフの決意

 早いもので、演武祭魔導戦は最終戦を迎えた。


 ミリアとハティナ率いる王国選抜とデュトワが属する帝国選抜の戦いだ。


 試合前に、何故かカーメルが僕のところに来て言った。


「シャルル、お前の考えていることは全くわからないぜ。俺を励ましたかと思えば、いきなり関節技をかけてきたりな。だが、ハーフエルフやダークエルフなんかの様な……いわゆる……俺たちみたいな下賤な生まれの人間にも、ミキュロス殿下や、アスラみたいな上級貴族と変わらない態度で接してくれる。そんなのは、本当にお前だけだよ。……感謝してる」


 いきなりそんなことを言われて戸惑ったものだ。


 僕からしたらハティナとイズリーが特別で、それ以外は皆同列なのだ。


 だから、僕自身は全く意識していなかったが、カーメルの琴線には何か触れるものがあったらしい。


 王国選抜の五名は、恒例の祈りを終えて帝国選抜と相対している。


 もはやこの大会で王国魔導師選抜の快進撃は多くの観衆の語り草になっており、祈りの間も会場からは多くの歓声が飛んでいた。


 帝国選抜の中でも大柄な、おそらく主将と思しき男が前に出て言う。


「魔王信仰の王国魔導師か! ぐはははは! これは愉快だ! ギレン殿下は魔王がお嫌いだからなあ! そんなお前らに教えてやろう! 俺様こそ! 帝国が誇る最強の魔導師! グレイン・イギナープ! お前達、偽りの魔王に騙された迷える仔羊よ! 崇めよ! 奉れ! 下等な身分の者共よ! 我こそが! 真なる魔王だ!」


 ……彼も魔王らしい。



 いや、魔王を名乗る魔導師は意外とたくさんいるらしいから、多分彼もその類なのだろう。


 モノロイを超えるような筋肉を震わせて、グレインは天に向かって吠えている。


 しかし、ミリアの前で自分を魔王なんて言うと……。


「あらあら、まあまあ……私の目の前で、魔王様を騙るとは。……望み通りに殺してやるよ。……この痴れ者めがあああああああ!!」


「……殺るべき」


 ミリアとハティナがキレた。


 しかし、それよりも早くグレインの喉元に、カーメルの蹴りが入った。


「……この世に魔王は二人だけさ。だけど、どうやらお前は器じゃない」


「……ぐぬ!」


 グレンは後ろに仰け反り、ゲホゲホと咳を吐く。


「あらあら、カーメル? 私から獲物を横取りする気ですか? ……お前も殺すぞ? 」

 

 ミリアがそう言って、カーメルを巻き込む形で氷獄の微睡アニードーズを放った。


 カーメルは曲芸師のように素早く移動して氷の風を躱してミリアの側に降り立った。


「あらあら、一緒に殺そうと思いましたのに……」


「待てって。めんどくせえ。アイツの言い草に我慢ならねえのは、お前らだけじゃねえんだよ」


「……カーメルもシャルルのステキさに気付いたらしい」


「あらあら、まあまあ、それならそうと──」


 そんな会話をしていた王国選抜に怒号が飛んだ。


「お前らあ! もう終わった気になってんじゃねえ! この魔王グレイン様は、まだまだ健在なんだからなあ!!」


 グレインは氷獄の微睡アニードーズでほとんど身体を氷漬けにされながらも、彼の首輪は赤くなっていなかった。


 帝国魔導師のうち二人が巻き添えでリタイアしたが、デュトワとグレイン、そしてもう一人の魔導師はまだ残っていた。


「オレを無視して話を進めんじゃねえ! デュトワ・グリムリープ! ウォシュレト以外の王国選抜なんぞに負けるかあ!!」


 デュトワはハティナに電撃を放つ。


 ハティナに飛んだその魔法を、カーメルが身を挺して庇った。


 そんなカーメルにハティナが言う。


「……あの程度の魔法。……わたしには通らない。……何故、こんな真似をした?」


 そんな問いに、カーメルが答える。


「あんた、シャルルのお姫様なんだろ。……お姫様に何かあったら、アイツに会わす顔がねえんだよ」


「……バカみたい」


「うるせえ。 あー、めんどくせ。あんたら滅茶苦茶つえーんだから、俺ら抜きでも勝てんだろ?」


「……当然、そのくらいヨユー」


「なら、まずは俺らがやらせて貰うぜ? めんどくせえことこの上ねえが、あんたらの後じゃ活躍できっこねえからなあ! 行くぞ! モノロイ! 殿下!」


「よくぞ申した! カーメル殿!」


「余も協力いたすかな!」


 そうして、カーメルがグレインに向き直る。


魔王四天守フォーカーズに挑みたかったら、まずは俺たち雑魚を倒してからにしてもらおうか!」


 そう言って、カーメルとモノロイとミキュロスがグレインに突撃する。


 しかし、グレインは強かった。


 モノロイを捻じ伏せ、カーメルの攻撃を躱して、ミキュロスにまで魔法で牽制する。


 デュトワもその戦いに加わる。


 ちなみに、残りの帝国魔導師はひっそりとミリアに倒されていた。


「あらあら、私が不信心者を処刑している間に、ずいぶんと盛り上がっていますわね? ああ、そういえば、あの魔王を騙るクソがまだでしたわねえ」


「……アレを殺るのは後でいい」


「あらあら。筆頭がそうおっしゃるなら……ですが……負けますわね」


「……」


 ミリアの予測通り、カーメル達は三対二の状況ながら、グレインとデュトワに圧倒されていた。


「オラオラ! この程度か! そんな魔法じゃあ、この魔王に傷一つ付けられんぞ!」


 グレインはミリアの氷獄の微睡アニードーズを耐えた程の魔導師だ。


 帝国選抜で魔導師戦の主将を務めるだけはある。


 ミキュロスがデュトワを抑えている間にモノロイとカーメルはグレインからの魔法を受け、徐々に削られていった。


 結果的に、ミキュロスがデュトワに倒されたことでリタイアし、カーメルたちの戦線は崩壊した。


 壁役になっていたモノロイがグレインに投げ飛ばされリタイアし、カーメルは孤立無援の状況に陥る。


「はあ、はあ、くっそ」


「おいおい、ハーフエルフ君よお。もうおしまいかあ? もっと楽しもうぜ? なあ?」


 満身創痍のカーメルに向けてそんなことを言うグレインにデュトワが言った。


「……! 敗者相手とて敬意を払え! グレイン!」


「ああ? コウモリがキーキー喚くなや。俺は魔王だ。強者は弱者をいたぶる権利があるんだよ」


 その時、ミリアとハティナが動く。


「……気が変わった。……カーメルを助ける」


「まあ、筆頭は気紛れが過ぎますわねえ」


「……わたしは雑魚をいたぶる趣味はない」


「なら、あのクソは私が」


「……わたしは偽シャルルを殺る」


 ハティナの言葉に、デュトワが叫ぶ。


「誰が偽シャルルだ!」


 ハティナはそんな言葉は耳に入らないかのように、デュトワにとことこと近づいていく。


「お姫さんが、舐めてんのか!」


 デュトワから電撃が飛ぶ。


 しかしソレは奇妙にもハティナの目前で停止し、彼女の周りに滞留して電気の玉のようになり、まるで惑星の周囲をクルクル周る衛星のようになった。


 魔導停減 インタラプトで相殺したデュトワの魔力に、ハティナ自身の魔力を通して支配権を強奪したのだろう。


 神業に近い芸当だが、確かにハティナなら平然とやってのけそうだ。


 デュトワの魔法は、ハティナの物になった。


「……わたし、シャルルにキスしてもらったよ」


 急にそんなことを言い始めたハティナにデュトワは首を傾げる。


「……その時に発現したスキル……使ってあげる」


 続くハティナの言葉に、デュトワは困惑したように言う。


「急に何だ?」


「……鏡星の調インバウンドって言うんだけど……あなたにアゲルから……受け取って」


 ハティナの纏う魔力が変わった。


 それと同時に、彼女の周りの空気が変わった。

 

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