第83話 魔王、墜つ

「あ……アレは……あの女は──」


「アレ……だと?」


「ひぃ! あ、いや、あの女性は……」


 僕はモノロイに命じて魔法練習場にぽっかりと空いた穴からエルフ達を引っ張り上げさせた後、エルフ選抜全員を一列に並べて正座の体勢をとらせた上で説教をしていた。


 エルフの女性を奴隷にするなど、何事かと。


 こことは違う世界。


 森羅万象うごめく宇宙に浮かぶ一つの惑星。


 その極東の島国に住まう童貞やオタク、あるいは社会不適合者共がどれほどエルフの可愛い女の子を崇高な対象として崇め奉っているだろうかと。


 エルフの綺麗な女性を蔑むなど、それはまるで錦の御旗を踏みにじる行為じゃないかと。


 ふざけるなと。


 そんなことが許されるのはコミックマーケットで売られる紳士ジェントルメン向けの薄い本の中だけだろうと。


 僕は──おそらく──元ジャパニーズピーポーとして、自分の魂の奥深くに脈々と受け継がれる侍魂に則って彼らに渾々と噛んで含むように語った。



「……あの女性は、じ、ジョブが特別なんです……」


「だろうな。だと思った。だから何だ? だからどうした? だから許されると? だから仕方ないと? 殺すぞ、貴様ら。エルフの男が……いや、この世の全ての種族が滅ぼうと一向に構わないが、美少女だけは滅んではならん。そうだろう? 俺が何か間違っているか? どうなんだ? ああ? 言ってみろコラ」


「あ……いえ、その……」


 エルメルは助けを求めるようにテランヘルを見る。


「お……俺っちは最初は反対していたんぜよ!」


「うがああぁぁあ! その顔で『俺っち』とか『ぜよ』とか使うじゃねえええええ!」


「シャルル殿!」


 テランヘルに突撃しようとした僕をモノロイがまた羽交い締めにしてきた。


 エルフ達は恐怖におののいている。


 そうして、僕がモノロイに掴まれながらジタバタしていると、アスラがエルフに聞いた。


「特別なジョブとは? 一体、何というジョブなんだい?」


 冷静さを保つアスラをみて、エルフたちはホッとしたような様子を見せた。


「ア……いや、彼女は……彼女のジョブは賢者だ」


 エルメルがそんなことを言う。


 僕の心から怒りが中和されていくのがわかる。


 ダークエルフのジョブを聞いて、僕の頭に一つの疑問が浮かんだのだ。


 賢者とは、確かに勇者の仲間っぽい。


「賢者? そんな大層なジョブ持ちが、これまた何で奴隷なんかに?」


 アスラが聞く。


「賢者なのが問題なんぜ……問題なんです」


 テランヘルが言う。


「エルフはかつて、滅びかけた事があったんぜ……です。理由は一人の強大な魔導師の存在ぜ……です。ソイツがユグドラシルで暴れたせいで、何人ものエルフが……それで、ソイツの異名は『森の賢者』。だから、賢者ってのはエルフにとって……しかも、アレ……いや、あの人はダークエルフで……」


「元々、迫害の対象であるダークエルフに賢者のジョブ。だから君たちは彼女を……?」


 今度はエルメルが口を開く。


「……その通り。わ、我々とて気の毒には思うが、エルフは元より数が少ない。もう一度滅びかければ、本当にエルフは……」


「やれやれ、とにかく、勝負はシャルル君の勝ちだ。彼女は貰い受けるよ」


「あ、ああ……」


「ここに長居すれば君らの滅びは一層近づく。早々に立ち去ることだな。我らの魔王は普段こそ温厚な人物ではあるが、一度その逆鱗に触れれば、どんな手段でも平気で講じる人物だ。そして、国に帰ったらこの出来事を国の重鎮に伝えることだ。我ら王国と事を交えれば、必ずや魔王と森の賢者による災厄が降りかかるだろうと」


「あ……ああ、必ず伝える」


 その会話を後に、エルフ達は自分たちの宿舎に帰って行った。


「シャルル・グリムリープ。ここまでの使い手とはな……まあ、グリムリープの血統なら当然だが……」


 デュトワは腰を抜かした様に尻餅をつきながらそんなことを言った。


「やれやれ、まさか練習場を木っ端微塵に破壊するなんてね……」


「ご主人様ぁ……私、もう、げ……限界です……」


「シャルル! 今の魔法すごい! あたしもやりたい!」


「……」


 僕の怒りはまだ内側で燻っていたが、それはともかく今はエルフの女の子だ。


「やれやれ。解放、するんだろう?」


 モノロイから解放された僕はアスラから奴隷の首輪の鍵を受け取りダークエルフの元に向かった。


「しかし、本当に良いのかい? 彼女は特別なジョブを持っているんだろう? 解放してしまったら、協力して貰える保証はないと思うが……」


 そんな風に心配そうに言うアスラに僕は答える。


「奴隷だなんて、そんな形で協力して貰いたくないですよ。人間の本質は自由です。どんな理由であれ、人間が人間の自由を鎖で縛るべきじゃない」


「君の中での善。ということかな?」


「いいえ。勇者の話じゃないですけど、善悪なんてもんはコインの裏表みたいなモノ。少し指で突けば簡単に裏返ります。でも、自由は違う。これだけはたとえ『神』でもねじ曲げられない。ねじ曲げちゃいけないんです。自由に生きて、死ぬ。それだけ。それだけで良いんですよ。世界の本質なんてものは」


 僕はそう言って、ダークエルフの鎖を全て外した。


 彼女の口は相変わらず太めの革紐で縫い付けられている。


 解いたら治癒ヒールで治るだろうか?


 こんな非道なことをするなんてエルフの奴らめ!


 そんなことを考えながら僕は彼女に言う。


「君は自由だ。これからは──」


「むう!」


 そう叫んだダークエルフの女の子の拳が、僕のアゴにクリーンヒットした。


 僕は後方に吹き飛ばされ、地面に落ちるその刹那に思う。


 ……エルフの女の子のパンチ……これはこれで……良きものだ……。


 僕は地面に頭から打ち付けられ、遠のく意識の中、仲間たちの叫びを聞いていた。


「シャルル君!」


「あー! シャルル! こんのー! よくもやったな! ぶっ殺す!」


「イズリー殿! ……うぐぅ! な……何故、我まで……」


「……殺る」


「むう! むー! むむう!」


「ご主人様! こんのドグサレエルフがあああ! その不敬! 断じて許さんぞおおお!」


「主様! ミリア殿! 不本意ながら協力しよう! 我が主様に対して恩を仇で返すとは! 我が牙の錆としてやる!」


 ギャーギャーと叫ぶ声と戦闘音が僕の脳内に入ってくる。


 僕はエルフの可愛い女の子を想いながら、意識を手放した。

 

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