第82話 震霆の慈悲

「本当にこの決闘を受けて貰えるとは恐れ入ったよ」


 エルフのリーダー、エルメルが言う。


 王国に与えられた魔法練習場に、僕と四人のエルフが対峙する。


「約束の彼女、連れてきただろうな?」


 僕の言葉にエルメルが頷く。


「もちろん。君も約束、覚えているだろうね?」


「ああ──」


 そう言って、僕は奴隷の首輪とステータスプレートをエルメルに渡す。


「──もし僕を倒せたら、この魔王の力、好きに使うが良い」


「本当に……魔王。……ふ。良いだろう。アレを連れてこい」


 そう言ってエルメルが指示すると、魔法練習場にダークエルフを連れたテランヘルが入って来た。


「とっとと歩くぜよ! ゴミが!」


 水にインクを垂らすように、僕の心がドス黒く染まっていく。


 ダークエルフの彼女はやっぱり黒い布を被せられている。


 テランヘルから鎖を預かったミキュロスが、僕の方を見て頷く。


 見物人は王国勢とエルフ勢、おそらく選抜の全員が揃っている。


 アスラは散々に僕を止めようとしていたが、僕自身は頑としてそれを拒んだ。


 彼は諦めたように、やれやれなんて言ってから、それならせめて審判だけはと帝国選抜からデュトワを借りて来ていた。


「シャルル・グリムリープ。お前に呼ばれていると聞いて来てみたら、コイツは一体どういうことだ?」


「決闘ですけど?」


「オレとの決闘をほっぽって何を他のヤツと決闘してんだって話だ!」


「でも……成り行き上、君はまずウォシュレット君を倒さないと僕に挑戦できないんでしょう?」


「おま……。確かに……。もういい。早く始めるぞ」


「はい。お願いします」


「まったく。ごほん。この決闘、帝国選抜デュトワ・グリムリープが立ち合う。双方、異論ないな?」


「ありません」


 僕が素っ気なく答える。


「もちろん、ないとも」


 エルメルが答えた。


 エルフの五人はエルメル、テランヘル、アバンテ、そして知らない二人のエルフだ。


「しかし、良いのか?」


 エルメルが言う。


「こんなに我々に有利な条件。後で反故にはしないだろうな?」


「有利? そりゃこっちの台詞だ。僕を怒らせた上での決闘。はっきり言って僕からしたら負ける要素がねえ。……とっとと始めるぞ」


「コイツ、勝てる気でいるぜよ? さすがの俺っちも、コイツの頭の中を心配するぜよ!」


「……おい。カマ野郎。股から汚えモンぶら下げて、ぺちゃくちゃ喋ってんじゃねえ。今からテメーの性転換手術を無料でしてやるんだ。感涙に咽び泣く準備でもしてろ」


「カマ……⁉︎」


 テランヘルは戸惑った表情を浮かべている。


「……」


 アバンテはギャハハとは笑わなかった。


 彼特有の調子に乗った様子が全くない。


 彼はミリアの魔法を受けた張本人だ。


 彼だけは王国魔導師の恐ろしさの片鱗を味わったのかもしれない。


 そんな様子を見て、デュトワはため息を吐いてから口を開いた。



「では、エルフが勝った場合にはシャルル・グリムリープを。シャルル・グリムリープが勝った場合にはダークエルフを戦利品とする。では、始め!」


 あっさりと決闘が始まったその瞬間、五人のエルフが同時に魔法を撃って来た。


 その全てを僕の魔塞シタデルが防ぎ、簒奪の魔導アルセーヌ が吸収していく。


「な……なんだ! 効かないぜよ!」


「どうなってる? ……!! 魔法が発動しない!」


「だから言ったんだ! 王国の魔導師はヤバいって! そのアタマ張ってるヤツだぞ! ヤバくないわけがないんだよ!」


「黙れアバンテ! このまま数で押し込む! 撃てる魔法をありったけ撃て!」


 エルメルの言葉に続くように、五人からどんどん魔法が飛んでくる。


 中には盗賊のエルフから奪った魔法もあった。


 今知ったことだが、簒奪の魔導アルセーヌ では一度奪った魔法は奪えないらしい。


 沈黙は銀サイレンスシルバーが既に記録済みだった魔法だけが僕の魔塞シタデルにメキメキと音を立てた。


「冗談ぜよ! まだ首輪が光らない!」


「……ど……どうなって──」


 テランヘルとエルメルが恐怖を露わにする。


「……終わったな? 次は、こっちの番だ」


 コイツらはむさ苦しい男の分際で世界の宝であるエルフの女の子を虐げた。


 コイツらはむさ苦しい男の分際で最高に可愛いエルフの女の子を虐げた。


 僕の怒りは、完全に限界を突破した。


 沈黙は銀サイレンスシルバー


 僕は自分のスキルに語りかける。


 とっととアイツを呼び起こせ!


 そして今度は聞かん坊を急かすように想う。


 いつまでも寝てんじゃねえ。


 たまには役に立ちやがれ! 至福の暴魔トリガーハッピー



 ──至福の暴魔トリガーハッピー起動──



 生まれて初めて至福の暴魔ねぼすけが僕の指示に従った。


 体内魔力が波のように唸り、僕の中で何度も何度も爆発するように体外への放出を望んでいる。


 廻しているからだけじゃない。


 せめぎ合った怒りと魔力が僕を内側からノックする。


 今なら、撃てるかもしれない。


 しかも、十発くらい撃てそうだ。


 よし。


 良いだろう。


 どこまで出来るか、やってやる。


 至福の暴魔トリガーハッピーを使った僕の魔法の限界を探ってやる。


 限界を、知る


 知って、殺る。


 殺って、殺る。


 僕は眼前のエルフに言う。


「お前らエルフの男は全員滅ぼす。頭数揃えれば勝てると思ったか? お前らは魔王をナメすぎだ。魔王は古今東西、勇者パーティ以外が倒した事例は──」


 沈黙は銀サイレンスシルバーが冷静に、至福の暴魔トリガーハッピーが激情に任せ、同時に僕の中で破裂する。


「──無い!」



 ──震霆の慈悲パラケストマーシー──



 ──起動



 僕が構えたソフィーから地面に滴が垂れるように、純粋で高密度の雷の魔力がポツリと落ちる。


 そしてそのまま、地面を辿って、エルフ達の足元にゆっくりと進んでいく。


「なんぜよ? 何か魔法を撃ったはずぜよ!」


「どうなってる! アレほど強大な魔力が急に消え──」


 震霆の慈悲パラケストマーシー


 天地を一つに繋げる魔法。


 それは、まるで大地から天空に堕ちるいかずち


 地獄の亡者共の怨嗟が、天上高く座す神々の尽くを滅ぼすような魔法。


 エルフ達の足場が、眩く光った。


「な──」


 エルフ達に一切のリアクションを許さないまま、地面から天井めがけて何本もの束になった雷が昇った。


 まるで冥府の王の怒りの如く、幾重にも重なった雷閃が昇る。


 巻き込まれた五人のエルフは地面から吹き飛ばされ、きりもみ状態で回転しながら雷の束の中を漂っている。


 空中を漂うエルフ達の首輪から赤い光がチラチラと見える。


 が、しかしだ。


 まだ終わってない。


 まだ終わらせない。


 僕はさらに震霆の慈悲パラケストマーシーを放つ。


 何度も放つ。


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー起動──


 至福の暴魔トリガーハッピーの権能を受けて、魔法の威力はどんどん上がる。


 しかし、そんなことは関係なく、ソフィーからは電気の水滴が一定のリズムで堕ちる。


 それに呼応する様に、エルフ達のいた場所から雷が一定のテンポで昇り、空中のエルフ達をさらに勢いよく回転させる。


 堕ちる。堕ちる。堕ちる。


 昇る。昇る。昇る。


 回る。回る。回る。

 

 すると、僕の指に激痛が走った。


 指輪が僕の魔力に耐えきれずに熱を帯びて弾けた。


 それと連動するように、首輪が僕の魔力の全てを遮断する。


 おそらくは、指輪の喪失と同時にセーフティロックが掛かる造りなのだろう。


 僕の体内魔力が途絶えたことで、僕の攻撃の嵐が止んだ。



 気付いた時には、王国に貸し出された魔法練習場の地面には大きな穴が空いていた。そしてその穴の真上の天井には、やっぱり地面の穴とほとんど同じ大きさの穴がぽっかりと空いていて、そこから月明かりが差し込んでいる。


 ふと、ハティナやイズリー達の方を見る。


 全員が、防御スキルや魔法で防御体制を取っていた。


 防御魔法を持たない者たちはミリアの聖天の氷壁ヘイルミュラーの影に隠れている。


 一方、五人のエルフは地面に空いた大きな穴の中でガチガチと震えていた。


 エルメルはその綺麗な顔を涙と涎で抽象画の様に歪め、テランヘルは股間をびしょびしょに濡らしている。


 その光景を見て、僕は思った。


 ……ああ、そうだった。


 あのカマ野郎の股の間から余計なモノを、引っこ抜かなくちゃな。

 

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