第81話 決闘

「シャルルー。まだ機嫌悪いのー? 機嫌なおしてー? ね? よしよししてあげるね? ね?」


 イズリーが僕に抱きついて頭を撫でてくれる。


 そうして、やっと至福の暴魔トリガーハッピーは起動を停止した。


 僕の周りではラファたちがピクピクと殺虫剤を食らったゴキブリみたいにひっくり返っている。


「やれやれ、一体、何にそんなに怒ったんだい?」


 一人しれっと感電を逃れたアスラが言う。


「……」


「やれやれ、まあいい。くれぐれも、失格だけは勘弁して欲しいな」


 そうしていると、ミリアとハティナが帰ってきた。


「こ、これは! ご主人様! まさか拷問を⁉︎ な、なんてことですの! 見逃してしまいましたわ! しかし、なんて麗しい光景なんでしょう……」


「……シャルル……何か嫌なことをされたの? ……誰? ……わたしが殺ってあげる」


「シャルルはねー。……何だっけ? ……ダンクエルフ? あの強い子がね。仲間に虐められてたのが嫌だったみたいなの」


 そんなバスケがバカ上手い種族のことはどうでもいい。


 僕はそう思ったが、口にはしなかった。


 すると、カーメルが近づいてきた。


「シャルル! すまない! 俺はお前の言葉で目が覚めたよ。自分の価値は自分が決める。そうだよな。そんな当たり前のことに気付かず、エルフの差別に負けるなんて……。もう、俺は迷わない。ハーフエルフとして生まれても、俺は俺だ! これからは俺の価値は、俺自身が測る!」


 そんな風によくわからないことを言いながら僕の肩を叩いたカーメルの手をとり、僕は無言のまま腕十字固めを極めた。


「……」


「ぎゃあああああああああああ!!!」


 闘技場に、関節が弱点のハーフエルフの絶叫が響いた。


 

 夜。


 今日も帝都の空には月が出ている。


 僕の機嫌はどうにも晴れない。


 僕は馬小屋で、馬の世話をするライカをイズリーと一緒に束になって積まれた藁の山に座って眺めていた。


 月には薄い雲がかかり、それが風に流れていく。


「ねーねー、シャルルー。何で雲はお月さまの向こう側には行かないんだろうね? 何でだろう? 不思議だねえ」


「……わかんない」


「あ! 流れ星! 流れ星だよ! シャルル! もう消えちゃったけど! ほんとだよ? ほんとに見えたの! あたし、ウソついてないよ? ねーねー、あたし、ウソついてないよ?」


「……きれいだね」


「ね! きれいだったよね! シャルルに出会うよりもっと前にね? 流れ星にお願いすると、お願いが叶うよって爺さまが言ってたの! だからね? あたし、病気の婆さまが元気になりますようにって、たくさんたくさんお願いしたの!」


「……へー」


「そしたらね、三日後に婆さま死んじゃったの。何でだろね? あたし、頭悪いから、変なお願いしちゃったのかなあ。何でかねえ。不思議だよねえ」


 僕が、さすがにそれはリアクションに困るぞと思っているとミキュロスが現れた。


「ボス」


「ああ、ミキュロスか」


「例のダークエルフ。調査不足で申し訳ありませんかな」


「ああ」


「しかし、あの後調べ尽くしましたかな」


「そうか」


「あのダークエルフ、どうやら奴隷だそうで。もうエルフの魔導師戦には出ないそうですかな」


「へー。なんで?」


「元々ダークエルフは不吉の象徴としてエルフ族からは虐げられているそうですかな。そこであの敗北。使えぬダークエルフは要らぬとなったそうですかな」


 ダークエルフはエルフ族から生まれる。


 千人に一人とも、一万人に一人とも言われるほど数が少ない。


 白い肌が特徴のエルフから褐色の肌の子供が生まれるわけだ。


 そういった差別があってもおかしくない。


 アスラが言うには、元々エルフの寿命は人間と変わらない。


 彼らは外見的な肉体は成人以降、歳を取らないが、その代わりに魔力を溜め込む臓器があり、その器官が老いると機能を停止して死ぬらしい。


 そして、女性が圧倒的に少ないそうだ。

 生まれる子供の八割は男性なので、一妻多夫制らしい。


 そのため数は少ないが、老兵すら若い兵士と変わらず動ける。


 そうして種族を保って来たのだ。


 そのため、女性は国内で優遇されている。


 しかし、彼女はダークエルフ。


 全てのエルフの嫌悪の象徴になっているため、奴隷に落とされたそうだ。


「でも、残りの魔導戦はどうするつもりなんだ? 四人でやるのか?」


「エルフ選抜は全員が魔力を持っておりますかな。そこで、騎士選抜の選手を代わりに使うそうですかな」


「それってアリなの?」


「魔導戦と合同戦、あるいは騎士戦と合同戦はどちらかにしか出れませんかな。しかし、不慮の事故などでメンバーが欠ける場合もありますかな。なので、救済処置として騎士戦と魔法戦の掛け持ちは認められておりますかな」


「だから王国も補欠選手がいないのか」


「左様ですかな。昔は補欠が有りだったそうですかな。しかし、互いの選手へ暗殺まがいの妨害が多発したそうですかな。どうせなら、補欠が出てくれる方がありがたいですかな」


「でもそれって、今もそういう手法が有利なのは変わらないんじゃないの?」


「だからこそ、議会の取り決めで補欠無し。となったのですかな。補欠なしの場合。一人欠けた選抜があれば、相手方もそれに合わせた人数になりますかな。元来、闇討ちはエース級の選手には通用しませんでしたかな。なので穴となる選手が狙われ、さらに弱い魔導師が出るよう仕向けていたそうですかな」


「補欠なしにして人数合わせをすることで、闇討ちで生じる有利を消したわけか?」


「は。補欠アリの頃はそのルール込みで、元々の補欠を最初の選抜に入れるチームなんかも出たそうですかな。穴となる選手を生贄にして、強い選手が出てくる。というわけですかな」


「なるほど。考えたなあ」


「今では、闇討ちなど仕掛けた時点で、バレれば国ごと即失格となりますかな」


「デュトワとウォシュレットの戦いは? アレは、闇討ちと言えなくもないだろ?」


「決闘自体はグレーゾーンですがまだ許されますかな。これは人間の尊厳を尊重するという議会そのものの姿勢でしょうかな。しかし、当然ながら首輪と指輪の魔道具を付け、相手方を傷付けないことが条件ですかな」


「ふうん。それで?」


「先方に、ダークエルフを買わせて欲しいと申し出たところ、条件付きで承諾してもらえましたかな……しかし──」


「マジで! 買おう。いくらだ? 足りるかな? ミキュロス、金貸してくれ。それか、今から魔物狩ってくる!」


「き、急に元気になりましたかな……」


「それで、いくらなんだ?」


「それが……金はいらないそうで」


「何! 太っ腹だなあ! 素晴らしいじゃない。少し見直したぞエルフ!」


「いえ、条件をつけられましたかな」


「ほほう。そりゃそうだろう。で、条件って?」


「それが……」


「それが?」


「ボスの身柄ですかな」


「……僕?」


「なになにー? どゆことー?」


「主様の御身柄ですと? これは、このライカめがお護りせねばなりませんね」


「い、いや、そういうことではないですかな」


「僕の身柄って?」


「出された条件は決闘ですかな。それも、あちらは五人。こちらは……」


「僕だけか」


「左様で」


「負けたら僕は奴隷か」


「左様ですかな」


「よし。やろう」


「即決ですかな⁉︎」


「当然だ。エルフの女の子がかかってるんだぞ?」


「は……ですが……」


「何いっ? 主様を奴隷に貶すと⁉︎ ミキュロス……と言ったか? 御身はそのような──」


「いい。ライカ。僕はやる」


「……御意」


 僕の有無を言わせぬ返答を聞き、ライカはそう言って頭を下げた。


「ミキュロス、先方に伝えろ。日時はいつだ?」


「は。あちらも気が早いようで、受けるであれば今夜と」


「話が早いな。やろう。どこだ?」


「王国の魔法練習場ですかな」


「部屋に戻ってソフィーを取ってくる。お前は連中に早く来いと伝えろ」


「御意ですかな」


 そうして、頭に大きな疑問符を浮かべたイズリーを他所に、僕はソフィーを腰に差して魔法練習場に向かった。

 

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