第80話 ダークエルフ

 彼らが去った後、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。


 それでも僕は、腹に怒りを溜め込んだままに市場の真ん中に座り込んでいた。


「シャルル殿がまさかハティナ殿とイズリー殿以外のことであそこまで怒りを顕にするとは……」


「ふん。シャルルでなければ、いずれ僕がやっていたところだ。しかし、シャルル、君がそこまで仲間想いだったとはな……」


「はあ。ホント、男って下らないわね。あんな安い挑発に本気になって……」


「メリーシア殿! このネバネバ、早く取って貰えないか! これでは主様の敵を討てぬ!」


「……はあ。あなたももう少し落ち着きなさいよ」


 僕は肩で息をしながら仲間のそんな言葉を聞いていた。


 まだ腹の虫がおさまらない。


 僕は転生前からエルフの女の子に憧れていたんだ。


 女エルフに会うことは、転生した目的の一つでもあった。


 ……期待していたんだぞ。

 ……ずっと……期待していたんだ。


 それが、実際に転生してみればどうだ?


 出てくるエルフは男、男、男、男、男、男、男、男、男、男。やっと美人が出たと思ったらソイツも男。


 これがライトノベルだったら破り捨てて作者にクレームつけてやるところだ。


「ありがとうな。シャルル。俺のことであそこまでキレてくれるなんて……。俺、お前のことをどこか勘違いしていたよ」


 カーメルが何か言ってる。


 今、話しかけるんじゃねーよボケが。


 だいたい、お前だって原因の一つでもあるんだぞ?


 何でハーフエルフなんて言う美味しいキャラなのに男なんだよ。


 関節逆に曲げんぞ?


 結局、僕らはその日、何も買わずに宿舎に帰った。



 そして翌日。


 僕は闘技場の観覧席で、怒りに燃えながら祈りを終えた王国選抜とエルフ選抜の対峙を見つめていた。


「ギャハハ! マジでハーフエルフ出して来やがった!」


 昨日出会ったエルフのアバンテとかいうクソが言った。


 すでに、僕の中では『エルフの男』というだけで怒りの対象である。


 我ながらめちゃくちゃな魔王だ。


 エルフ選抜にはアバンテと昨日の黒い布を被せられたエルフの仲間を含めた五人。


 確か、ダークエルフが何だとか言っていたような。


「あらあら、まあまあ、随分ごきげんなエルフさんですわね? なにやら、我がご主人様のお怒りを買ったとか? これはこれは、滅ぼさねばなりませんね?」


「……どうやら、うちのハーフエルフ君と因縁があるらしい。……モノロイ、ハーフエルフ君……あなたたちが殺っていい」


「あらあら、筆頭? お譲りするのですか?」


「……」


「まあ、よろしいですわ。私たちは手を出しませんから、ご自由におやりなさいな」


「かたじけない! 行くぞ! カーメル殿!」


「あ……ああ」


「このミキュロス! 助太刀するかな!」


 カーメルは何やら乗り気じゃないみたいだ。


 というか、昨日のエルフの言葉を引きずっている節がある。


「ギャハハ! 三人でやるって? 本気かよ! しかも一人はハーフエルフじゃねーか!」


「黙れ! 我が名はモノロイ・セードルフ! 仲間の名誉に賭け! うぬ等を倒す! いざ!」


 そうしてモノロイが突っ込んで行く。


 アバンテは水の魔法をモノロイにぶつけた。


 それでもモノロイの突進は止まらない。


 モノロイの巌骨一徹スタボーンが発動している。


「……なっ!」


 アバンテがモノロイの鉄拳を顔面に受けて吹き飛ばされた。


 アバンテの味方の三人の魔法がモノロイに飛ぶが、そのうちの二つをミキュロスの隕墜石礫メシーバレッジ が撃ち落とす。


 エルフの魔法は、ほとんど純粋な外部魔力だけで作られたような代物だ。感知しようにも念しが使えなければどうにもならない。


 ミキュロスは念しは使えないはずだ。


 つまりミキュロスは、相手の魔法発動時の癖や細かな機微を読んで防御したのだ。


 事前に相手を調べ尽くし、それを戦闘に反映させるミキュロスはとんでもなく優秀なのだろう。


 カーメルもそれに続いてエルフの一人に向かうが、どうにも動きがぎこちない。


 全力が出せないみたいに見える。


 昨日、エルフ達の前でもカーメルは何も言えずにいた。


 後でアスラに聞いたが、エルフはあらゆる人種の中で自らの種族こそが最も崇高であると自認しているらしい。


 それもあって、ハーフエルフのように他の種族と交わった者には特に辛く当たるらしい。


 ある種の差別感情が、そこにはある。


「くそが! コイツらやりやがる! ダークエルフを放て!」


 アバンテの言葉に、仲間のエルフがダークエルフと呼ばれた異様な格好をした姿のエルフの仲間に被せられた布と、腕と首の鎖を外した。


 そして、ダークエルフの貌が露わになる。


 褐色の肌、白く長い髪、すっと通った鼻筋と、パッチリとした銀色の眼。そのコントラストを、僕は美しく想う。

 

 しかし、異様なことにダークエルフのその口は、まるで雑なパッチワークだとでも言うかのように、太めの革紐で縫い合わされている。


 そして、そのダークエルフの貌を見て、僕の頭に金属音が響く。


 そこに、僕の『仲間』がいた。


 その衝撃の事実に僕の脳内は一度フリーズしたが、すぐにソレは高速で回転し始める。


 僕の身体中にアドレナリンが溢れ出す。


 僕は興奮していた。


 ……その『神』に選ばれしダークエルフには──




 ──大きな大きな胸が付いていたのだ。


「……つ……ついに会えた……」


 僕の口から漏れた言葉にアスラが反応した。


「……シャルル君?」


「……え……え」


「……え? 何を言っている?」


「……える……」


「エルフのことか? さては……あのダークエルフか? 彼女は確かに異様な人物だが……何かあるのか?」


「エルフの女!!!」


「……は?」


「エルフの女の子だあああああああ!!! ひゃっほおおおう!」


 観覧席の全員から僕に視線が注がれる。


 僕の興奮など他所に、戦況は一変した。


 ダークエルフの女の子が、とんでもなく強かったのだ。


 モノロイを片腕で捻じ伏せ、背後から接近したカーメルを馬のように蹴り飛ばした。


 ミキュロスの魔法が彼女を襲うが、何とミキュロスが放った隕墜石礫メシーバレッジ が彼女の目の前で消え失せた。


 束になった石礫が、彼女の目前で砂に戻ったのだ。


 何かのスキルだ。


 おそらく、僕の簒奪の魔導アルセーヌ 至福の暴魔トリガーハッピー、そして沈黙は銀サイレンスシルバーのような特別なスキル。


 その光景を見た時、僕は簒奪の魔導アルセーヌ で奪ったのかと思った。


 彼女も僕と「同じ」なら、簒奪の魔導アルセーヌ を持っていても不思議はないからだ。


 しかし、アレは簒奪の魔導アルセーヌ じゃない。


 簒奪の魔導アルセーヌ は起動時に他人の魔法を使い手に吸収するような挙動を見せる。


 つまり、魔塞シタデルのような防御系スキル。

 しかも自動発動型だ。

 そして、ミリアの聖天の氷壁ヘイルミュラーなんかよりずっと強力なのだろう。


 今もミキュロスの魔法のことごとくを打ち消している。


 まるで魔法が煙になって風に散るように、霧散するのだ。


 モノロイの顔面にダークエルフの鉄拳が入り、彼の首輪が赤く染まった。


 魔導師としては、王国勢初のリタイアだ。


 モノロイの巌骨一徹スタボーンを貫く鉄拳、とんでもない破壊力だ。


 ダークエルフの女の子は首と両腕から垂らした鎖をジャラジャラと鳴らしながらミキュロスに迫る。


 そうして、ミキュロスの魔法の全てを打ち消しながらミキュロスの大きな鷲鼻に飛び蹴りを入れる。


 ミキュロスは吹き飛ばされ、彼の首輪が赤くなる。


「ギャハハ!! ゴミの割に良い仕事だ! お前の存在はクソだがその馬鹿力は最高だぜ! ハーフエルフは後でゆっくり痛ぶる! あの女二人をぶっ潰せ!」


 アバンテが下劣な笑みを浮かべて叫ぶ。


 カーメルはモノロイとミキュロスを見ながら絶望感に顔を染めている。


 ──至福の暴魔トリガーハッピー起動──


 あんなに……。




 ──僕の中に激情が怒涛のように訪れる。




 あんなに可愛い女の子を……。


 ……ゴミ。


 ……ゴミ呼ばわりだと?


 僕が初めて出会ったエルフの女の子を……。


 ゴミだと!!


 僕は至福の暴魔トリガーハッピーの起動を告げる沈黙は銀サイレンスシルバーを無視して叫んだ。


「ふっざけんなあああああ! カーメル! 何をウジウジしてやがる! 他人の言葉にピヨピヨしやがって! クッソくだらねえ! テメーの価値はテメーの物差しで測りやがれ! そんなクズどもにビビってんじゃねえええええ!──」


 ──あんなに可愛いエルフの女の子をゴミ呼ばわりだと⁉︎ その言葉だけは断じて許さん! 失格など知ったことか! 俺が殺すからその場所代われ!


 と続けるつもりが、席から身を乗り出したところをアスラやラファ、そしてその他の騎士選抜の選手に飛びつかれて口を塞がれた。


 ──懲罰の纏雷エレクトロキューション起動──


「あばばばばばばばば」


 咄嗟に離れたアスラ以外の人間が、僕の周りで感電している。


 戦場では、何故か僕の叫びを聞いて目の色を変えたカーメルがよろよろとした足取りながらダークエルフに飛びかかった。


「うわああああああああああ!!」


 ダークエルフがカーメルに拳を入れようとするが、及び腰だったカーメルはつまづいて転び、それを幸運にも回避した。


 それでもその勢いのままに、カーメルはダークエルフの足元にしがみつく。


 そしてそんなカーメルに、今にもダークエルフの可愛い女の子が拳を振り下ろそうとする。


 その時、いつからいたのか、ハティナがダークエルフの目の前で跳躍した。



 ──メキッ。



 そんな音が聞こえた。


 ダークエルフの顔面に、今度はハティナがその小さな拳を叩き込む。


 下半身にしがみついていたカーメルごとダークエルフは闘技場のはじまで吹き飛ばされ、壁にぶつかり気を失った。


 カーメルとダークエルフの首輪が赤く光る。


「……魔法が効かないなら……物理で殴れば問題ない」


「相変わらずのゴリラじみた腕力ですわねえ。さ、残りのお掃除は私にお任せ下さいな」


 ミリアがガンガンに魔力を廻して呪文を唱えた。


 ──氷獄の微睡アニードーズ


 かつて筆頭魔導師として、帝国の魔導師だった親友、エリファス・グリムリープと帝国勢を挟撃して王国を守護した魔導師。

 

 『氷獄』と呼ばれ、隣国に恐れられたワンスブルーの女当主にして女性としては初の王国筆頭魔導師。


 アナスタシア・ワンスブルーが開発した大魔法。

 

 数ある王国魔法の中で最も多くの帝国兵を殺したとされる氷の大魔法だ。


 一陣の風が吹き抜ける。


 風の通った後に、まるでブリザードでも起きたかのような氷の世界が広がる。


 そうして、ミリアの大魔法は彼女の眼前に立つ全てのエルフを巻き込んで凍らせる。


 さながら闘技場の一角は、突然氷河期を迎えたような有様になった。


 魔道具に守られたアバンテがガチガチと歯を鳴らして震えている。


 エルフ選抜全員の首輪が、雪原に咲く薔薇の如く、鮮血のような赤色を鮮やかに浮かべた。

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