第79話 股の間の余計なアレ。

 その日の夜、僕はライカとモノロイとメリーシア、そしてカーメル。ついでにウォシュレット君と一緒に帝都の市場を巡っていた。


 どうしてこのメンバーかと言えば、僕がハティナに宿舎を追い出されたからである。


 何やら女の子チームで話合いがあるらしく、それを僕には聞かせたくないらしい。


 意外なことにミリアもそれに賛同した。


「……わたしたちは、とても大切な話をする。……シャルルは買い出しに行ってきて」


「ああ! ご主人様! 私、とても辛うございます。ですが、これは避けては通れない話合い。しばし、しばし御容赦を!」


「シャルル! お買い物いくの? あたしも行く!」


「……イズリー」


「イズリーさん?」


「はわわ、い……いってらっしゃい。ニコちゃん! ニコちゃん⁉︎」


「ふははは! 宿舎を追い出されるとは哀れだな! シャルル! ミリアさんのことは、このウォシュレト・シャワーガインに任せ──」


「羽虫がぶんぶん煩いですわねえ」


「……その通り。……ウォシュレットも買い出しに行くべき」


「な……ミリアさん……ハティナ嬢まで……」


「うるさい羽虫共々、関係ないお方々にはお買い物に行ってもらいましょう。ご主人様の護衛も必要ですし」


「……それは良い考え」


「わ、私はラファ君と打ち合わせがある。ミキュロス殿下も同様だ。女性陣の話合いには関わりを持たないから、買い物は任せたよ」


「ボス! 騎士選抜との折衝は、このミキュロスとアスラめにお任せあれ!」


 こういう顛末だ。


 僕は心の中で泣いた。



「何で俺まで?」


 市場を歩くカーメルが愚痴を漏らす。


「いいじゃないかカーメル。どうせ暇だろう? そんなこと言わずにさ。付き合ってくれよ」


 僕がそんなことを言うと、彼はため息を吐いて「めんどくせ」と言っていた。


「ほんとよね。私はまだ毒物制作の実験が残ってるのに」


 カーメルの愚痴にメリーシアが追随する。


 流石に女の子成分がライカだけではむさ苦しくて耐えられない。

 そんな外出などごめんなので、メリーシアにもついて来てもらっていた。


「まあまあ、メリーシアよ。シャルル殿もお主に新たな薬品を買って与えると申しておるのだ。ここは皆で『しょっぴんぐ』と洒落込もうではないか」


 モノロイがそう言ってとりなす。


 しかし、このイカツイ顔で『しょっぴんぐ』とか言わないで欲しいなあ。


 僕の頭の中に恩知らずにも程がある思考が巡る。


「このウォシュレト・シャワーガインがシャルルなんぞとショッピングとは……。これほどの屈辱があるか……」


 そんなことを呟いたウォシュレット君に、ライカが言う。


「おいケツシャワー。ついて来てくれた礼だ。御身には何かプレゼントが必要だろう。私の斬撃などどうだろう? その雑な造形の顔を、御身の身体から切り取ってやろう」


「雑な造形の顔とはなんだ! 僕の顔は結構、良い方だ! そして、何故君は僕にだけ辛く当たるんだ! ついでに僕の名前はケツシャワーじゃあない! 僕の名前は──」


「うるさいブスシャワー。御身の関節の全てを逆に曲げてやろうか?」


「ぶ、ブスシャワー? なんだそれは! 僕の名前は──」


「関節への攻撃は止めろ!」


 困惑したウォシュレット君の隣で、何故かカーメルが叫んだ。


 カーメル……。


 トラウマなのだろうか。

 イズリーに代わって謝ろうかなあ……。


 そんな会話をしていると、男性エルフの集団が声を掛けて来た。


「おや? 君、ハーフエルフじゃないか?」


 三人組のエルフの中央に立っているイケメンがカーメルにそんなことを言う。

 

 僕はそんなことよりも、何故エルフは女性が現れないのかということを不満に思った。


「……」


 カーメルは忌々しそうにしながらも、男性エルフの言葉を無視した。


「おいおい。無視か? 穢れた血は耳まで悪くするのか?」


 男性エルフはしつこくそんなことを言ってくる。


 女の子じゃないならどこかに行ってくれないだろうか?


 僕は早く女性エルフを見てホクホクしたいのに……。


 盗賊エルフも全員男性だったこともあり、僕の中で謎の不満が燻る。


「ギャハハ! エルメル! 半人前がまともなわけねーだろ? ……待てよ。コイツら王国の選抜じゃねーか?」


 取り巻きの一人がそんなことを言うと、エルメルと呼ばれたリーダー格の男エルフが何かに気付いたように目を開いて言った。 


「確かに……そこのデカいのは開会式の時に見た覚えがあるな。王国選抜は出来損ないの混血を使うほど人材不足か?」


 おそらくエルフ国の選抜なのだろう。

 エルフ国選抜の白い制服を着ている。


 ウザいなこいつら……。


 僕は心にかなりのフラストレーションを溜めながら、それでも冷静を保つために努力する。


 すると、エルフの集団に遅れて二人の仲間が合流した。


 一人は何やら真っ黒な布を頭からかぶり、顔が見えない。そればかりか、両手を鎖で縛られ、布の上から付けられた首輪から垂れる鎖をもう一人のエルフが握っている。


 しかし、次の瞬間そんな異様な姿のエルフの仲間のことなど頭から吹き飛んだ。


 鎖を握るエルフがとんでもなく美しかったのだ。


 もちろん、ハティナやイズリーほどではないが、なるほど女性エルフとはこんなにも美しいものかと、僕の心に薫風が吹き抜けるようだ。


「遅いぞ、テランヘル」


 リーダー格のエルメルが美人エルフに向かって言い、それに対して美人エルフが鎖で縛られた仲間を見て言う。


「すまんぜよ。コイツが言うこと聞かないんぜよ。しっかし、いくら強えーからってこんなゴミを選抜に入れるなんて、上の考えはわからんぜよ」



 ……ぜよ?

 ……それに、ずいぶんと乱暴な言葉使いだなあ。

 いや、待て待て。

 そういう文化なのかもしれない。

 いわゆる方言のように、エルフの女性はそういう語尾で話すのかも。

 そうだよ。

 異文化なんて総じておかしく見えるもんだよな。


 だからってそれを否定してはいけない。

 だって、彼らにとってそれは普通のことなんだからさ。


「ああ、全くだ。しっかし、テランヘルよ、一応、ソイツの世話はお前が任されてるんだ、自分の責務はきちんと果たせよ」


 エルメルに言われて、テランヘルちゃんが答える。


「かぁーっ。めんどくせえ。何で俺っちがダークエルフの世話係なんぜよ?」


 ……俺っち?

 そうかあ。

 一人称は俺っちかあ。

 ……俺っちかあ。

 いや、美人が乱暴な言葉使い? まあ、嫌いじゃないよ? ギャップ萌え? みたいなこともあるしね。

 でも、俺っちってのはなあ……。


「テランヘル、俺らの中ではお前が一番腕力あるんだから、お前が適任なのさ」


「ああ? だからって不公平ぜよ! 女ならまだしも、お前だって男なんだからお前もやるべきぜよ!」


 ……ん?

 テランヘルちゃん……?

 ……お前だって男……とは?


「へへへ。それより見ろよテランヘル! 王国選抜にはハーフエルフがいるぜ?」


「はあ? ……マジぜよ! 混血使うなんて、アホぜよ!」


「……ついているの?」


 僕は思考に言葉が追いつかないまま、なんとか口からその疑問を捻り出してテランヘルちゃんに向けて言う。


「ギャハハ! 王国って騎士戦全敗らしいぜ?」


「マジぜよ⁉︎ 俺っち王国生まれじゃなくて良かったぜよ!」


 僕の言葉は無視された。


 ……聞こえなかったのかなあ。


「テランヘル、アバンテ、それを言ったら流石に可哀想になってくるな」


「むむむ。さっきから聞いておれば、お主らの言葉は下劣がすぎる! 我らの仲間に対し、無礼であろう!」


「全くだな。このウォシュレト・シャワーガイン! 誇り高き王国魔導師として、これ以上の仲間への侮辱は看過できん!」


 モノロイとウォシュレット君が何か言ってる。


 何が誇り高きだよ。


 そんなものより今はテランヘルちゃんの性別の方が大事だろう。


 お前らの誇りなんかより、美人エルフのモッコリの有無の方がよほど重大なのだ。


 あんなに美人なのに、万が一にも股の間にトランセルがくっ付いていて、「かたくなる」で防御力……否。この場合は攻撃力を上げてくる可能性が浮上したことの方が由々しき問題だろう?


「ああ? なんぜよ? 毎回最弱の王国選抜が、俺っちたちに噛みつこうってのは、それこそ滑稽ぜよ!」


「テランヘルちゃん? ……ついているの?」


 僕は再度問う。


「僕の名前はウォシュレト・シャワーガイン! 貴様らは必ず大会で僕が倒す!」


「ギャハハ! まだ言ってるぜコイツ!」


「我らは魔導戦で明日当たる! 我らが勝てば、先程の言葉、取り消してもらうぞ!」


「はっ! いいぜよ? ただし、俺っちの出番は合同戦ぜよ。魔導師戦と合同戦、どちらも勝てたら取り消すぜよ?」


「……ホントにホントについてるの? ……ついているの? ついていないの? どっちなの……?」


「我が名はモノロイ・セードルフ! 必ずや魔導師戦で勝利を掴もう!」


 相変わらず僕を置き去りに話は進み「魔導師戦なら、アバンテと当たるってことだ。どーせ勝てやしないさ」と、僕のことを無視してエルメルが言う。


 ──至福の暴魔トリガーハッピー起動──


 沈黙は銀サイレンスシルバーが僕の脳内で何か言ってる。


「ギャハハ! 悪いなあ、俺が倒しちゃうからテランヘルの出番はねーぜ!」


 アバンテの言葉に、テランヘルが答える。


「ふ! まあ、いいぜよ。俺っちも誇り高きエルフの男! 二言は無いぜよ! せいぜい足掻くが良いぜよ!」


 ……確定した。


 ……男。


 ……やっぱ男。


 僕の脳内に、大量の緑で硬い眠たげな目をしたアイツが溢れかえる。


 その瞬間、僕の中で何かが壊れた。


「あああああああああ! もう我慢ならん! お前らエルフは全員! 今ここでぶっ殺す! どいつもコイツもむさ苦しい男ばっかり出してきやがって! マジでお前ら全員滅ぼす!」


 飛びかかろうとした僕をモノロイが羽交い締めにする。


「シャルル殿! 突然どうなされた! この者達とは大会で決着をつけると──」


「主様! このライカめも助太刀いたします!」


「止せ! ライカ殿! シャルル殿が失格になるぞ! シャルル殿も! 落ち着きなされ!」


「うるせえええー! 離せモノロイ! コイツの股の間に付いてる『さなぎポケモン』引っこ抜いてディグダみたいにアイツの股ぐらにイワヤマトンネルをブチ抜いて性別変えてやらあ!!!」


 ──懲罰の纏雷エレクトロキューション起動──


「あばばばばばばばば」


 モノロイが僕の背後で感電している。


「このライカは主様の剣! 主様の敵は、我が敵である!」


「あなたも大人しくしてなさいよ。泥濘の抱擁ラヴスムーチュ!」


 「ぬあ! なんだこのネバネバは! ぬう! まとわりついて離れん! 主様の敵前でこの様な──」


「な……なんなんぜよ。狂ってるぜよ……」


「止めるんだ! シャルル! 気持ちは分かるが今は抑えろ! このウォシュレトがこの名に誓って大会で決着を付けようと言ったんだ、それを君は反故にする気か!」


「知るかボケえええ! てめえは切れ痔になるまでケツ洗ってやがれ! 俺はコイツを殺す! エルフの男もみんな殺す! ぶっ殺す! 虐殺! 鏖殺! 惨殺だあ!!! 早く俺を離せ肉ダルマ! コイツら殺せないだろうがああああ!」


「イズリーさんみたいなことを言うんじゃあない! モノロイ! そのまま掴んでろ! 僕も──あばばばばばば」


「ま……マジかよ。お前ら頭おかしいんじゃねーか⁉︎ 巻き添えで失格はごめんだぜ! エルメル、テランヘル、行こうぜ!」


「そうだな。全く、王国の人間には呆れるな。とっとと行くぞ」


 そうして怒り狂う魔王を残して、エルフのクソったれ共は去って行った。


 

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