第78話 正義

 僕に挑発され続けたギレンは、とっくに限界を超えていたようだった。


「……君との会話は我慢がならない。これにて失礼する」


 そう言って、ギレンは席を立つ。


 まだ、話は終わってない。

 

 僕はそう考え、ギレンへ言葉を続けた。


「最後に一つ。『神』から僕への神託は、勇者と協力して南方を解放しろ。というものでした。……僕に協力する気、ありますか?」


 ギレンの動きは止まった。


 ……いいぞ。

 ……怒れ。


 僕はそう考えながら、それを悟られないように皇国と獣人国の試合に目をやる。


 眼下の戦場では、皇国選抜が獣人国選抜に敗れていた。


「ふ。ふふふ、ふはははは! 笑止! 寝言を言うのもたいがいにしろ! 北方に生まれた魔王が南方の魔王を討伐するだと? いいか? お前はどうせ滅びるだろうから、冥土の土産に教えてやる。我ら帝国はお前たち王国を滅ぼし、その上で南方を解放する! いずれ王国民は帝国民として、南方の解放を祝福するだろう! その時、お前はこの世にいない!」


 僕の狙い通りに、彼はキレた。


「倒せますか? 魔王である僕を……」


「無論。魔王は全て滅ぼす。魔王など、この世にいてはならない存在だ。それに、勇者のジョブは魔王を滅ぼす為のものに相違ない。つまり、君では余には勝てないということだ」


「仮に勇者のジョブがそういう類のモノだとして、王国は関係ありませんが?」


「王国と帝国の国力の差もわからないのか? 王国民も、帝国の庇護を受けた方が幸せだとは思わないか? つまり、王国侵攻は正義! いや、勇者の行いこそが正義! これは聖戦なのだ!」


 ……やっと出た。


 僕の挑発はこの言葉を聞くためのものだ。


 相手を怒らせれば、必ず本心が姿を現す。

 どんなに本音を巧妙に隠しても、怒りの前にはその迷彩は剥がれ落ちる。


 勇者のジョブが魔王を倒す為のモノだと考えている彼ならば尚更だ。


 ギレンは思っているだろう。


 魔王を倒す為のジョブを持つ自分が、魔王に負けるなど、天地がひっくりかえってもあり得ない。


 そう考えている彼だからこそ、本心が聞ける。


 僕を警戒していれば、絶対に隠しておくはずの本心。


「……正義ねえ。貴殿の正義は、逆の立場から見たら悪ではないですか?」


「……何い?」


「力を背景にした純粋な正義は、転じて純粋な悪ですよ。それは、僕が一番知っています。なぜなら、僕はこれまで散々そうしてきましたから。そして、これからも僕は力と謀略で自分の意志を通します。ただ、それは悪だ。でも、僕はやります。そのための力ですし、……そもそも僕は魔王ですから」


「余は、勇者だぞ。……この世に一つのジョブだ! 余の行いは正義! 悪を滅ぼす、神の槍だ!」


 そう言って、ギレンは部屋の扉を開けた。

 僕は座って、勝負に敗れた皇国を眺めながらその背中に言う。


「時に勇者様。貴殿はご自分のスキルを、ちゃんと鍛えておられますか?」


「……何を言うかと思えば。無論。齢三つの時に五つのスキルを持っていたからな。その時から鍛錬を怠ったことなどない!」


 ギレンは何を聞かれたのか、よくわかっていないらしい。


 そして、最後に僕は呟くように吐き捨てた。


 「それはそれは……奪い甲斐があることで」


 その呟きを聞いてか聞かずか、苛立ちと差別意識からギレンはデュトワに横柄に接する。


「デュトワ! 何をしている! この裏切り者のコウモリが! ボサッとするな! 行くぞ!」


 デュトワは不満を一切顔に出さずに、皇太子について行く。


 気付けば、僕の至福の暴魔トリガーハッピーが目覚めていた。


「……おい──」


 僕は無意識に勇者に向けて言葉を放っていた。

 ギレンが怪訝そうな顔で僕を見る。


「──あんまりグリムリープを舐めるなよ? 魔王が危険だって言うなら、俺は魔王でグリムリープだぜ? 勇者の天敵は、コウモリってことだ」


 ギレンとデュトワが僕を見て、驚愕の表情を浮かべたがそれをすぐに隠した。


「……君は、勇者は魔王を倒した者であるべきだと、そう言ったな? なら……魔王とは何の王だ? 君は、王族でもなければ皇族でもないはずだが?」


 僕はギレンの目を見て答えた。


「魔王ね。こんなもんは、ただのジョブだ。俺はいい加減うんざりしてるんだよ。人に勝手に魔王だなんて大層な役割与えた『神』にも、そのジョブだけ見て俺を恐がる人間にも、血筋だけ見て裏切り者だと決め付ける、お前のように『自分の眼』を持たないヤツにもな」


「勇者も、ただのジョブだと?」


「勇者も魔王もただのジョブだ。ギレン、あんただって感じてるんじゃないのか? お前は勇者で皇太子である前に、ギレン・マルムガルムだって。俺もそうだ。俺は魔王である前に、グリムリープである前に、コウモリである前に、俺は……俺だ」


「……」


「自分のジョブを誇るのは勝手にすりゃあいいがな。こんなクソくだらねーモンを鼻にかけて他人を見下すのは止めろ。お前はお前。俺は俺だ。ジョブなんてもんは、俺たちが自分の力で勝ち取ったものじゃない。ただ生まれた時に勝手に付いてきた、付属品だ。……そうじゃねえだろ。本当に大切なものは。本当に人間の価値を決めるのは、こんなモンじゃないはずだ」


「……やはり、君とは考えが合わないね」


 そうして、ギレンとデュトワは去って行った。


 ギレンとの会話を終えて、僕はしばらく考えていた。


 正義。


 そして悪。


 正しさ。


 果たして、『満遍のない正しさ』というモノなど、存在するだろうか。


 例えば殺人。


 誰もが殺人などやらないことの方が正しいと考えるだろう。


 殺人は正しく悪だと。


 それは、そうだろう。


 だが、イズリーを攫った悪漢を殺したこと。


 アレも悪だろうか?


 あの悪漢が死んだことで、イズリーだけでは無く、彼らの次の犠牲者になるはずだった人物も救われたはずだ。


 自分を攫うはずだった人間が事前に殺された。


 それを聞いた人間も、果たして僕を悪だと断ずるだろうか?


 満遍ない正しさなのだから、あの場合は良し。などとはならない筈だ。


 しかし、あの悪漢たちにも親がいて、もしかしたら妻や子がいたかもしれない。


 その人たちからしたら、やはり僕は悪だろう。


 正道。


 善。


 そんなモノは風前の灯のように、吹けば消える。


 見方次第で裏返る。


 まるでコインの裏表。


 ギレンは本心から王国を帝国領にすることが、正義だと思っているのだろう。


 僕たち王国民からすれば、あまりに身勝手な論理に聞こえるが、正直なところ彼からは悪意のようなモノを感じなかった。


 それはつまり、自分なりに僕を見て判断しようとしていたのだろう。


 僕が魔王だという噂を聞きつけ、こうして自分から足を運んで会いに来たくらいなのだから。


 だが絶対的な正義など存在しない以上、彼の正義は見方を変えれば絶対的な悪。


 それならば、僕はそんなモノには拘らずに生きる。


 イズリーとハティナを守れるなら、たとえこの手を汚しても守る。


 『神』との約束を果たせるならば、たとえ汚い謀略を使ってでも果たす。


 僕はもう、拘らない。



「……ボス」


 そんなことを考えていた僕にミキュロスが声をかける。


「ああ。すまない。考えごとしてた」


「……良かったのですかな?」


「良かったって?」


「殿下が言いたいのは、ギレンを怒らせてしまったことだろう?」


 アスラが言う。


「……そのことですか。まあ、本心を聞くために怒らせたので。仕方ないですね」


「しかし、帝国は強力ですかな」


「まあ、なんとかなるだろ。僕、魔王だし」


「シャルル君、この際だからはっきり言おうと思う。私は君の軍門に降った以上、君に忠を誓いたいからな。単刀直入に聞くが、君はミキュロス殿下を信用しすぎではないか?」


「……ミキュロスを?」


 僕はそれをミキュロスの前で堂々と言ったアスラに心底驚き、そして同じくらい尊敬した。


 この男はやはり器がちがう。


「これはこれは。アスラ・レディレッドよ。余の忠誠が偽りのモノだと。貴殿はそう言いたいのであるかな?」


「無礼を承知で言いますが、その通りです。殿下。殿下はシャルル君への恐怖で動いている。私も似たようなものだから人のことは言えないが、殿下はいつか裏切るのでは?」


「それならば、貴殿とて──」


「……やめろ」


 僕の殺気丸出しの言葉に、二人は沈黙した。


「委員長。僕はミキュロスを信用していますよ。コイツは誰よりも狡猾で、ズル賢い人間です。だからこそ、僕が力を持っているうちは僕を裏切ることはないはずです。なぜなら、ミキュロス。お前にも狙いがあるだろう?」


「……ボ、ボス。よ、余は……」


「ミキュロス。お前は王権を狙っている。そして、それには僕の力とジョブが必要だ。……そうだろう? 継承権で兄に負けてるお前は、国王には絶対に即位できない。……しかし、魔王をコントロールできるとすれば、話は別だ。だから、僕の力が必要なんだ。……違うか?」


 ミキュロスは、何かを諦めたような顔をして僕を見た。


「……はい。余は、ボスの力を与力として、王権を狙っておりましたかな……」


 この世の終わりのような顔をしているミキュロスに、僕は言う。


「なら、ミキュロス。僕が、お前を王にしてやる。そして、お前は魔王をこの世で唯一コントロールできる存在として、君臨するがいい。しかし、本質は逆だ。お前は魔王の傀儡として、僕に意のままに操られろ」


「な……シャルル君! それは……」


「……ボス」


「僕はね、委員長。そういう関係性があっても良いと思うんです。ミキュロスは僕の武威を頼り、僕はミキュロスの権力を頼る。それって、いわゆる友達同士でやるようなことと、何が違うんですか? お互いでお互いを補い合う。それってもう、仲間じゃないですか? たとえ、そこに打算や損得が絡んでいたとしても」


「し、しかし……。シャルル君、君自身はイズリーさんやハティナさんには自己犠牲を……そう。そうだ。友情って言うのは、自己犠牲を伴うモノのはずだ!」


 アスラの言葉はもっともだ。

 僕はそれでも、アスラに言う。


「あの皇太子、アレ、本気で自分を正義だと信じていましたよ?」


「そ、それが? それが何だって言うんだい?」


「僕たちからしたら、祖国の存亡がかかってるってのに。アイツ、自分の言うことだけを正しいって言うんですよ。友情だって、そうなんじゃないですか? 裏返せば、保身や自己愛だったりするんじゃないですか? 自己犠牲って言うけど、友達のために命を張れない自分を許せないなら、それってもう、自己愛なんじゃないですかね」


「いや……それは……」


「自己犠牲を強いる友情って、それこそ友情なんかじゃないと思いますよ。僕がイズリーやハティナに向ける執着は、裏返せば僕のエゴかも知れない。とどのつまり、僕たち人間は自分のことしかコントロール出来ないんですよ。僕がどんなに願っても、ハティナやイズリーが僕を裏切ることがないって確証なんか、無いですし」


「イズリーさんやハティナさんは……君を裏切ることなんかないだろう?」


「でしょうね。でも、それは互いが互いを信じているからです。双子は僕自身を、僕は双子を。そして、僕とミキュロスは互いの『力』を信じ合う。それってつまり、本質は一緒なわけです」


「……。わかった……。いや、わからないが……理解はできないが……君がそれで良いなら、私も納得しよう」


「……ボス。ありがたき幸せ! このミキュロス、ボスが力を失うまで、貴殿に忠誠を誓いますかな!」


 ミキュロスは僕に跪く。


 彼は鷹のように鋭い両の目から涙を流していた。


 それを見て、アスラが言う。


「ミキュロス殿下を王位に据えて、私達に魔導四家の実権を握らせる。……なるほど、王国簒奪の秘策とはそういうことか……」


 アスラは、ぼんやりとした様子でそんなことを呟いた。


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