第77話 邂逅

 デュトワとウォシュレット君の決闘の次の日、王国選抜はドワーフ国との対戦を迎えた。


 その試合はまたも王国勢の圧勝に終わる。


 また例の祈りを与えた後、なんとミリアとハティナは開始早々に見物を決め込んだ。


 ドワーフ国代表の「戦場で手を抜くだと? 小癪な! 本気で我らと戦え!」という至極真っ当な要求を、ウチの二人の姫君は完全に無視した。


「あらあら、何だかお酒臭いですわね? ああ、これはこれはドワーフ国の方々でしたか。珍しく穴ぐらから迷い出てきたんですわね?」


「……わたしたち魔王四天守フォーカーズに挑みたいなら……まずは雑魚を倒すべき」


 彼女たちはそんなセリフを吐き捨て、後は本当にモノロイたちに任せて高みの見物を決め込んだのだ。


 そして、実際の戦闘ではモノロイとカーメルが突撃し、ミキュロスがそれを完璧にサポートすることでドワーフ国を圧倒的な力技で捻じ伏せていた。


 小柄ながら強堅なドワーフ族を、その鍛え抜かれた肉体を駆使してちぎっては投げるモノロイと、独特なリズムで常にモノロイの影から不意打ちを放つカーメル。そして、嫌らしいくらいにクレバーなタイミングで放たれるミキュロスの魔法。


 なかなかのコンビネーションだった。


 会場はドワーフ族の観客による怒号と野次、そして、その他の種族の観客たちからの歓声で沸いた。


 

 その観戦を終えた僕は、闘技場の最上段に敷設された観覧席にいた。


 試合後に、デュトワが姿を現して僕に話があると言ったのだ。


 また決闘かと思ったが、どうやらそれは違ったらしい。


 僕に話があると言うのは、デュトワとは別の人物が、ということらしい。


 椅子は二脚だけ用意されていて、一般の観覧者が立ち寄れないように徹底的に警備されている。


 おそらく皇帝や皇族に近しい貴族たちが使う席だろう。


 僕はその内の一つの椅子に座り、背後にはアスラとミキュロスがいる。


 普通はミキュロスが座るべきだろうが、これはこれから会う人物へのポーズの意味合いもある。


 すでに戦いは始まっているんだ。

 政治と言う名の空中戦が。


「遅れてすまないな」


 そう言って、一人の青年が部屋に入って来た。


 肩まで伸ばした金髪を揺らした青年。


 十五歳くらいだろうか。


 アスラもイケメンだが、中性的な彼とは違って、上背もあり男らしい。


 マルムガルム帝国皇太子にして勇者のジョブを持つ男。


 ギレン・マルムガルムだ。


 ギレンの後ろで、デュトワが直立不動になっている。


「これはこれは、皇太子殿下。王国選抜、シャルル・グリムリープです」

 

 僕はなるべく淡白に挨拶する。


「帝国皇太子、そして勇者にして南方を解放する者。ギレン・マルムガルムだ。まずは、デュトワの非礼を詫びよう。彼のしたことは演武祭に限ってはやるべきでなかった行為だ。厳罰に処すよ」


 彼は勇者、という部分をことさら強調して言う。


 何か含みのある言い方である。


 そして、ギレンはデュトワに平手打ちをした。


「帝国魔導の面汚しが! これだから裏切り者のコウモリは信用ならん!」


 デュトワは頬を腫らしながらも、未だ直立不動のまま沈黙を保っている。


 僕はそれを見なかったことにした。


 ここで僕が何か言えば、彼は僕に借りを作ったと考えるだろう。


 僕に庇われてしまったデュトワの心情を考えると、それだけは僕には出来なかった。


 しかしアレだ。

 

 一見穏やかそうなイケメンだが、キレると豹変するタイプだな。


 それに、僕を前にして『裏切り者のコウモリ』などと口にするとは。


 おそらく、僕の事など本来は眼中にない。


 そういうメッセージなのだろう。


「王国貴族、ましてやミキュロス王子殿下と同室したとあっては、要らぬ噂も立とう。あまり長居はできないな。……いつもそうだ。いつでも時間は限られている」


 ギレンはキザったらしくそんなことを言う。


「で、その勇者様が何用ですか?」


「ふ。君は勇者に物怖じしないんだな?」


「僕はその対極の存在ですから。つまり……」


「対等だと、そう言いたいのか?」


「……ええ。ま、僕個人の解釈は少し違いますけど」


「証明できるかい?」


「……いいでしょう。ミキュロス」


「御意」


 僕の背後に控えたミキュロスが、懐から僕のステータスプレートをデュトワに渡した。


 そして、デュトワは一瞬だけ驚きの声を上げて、その銀盤をギレンに渡す。


 ギレンはデュトワから受け取ったステータスプレートを見ながら僕の隣の席に座った。


 魔王と勇者の眼下に、コロシアムの戦場が広がっている。


「……ほう」


「ステータスプレートは絶対に偽れない。……でしたっけ?」


「教会の連中の台詞は、王国でも同じか。……しかし、こうなると困ったことになる。余の宿敵が、王国にもいるということなのだからな」


 ギレンはそんなことを言った。


 モルドレイの話では、彼は『神』から神託を受けたと言っていた。


 しかし、僕にはそれが引っかかっていた。


 いや、正確にはそれに違和感を感じたのは帝国に来てからだが。


 そして、その疑惑は確信に変わった。


 なぜなら、こうして僕に証拠を求めて来たからだ。


 もし、彼も『神』と出会っていて、その意志を直接聞いていたならば、僕のように頭に金属音が響くのではないだろうか?


 つまり、不意に僕の存在に気付くはずだ。


 それこそ僕がライカと出会った時のように、本能的に。


 だが、彼にはそれがない。


 彼には確信がないのだ。


 だからこそ、証拠を求めた。


 ライカも最初、僕と出会った時には僕の存在に気付いた様子はなかったし、彼女は『神』と会ったこともなければ、生まれる前の記憶もないらしい。


 そこで、僕は一つ確かめることにする。


「勇者様は、神託を受けたと聞き及びましたが?」


「ふん。当然だ。全知全能たる神は余に、この世を統べ、南方の魔王を討伐して世に安寧を齎せと仰ったよ」


「ワタクシ、めんどくさいんですけどー。とりあえず、勇者ってやつ、やって貰えますかねー? とか言ってですか?」


 僕は『神』のモノマネをしながら聞く。


「……? ふっ。王国貴族の冗談はユニークだね。神はもっと荘厳な人物さ」


 天を見上げるように、遠い目でギレンが答えた。


「……へえ。荘厳ねえ。それはそれは……」


「君は、神託を授かっていないのかい? まあ、魔王が神託など授かるはずもないだろうがな」


 ギレンは余裕を含んだ笑みを漏らした。


 闘技場で、皇国選抜と獣人国選抜の魔法戦が始まった。


「……どうですかね?」


「それは君が、神の予期せぬ存在だからさ。言ってみれば、イレギュラーだよ。はっきりと言うが、君の存在は全人類から望まれていない。もちろん、君のせいでは無いがね。しかし、これは厳然とした事実さ」


「……なるほど。そうかもしれませんね。僕のジョブは前科持ちですから。しかし、なるほどイレギュラーで神の予期せぬ存在ですか」


「……違うかい?」


「……いえ。しかし、貴殿の言葉を借りれば、全知全能たる神……でしたか? そんな高尚な存在が『予期せぬ』とは、どういうことでしょうね? 全知全能なのに魔王の出現のような、それこそ世界の存亡が懸かった大事を予期できないとは。……しかも、勇者様ですら今の今まで僕が魔王だとは気付かなかった」


「それは……」


 ギレンは言い淀んだ。


「……なるほど、帝国皇族のジョークはユニークですねえ」


 僕は嫌味たらしくシニカルに笑った。


「……」


 ギレンは今度は唇を噛んで怒りを表す。


「神はもっとテキトーですよ。彼女は人類の安寧なんて別に少しも望んじゃいない。そればかりか、そんなものは面倒ごとだと思っている節がある」


「ふ。今度は神を冒涜か?」


「魔王ですから」


「なら、余、自身の存在をどう説明する? 帝国皇太子の身でありながら、勇者のジョブを授かった。天啓と言わずして何と言うのだ?」


 ……それは、僕が『神』に勇者はどこかの国の王子や英雄がなる。


 なんて言ったからだろう。


 あの『神』はそれだけできっと……。


「さっき言ったでしょう? 僕も貴殿も、選ばれたのはテキトーですよ。貴殿の場合は、生まれが皇族だったからでしょう。僕の場合は……」


 自分が死んだことを冷静に、そして真っ先に受け入れたから。


 そう言おうとして、僕はやめた。


「神の気紛れとでもいう気か」


「ええ、正しく。そして……貴殿には神託が降りてなどいない」


「……何い?」


 ついに、ギレンは怒りを露わにする。


「だって……嘘でしょ? 貴殿は『神』に会っていない」


「……帝国の地で、余を嘘付き呼ばわりか?」


「例えばここが南方の灰と屍しか無い場所でも、僕は同じことを言います」


「……」


「では、貴殿に問いたい。勇者とは、そもそも何なんですかね?」


「当然、魔王を討伐する者だ」


「……なるほど」


 つまり、勇者は魔王と協力して南方を解放するつもりは、最初から持ち合わせてなどいない。


 ……まあ。


 ……当然か。


「余が次代の帝王となるから。余がこの世界を統べるに相応しいから。だからこそ……余が勇者なのだよ。選ばれたのだ。……神に」


 ギレンがこの調子では……。


 僕はそう考えて完全に頭の中を切り替えた。


「しかし僕の認識では、何の戦果も無い者は英雄などとは呼ばれないと思います」


「……それはそうだろう。当たり前のことだ。随分と遠回しな言い方をするな? それが何だ?」


「なら、おかしいと思いませんか? なぜ、貴殿はまだ魔王を討伐していないのに、勇者なのですか? 勇者とは、魔王を討伐した者であるべきでは?」


「それは、この世には元々ジョブというものが──」


「それですよ。そもそも、なぜジョブなんてものがあるんです? いらないじゃないですか。そんなもの。人の未来を予め決めるような、人の可能性を狭めるような。そんな代物」


「……わからないな。何が言いたい?」


「ジョブで人間は決まらないってことです。現に、貴殿は帝王となるべくして生まれながら、神託を得たなどと下らない嘘をつく」


 ギレンは完全に怒ったようだった。


 しかし、とどのつまりはそういうことだ。


 僕にはずっと疑問があった。


 ジョブという不思議な『設定』のようなモノ。


 あまりにも……不自然だ。


 ゲームや小説ならまだしも、本当の世界にそんなモノがあるのかと。


 最初こそ、転生なんかして浮かれていた僕はコレをそのまま信じていた。


 しかしだ、勇者の存在すら知らなかったあの『神』が、ジョブなんて言う『設定』を世界に課すだろうか?


 前の世界に酷似したこちらの世界。

 

 魔法やスキルはまだ分かる。


 それは『神』も在ると言っていたから。


 そういうものだと納得できる。


 だが、ジョブのことに関して『神』は何も言っていない。


 そして、魔王を倒す為の僕が魔王のジョブになったこと。


 あまりにも不自然。


 ジョブ。


 サッカーが好きでプロを目指す少年に、君のジョブは絵描きだなどと言っても、その少年は納得するだろうか? たとえ、その少年に絵描きの才があったとしてもだ。


 人間なんて、自分が好きなことをやるべきじゃないか?


 才能とかセンスとか、そんな高尚なものは後付けでいいんじゃないか?


 たまたま好きな物と才能が一致した人は、そりゃ成功するだろう。


 でも、それが全てなのだろうか?


 才能なんてなくても、モノロイの様な生き様で、他人の心は動かせることを、僕は転生して初めて知ったんだ。


 つまりは、人を才能の種類で管理するかのような代物が、ジョブの本質だ。


 ひょっとするとこれは、誰かが『管理』しようとしている形跡ではないだろうか。


 まるで才能を適材適所に配置するかのように。


 あの『神』はそんな面倒な『管理』のようなことなど、絶対にやらないだろう。


 このあまりに恣意的な『設定』。


 これこそが、僕が一番に解き明かさなければならない謎ではないだろうか。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る