第76話 解せぬ

 ……解せぬ。


 全くもって。


 ……解せぬぞ。


 アスラの裁定により、ウォシュレット君とデュトワの決闘は両者引き分けとなった。


 それは良いんだ。


 僕が見ていても、二人の首飾りが赤くなったのは同時だった。


 解せぬのは、二人の雰囲気だ。


「やるな、ウォシュレト。確かに、この勝負は引き分けだ。シャルル・グリムリープの首は、お前の後にしてやる」


「……ふ。デュトワ、君もな。僕が戦った中で、間違いなく君は最大の強敵だった!」


「ウォシュレトよ。なぜ背後からの一撃で、オレに居場所を教えた? アレが無ければオレは間違いなく負けていたはずだ」


「ふはは。デュトワ、君なら答えはわかっているんじゃあないか?」


「へっ。オレはな、ウォシュレト。お前の口から、答えを聞きたいんだ」


「……。良いだろう。我が友よ! それはな、僕はこの決闘、背後からの攻撃で決着をつけたく無かったからさ。デュトワ、君とは真正面から決着をつけたかった。……ただ、それだけさ」


「……ウォシュレト」


「……デュトワ」


 そんなことを言いながら、二人はガッチリと握手をした。


 何でかなあ。


 感動的なシーンなのに、何か釈然としない。


 僕だってさ、選抜戦の決勝ではウォシュレット君とは良い勝負したじゃない?


 何でウォシュレット君はデュトワを気に入って、僕のことは嫌うんだろう?


 ……本当に謎だ。


「何でだと思う?」


 僕は何となしにイズリーに聞いてみた。


 なぜ、ウォシュレット君とデュトワはまるで少年漫画の主人公とライバルのように、ホモソーシャル的な友情を築き上げ、僕のことは逆に毛嫌いするのだろうかと。


 そんな質問に、イズリーが天使のような可憐な笑顔で答えた。


「えー? そんなの簡単だよ。だってさあ、シャルルって、みんなから嫌われてるもん」




 ──グサッ




 イズリーの本当に邪気のない、厳然とした事実のみを告げるその無慈悲な宣告に、僕の両眼は充血した。


「でもでも、あたしはシャルルのこと大好きだよ。この世界で、一番大好き。みんながシャルルを嫌ってもあたしはずーっと大好きだよ」


 気付いた時には僕はイズリーを抱きしめていた。


 ああ、僕はもう、イズリーだけいれば生きて行ける!


 ウォシュレット君なんか、重要じゃない!


 僕の人生は、彼女のためにこそある!


 すると、ハティナがとことこと歩いて来て、僕にひしっとしがみついた。


「……シャルル、わたしも」


 僕は当然、ハティナも抱きしめる。


 ミリアが後ろから「私の愛が一番深いはずですわ!」なんて言いながら僕とイズリーとハティナをまとめて抱きしめた。


「てめー! 人が決闘終えた直後に女とイチャコラしてんじゃねー!」


「ほんぎぃー! シャルル・グリムリープ! 許すまじ! お前だけは絶対絶対絶対殺す!」


 デュトワとウォシュレット君がキレた。


 ……やっぱり、解せぬ。


 

 そして、デュトワはひとしきり僕に文句を言ってから「お前は絶対に殺す! ウォシュレトが殺らないなら、オレが必ず息の根を止めてやる!」と叫んだ。


 すると、ミリアとハティナがスッと前に出た。


「……ウォシュレットに勝てないなら……つまり、あなたは王国選抜の誰にも勝てない」


「あらあら、まあまあ、ハティナさん? この際、もっと直接的に言うべきですわね。王国選抜、最弱の魔導師である『繰り上げ』さんすら倒せずに、世界最強の魔導師であらせられるご主人様に勝つ見込みなど全くないと」


「み……ミリアさん……」


 ウォシュレット君が流れ弾を食らって落ち込んでいる。


「ああ? オメーらが、ウォシュレトより強いって? はっ! いいか? オレは帝国の魔導戦で中堅を担ってるほどの使い手だぜ? 大言壮語も甚だしいぜ!」


「……コレが中堅……浅すぎる」


「あらあら、まあまあ、帝国とは、魔導に関してはからきしですのね?」


「なんだと?」


「よろしいですわ。筆頭、お願いしますわ」


「……魔王四天守フォーカーズ……筆頭……宝刀スペードのハティナ・トークディア……殺る」


魔王四天守フォーカーズ! 宝杯ハートのミリア・ワンスブルー! ここに推参ですわ!」


 イズリーがそれを見て、慌てて僕から離れて二人の隣に並ぶ。


魔王四天守フォーカーズ! 宝玉ダイヤのイズリー! ……あ、トークディア! えとえと……」


「イズリーさま、ぶっ殺ーす! です!」


 ニコが遠くからイズリーに耳打ちしたが、当然、全員に聴こえている。


「あ、そうだ。ぶっ殺ーす! 虐殺! 鏖殺! 惨殺だー!」


 ……ほほう。

 何それ!

 超可愛い!


 ……いや! 

 いやいや!

 違う、そうじゃない!

 イズリーの可愛らしさにほっこりしている場合じゃない!


 すると、名乗りを上げた三人が、一斉にアスラを見た。


 その視線に負けたように、アスラがちょこんと三人に並ぶ。


「……魔王四天守フォーカーズ宝槌クラブのアスラ・レディレッド。……よろしくお願いします」


 アスラは顔を真っ赤にしている。


 ……そんなに恥ずかしいならやるな。


 ……やめてくれ。


 君が恥ずかしい以上に、僕の方が恥ずかしいんだよ!


 やるならせめて、堂々とやってくれないだろうか!


 あと、ケレン味のある名乗りの時に『よろしくお願いします』はどうなんだろう。


 これから戦いという時に、恥じらいながら『よろしくお願い』された相手は途方に暮れるんじゃないだろうか?


 僕はなぜか、いずれアスラと対峙することになり、この名乗りを聞かされる羽目になるであろう顔も名前も知らないまだ見ぬ魔導師に同情した。

 

「な……なんなんだお前ら、キモすぎるぞ……」


 デュトワは急な四人の名乗りに困惑している。


 ……すごくわかるよ。


 ……そうだよね。


 ……流石にコレはね?


「私たち四人は魔王様であらせられる、シャルル・グリムリープ様の盾であり、矛でありますわ。つまり……貴方がご主人様に挑むには、そこの補欠さんを倒さなければならないばかりか、私たち四人を倒す必要があるわけですわね」

 

「……宝杯ハートの言う通り」


「そーだ! そーだ! ぶっ殺すぞ!」


「そう言うことらしいです……」


 も……もうやめてくれ。


 何で僕を守る親衛隊的な人たちに、ここまで精神的ダメージを負わされなければいけないんだ。


 それからアスラ、まずはその投げ槍な態度をどうにかしろ!


 お前が一番僕に深刻なダメージを与えているんだ!


「わけわかんねーよ。もう……いいよ。なんか……アホらしくなってきたわ」


 何故か、デュトワは戦意を喪失したらしい。


「主様、主様の安全は私めにお任せください。私一人でも、この身を賭して御守りします」


 ライカ……。


 四人に触発されたんだろうが、今必要なのは僕の身の安全ではない。


 この空気自体が、僕を激しく傷つけてくるんだ。


「シャルル殿……大変なことになりましたなあ」


 モノロイが口を開いた。


 うるせー! 


 何を他人事みたいに言ってるんだよ! 


 ずるいぞ! 


 代われ代われ! 


 哀れむくらいなら代わってくれ!


 お前が魔王様やれよ!


 自分だけ努力の天才みたいな名脇役的立ち位置でいるのはどうかと思うぞ!


 僕がモノロイにそんなことを思っている間も、ミリアとハティナはデュトワを「口撃」し、イズリーは一人「ぶっ殺ーす!」と喚き、アスラは顔を赤くして小さくなっている。



「ま……まあ、わかったわかった。とりあえず、そこの女二人はオレらと魔導戦で当たるんだろ? そこで、どちらが強いか決めようぜ。……グリムリープ、勝負はお預けだ。ウォシュレトのこともあるしな……」


 デュトワはそれだけ言って、一人帰って行った。


 この場で最も帰りたいのは僕のはずだが、それは色々と許されないんだろう。


 ……なぜだろう。


 やはり解せぬ。


 どうしてこうなった?


 ……どこで間違えた?



 あれから、ウォシュレット君は僕をずっと睨みつけてくる。


 僕はこの日、魔王というジョブを本気で恨んだ。




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